第6話 分かってはいたけど



 「初めまして、私はここの理事長兼校長をしている、ローレンと申します」

 「ご丁寧にどうも。俺はイブと言います。この度は、面会に応じて下さりありがとうございます」


 閉まっていく扉を背後に、柔和な笑みを浮かべる男性、ローレン理事長に、俺はそう言ってお辞儀をした。

 手の中のナイフは、一振しただけで消えている。その一瞬で袖のなかにしまったのを俺の目はしっかり捉えていたが、言うのは無粋だろうか。


 ちなみに、理事長の見た目は、ジェントルマンという言葉が似合いそうな、穏やかな雰囲気の男性だ。外見の年齢的には40代に見えるが、ギルドマスターと知り合いと言うらしいのだ、見た目通りの年齢ではあるまい。


 俺の至って普通の対応に、理事長はピクリと眉を動かした。


 「……先程のことについて、何も言わないのですか?」

 「以前にも似たような体験がありまして、今更なのですよ。それに、その時は真剣でしたからね……」

 「おやおや、それは、お気の毒に」


 なんとおかしなやり取りだろうか。しかし、目の前の男性からは、一切の邪気を感じない。

 ギルドマスターと違って、腹に一物ありそうな感じだがな。やりづらいことこの上ない。


 「まぁ、そういうことなら。それで、話では君はこの学校に入学したいとか」

 「えぇ。それに関しては、まずはこちらを読んでいただけると」


 恐らく言葉の中には、『何故第一階級アインス探索者という君が?』という意味が含まれているだろう。それを汲み取り、俺は疑問に答えるために、ギルドマスターから受け取っていた手紙を渡す。


 「これは?」

 「現在ヴァルンバ在住の、テレシア・リューエルからの手紙です」

 「っ!? ほぅ、君はテレシアと知り合いなんですか?」

 「ご存知かもしれませんが、テレシアさんは今はヴァルンバの王都アシュバラの探索者ギルドのギルドマスターをしていますからね。その繋がりです」

 「中を拝見しても?」

 「どうぞ」


 ギルドマスターを『テレシアさん』と呼ぶのは酷く違和感があるが、こういう場では仕方あるまい。


 それで納得いったのかはわからないが、どの道手紙を読めばある程度の事情は把握できるだろう。

 封は解いていないが、中身を確認するなんて造作もない。ギルドマスターは、どうやらある程度の俺についての情報を書いたようだ。

 

 その中には、『私が手も足も出ないぐらい強い』なんていう一文もある。恐らくこれは、理事長も驚くような内容のはずだ。

 もちろん、勇者であるということについても触れられているが、それについては今更だ。

 問題は、そこには名前が『トウヤ』と書かれていることだが、後で説明すればいいだろう。


 スラスラと文字を読んで行った理事長は、およそ一分ほどで顔を上げた。


 「………なるほど。大体の事情はわかりました。これがテレシアの書いたものであるのは疑いようもありません……が、ここに書かれていることが真実なのか、そこに関しては疑問に思うところです」

 「もちろん、しっかりと証明させていただきますよ」

 「話が早くて助かります。とはいえ、勇者については、ある程度の信憑性がありますが……」


 現在の俺は、特に偽装をしていない。黒髪黒目というのはこの世界では珍しいため、勇者という可能性が一気に高まる。

 ギルドマスターからの情報と合わせれば、こちらに関しては疑う必要はあまりないだろう。


 「それでは……」

 「えぇ、実力試験と行きましょうか。その結果で、君の編入の可否も決めましょう」


 理事長の言葉に、俺は待ってましたとばかりに頷いた。

 



 ◆◇◆




 場所は変わって、室内訓練場。全体的に水色の素材でできた室内は、フィールドを区切るための白線が引かれており、その広さは目測で縦100m、横30mと言ったところか。


 この素材も普通のものでは無いらしく、魔力が通しにくい。反発しているのではなく、単純に魔力との親和性が低いようだ。

 

