第7話 試験
「言わんこっちゃない………」
視線の先、バラバラになり、若干の黒煙を吹く的の魔道具を見ながら、俺は呟いた。
いやまぁ、僅かな懸念でもなく、十分にあった可能性なのだが。それを無視した結果がこれだ。
「これは………予想以上、と言うべきでしょうか。本体に直接当てずにアレを粉砕するなんて、テレシアでも出来ませんでしたよ。何より、私の障壁も一瞬で壊されてしまいましたしね……」
「すいません……貴重なもの、ですよね?」
「それなりには」
だろうな。他の場所では見たこと無かったし。弁償することになったら、いくら必要だろうか。
「仕方ない……アレ、直しておきますね」
「え? いや、あれは特殊な職人に作ってもらったものですので……」
言外に『普通の人には直せませんよ?』と言われても気にせず、俺は壊れたそれらに手を向けた。
たったそれだけで、一瞬魔道具の欠片達がぶれたかと思うと、次の瞬間には元通りに戻っていた。
周囲にあった黒煙すら残っていないのは、空間ごと時間を正常な状態まで巻き戻したからだ。
「時間を戻して直せば、特殊な知識も技術も必要ありませんよ」
「……仰る通りですね」
申し訳なさと、少しの自信を込めた笑み向けてみせると、呆れているのか感心しているのか、どちらとも取れる顔で頷く理事長。
「さて、次は魔力量ですよね?」
「……テレシアから伝えられたことがようやくわかったような気がします」
「『何を見せられても驚くな』、ですか?」
「その自覚があるとも書かれていましたね」
「でしょうね」
先程起こしたことに対して全くの意識が無く、規定事項のように事を進める俺に、理事長はそう呟いた。
自分がどの程度のことを出来るのか、相手に把握していてもらいたいがために、こういったものを敢えて見せている。もちろん、優越感に浸りたいという面がない訳でもないが。
自分が凄いことをしていると自覚しているのに、それをそうでないという演技をする……言わば、無自覚を演じているとでも言うのか。
それを隠すつもりがないのは、俺の性格を見せるためだ。
基本的には隠し通すが、必要ならば力を見せることも厭わない、ということを。
何かしらの抑止力になればいい、と考えている。
「……それで、魔力量の測定でしたね。では、こちらの魔道具に触れてください」
一瞬、ジトッとした目が向けられたが、それは直ぐに霧散し、理事長は袖口から水晶のような物を取り出した。
「準備がいいですね」
「報告があった時点で、試験は受けさせるつもりでしたので。予め準備しておいたのですよ」
それでも、袖口にナイフをしまったり、水晶出したり、ローブのように袖が広いものでは無いのに、良くやる。
そんなことを考えていることはおくびにも出さず、言われた通り水晶に触れる。
途端、水晶が猛烈な閃光を発し、透明な色から、真っ白へと変化した。
「ふむ……100万オーバーですか」
「なるほど、色で表すのですね」
「えぇ。ただ、数値としては100万までしか測れないので、上限を超えるとこんな風に真っ白になってしまうんですよ」
ということは、評価ではおそらく最高となるだろうな。
まぁ、現在の俺の最大魔力量は百数十万なので、例え上限が突破していても、そこまで変化はなかっただろう。
指輪を外せば増える、と思いたいが。
「一応、現時点で戦闘実技の試験をやらなくても、合格は確実ですが……」
そう言い淀む理事長に、俺は首を横に振る。
「ご冗談を。顔に出ていますよ」
「それはそれは、私もまだまだですね」
「いえ、俺も同類ですから」
理事長の顔に浮かぶ、隠しきれていない好戦的な笑み。
最後は模擬戦という事だが、必然的に理事長と戦うことになるだろう。
そして、理事長は俺と戦ってみたいらしく、また俺も好戦的という意味では同じだ。
「なに、胸を借りるつもりで行きますよ」
「いやいや、俺がやられる可能性も十分にありますよ?」
「何を言いますか。先程の魔法を見せられてなお、彼我の力量差が分からないほど愚かではありません」
そう言いながらも、理事長の笑みは揺るがない。
確かに、理事長は力量差が分からないほどではないだろう。少なくとも、少し話して見た感じから、ギルドマスターと知り合いというのに納得できるだけの強さは持っているはずだ。
また、最初にナイフを掴み取って返した時、あれからも俺の強さが魔法だけに留まらないことは分かるはず。
にも関わらずこの笑顔……何か奥の手があるのか、それとも────。
(生粋の戦闘狂、か)
最悪、両方であるという可能性もあり得るが、俺には関係ない。
試合を行うこと自体に問題無いし、ついでだ、魔法はあまり使わないで行ってみるか。
「準備は……いいですよね。ルールも無用です」
「また随分と過激な」
「いいじゃありませんか。それに、そちらの方がやりやすいで────しょっ!!」
言葉の途中で、理事長は腕を一度振った。
それだけでナイフが三本飛来するが、不意打ちで迫るそれを、俺は全て素手で叩き落とす。
だが次の瞬間、叩き落としたはずのナイフが再度俺に向かって飛来する。
「ッ!」
一瞬で軌道を見切り、身体を捻って躱すが、その時には理事長が、ナイフを両手に肉薄してきていた。
顔目がけて振るわれるそれを、上体を仰け反らせて回避し、その体勢から理事長の脇腹に蹴りを入れる。
だが、返ってきたのは予想にはるかに届かない僅かな手応え。自分から飛んで衝撃を和らげたようだが……。
「いきなりですね」
「いやいや、対応しておいて何を言いますか。ですが、油断していると……」
「油断なんかしてませんよ」
喋りながら、俺は振り返りもせずに、背後から迫ってきていたナイフを掴み取る。
それは先程避けたはずのナイフだったが、叩き落としても動いたのだ、警戒もする。
「見抜かれてましたか」
「いえ、最初のことがなければ危なかったですよ……お返ししますね」
「これは、ご丁寧にどうもっ!」
ピッと手首の返しだけでナイフを理事長に飛ばす。高速で飛来したナイフを、理事長もまた巧みな体捌きで回避すると、その過程で、いつの間に空けていたのか、ナイフを的確に掴み取り、懐へとしまい込んだ。
どうやら体術も達人のようだ。魔法に関しても結構のようだが、どちらかと言えば物理戦闘の方が得意そうに思える。
この人たちが勇者の従者というのだから、過去の勇者は今の勇者よりよっぽど強かったのだろう。
それとも、今の勇者たちも、成長し切れば全員が理事長やギルドマスターよりも強くなるのか。
思考は程々に、『
「アイテムボックス……いえ、魔法ですか」
「一応オリジナルですよ。なかなか便利なんです」
「確かに、もし使えれば、私のナイフとは相性が良さそうですね」
声音は一切変わってないのに、またしても突然仕掛けてくる理事長。ただ、俺は意識を常に全体に配っているため、話に気を取られて遅れをとる、なんてことはない。
至近距離で振るわれた腕から飛ぶナイフを剣で弾き、跳躍しながら理事長の頭部へと剣を振り下ろす。
今度は俺の一撃が理事長の持ったナイフで弾かれるが、その勢いに逆らわず俺はその場から離れ、地面に着地したと同時に、直ぐにまた理事長に向かって走り出す。
「これまた随分とお速いことで!」
両手のナイフを構えて防御に入った理事長。俺は低い姿勢から剣を振り上げるが、ナイフによって逸らされる。
相手の武器は二本。攻撃を外されて隙が出来た俺の脇腹へ、もう片方のナイフが伸びてきた。
「ッ!?」
それを身体を盛大に捻ることで避けて、その捻りを利用して、無理矢理な体勢から回し蹴りを理事長の胸へと叩き込む。
直前で引き戻されたナイフによって、直接攻撃を当てることは出来なかったが、それでも確かな手応え。ナイフの上から攻撃は入った。
衝撃で後ろへと飛ぶ理事長は、胸を抑えながらも倒れ込むことは無かった。
「いつつ……今の体勢から、回し蹴りが出来るとは……」
「身体が柔らかいものでして」
柔らかいの域を超えている気はするが、出来るので仕方ない。
それはさながら、外部から糸で操っているように、デッサン人形のように、無理な体勢からでも、俺は不可能に近いであろう動きができる。
思い当たる節としては、未だに謎な、エクストラスキルなる[身体操作]だと思うのだ。あれは身体を操作できるようにするという、はっきり言って意味不明なスキル。
だが、『身体をどんな体勢からでも思うように操れる』と捉えれば、納得も行く。ようは、人間に可能な動きならどんなものも出来るということか。
いや、もしかしたら人体の構造や力学、と言っていいかはわからないが、それらを無視した行動すら可能なのかもしれない。
言っておくと、俺はそれらの分野に精通しているわけじゃないため、どれが本来不可能な動きで、可能な動きなのかまでは、予測はできても確信は持てない。
この辺りは、樹に聞いてみるのが早いだろう。高校生の分野じゃなくとも、知っている可能性は大いにある、というか確実だ。
そんな俺の思考は、もちろん戦闘に支障が無いものだ。身体の痛みを抑えて向かってくる理事長に、俺は改めて剣を構えて相対した。
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