 「それで、えーっと……」

 「イブでお願いします。訳あって、本名は隠しているのですよ」


 恐らく、どう呼ぶのか迷ったのだろう。ギルドマスターの手紙にはトウヤと書かれているが、俺はイブと名乗った。そこには何かしらの意図が存在するはず。

 俺は簡潔にそう伝え、理事長は頷いた。


 「分かりました。ではイブ君、試験の内容を説明しますね。試験は魔法実技と戦闘実技の、大雑把に二つあります。

 魔法実技では、使用可能属性、使用可能な最高難度の魔法、魔法の飛距離、魔法の威力、魔力量の五つを確認し、各項目でEからSまでのランクを評価します。魔力量はステータスを見るのではなく、特殊な魔道具で見るため、その他のステータスが見られることはありません。

 戦闘実技では、試験官との模擬戦を行います。こちらもEからSまでのランク付けをし、それらの平均評価がC以上ならば合格、という流れです……何か質問はありますか?」

 「いえ、大丈夫です」

 

 心配ならあるが、まぁ大丈夫だろう。


 「それでは、私もそう暇ではないですからね……早速やってしまいましょうか」

 「分かりました。まずは、使える属性の魔法を使っていけばいいんですね?」

 「えぇ、使用する魔法はなんでも構いませんよ」

 「では……」


 そう言って、俺は目の前に、時空、重力、回復、無属性を除く各属性のボールを出現させた。

 

 「無詠唱で、複数の属性の魔法を同時に、これほどスムーズにですか……」

 「一応、無属性に、特殊三属性も使えますが……見せた方がいいですか?」

 「いえ、テレシアからの手紙にも書かれていましたから、大丈夫です。次は、君の使える最高難易度の魔法をお願いします」

 「最高難易度、ですか……中級、上級、最上級という意味ですよね?」

 「えぇ、その捉え方で合ってますよ」


 ふむ、となると使うのは最上級魔法なのだが。


 俺は目の前の空間に複数の魔法陣を作り出し、そこから光の鎖を出現させる。

 拘束する対象がないため、魔法陣から出る鎖は、どこまで続いているのかジャラジャラと音を立てながら、虚空を走る。


 一度俺がそれに命令すれば、その鎖は一瞬で対象を拘束するだろう。


 「『神の縛鎖グレイプニル』、しかもこれほどの鎖ですか。最上級魔法も無詠唱でとなると……確かに、テレシアより強いという話は真実味がありますね」

 「ありがとうございます。それで、飛距離ですが、とりあえずこの場所の端まで魔法を飛ばせばいい感じですか?」

 「はい。100m程ありますが……」

 

 もちろん、この程度の距離ならば余裕で届くので、俺は『神の縛鎖グレイプニル』で出していた鎖を、そのまま前方向に射出する。

 わざわざ確認するまでもないが、鎖は訓練場の壁に当たって動きを止めた。


 「飛距離はマックス、と」

 「次は威力ですが……どうやって測るのですか?」

 「少々お待ちください」


 理事長がそう言って、魔力を流した。すると、訓練場の床が一部開き、そこから内側が筒抜けの、円形の的のようなものが出現する。

 内側は空間が歪んでいるように見え、事実そこの空間は歪んでいるようだ。


 随分と近未来的な技術だなぁと感心。機械的なものは発展してないが、その分魔力を電気のように扱った技術が発展しているのか。


 いや、他では見た事なかったし、ここだけの最新技術か?


 ちなみに、的は距離にして、俺から20m程の距離だ。


 「あの円の中心に魔法を撃って頂くと、威力を測定して、色で威力を示してくれます。威力が高いほど赤色に近くなります」

 「本気で撃っていいんですか?」

 「威力が許容量を超えるようならば、魔法の魔力をある程度分散させた上で背後へ貫通します。なので、魔道具が壊れる心配はありませんよ」

 「なるほど……」


 ここで思ったのは、『フラグかな?』である。


 まぁ、ここは理事長の言葉を信じることにしようということで、俺は素直に魔法を放つことにする。


 本気とは言うが、やろうやろうと思っていた指輪の解放は未だやっていないため、ギルドマスターと戦った時と同等レベルの感じで、本気を出すとしよう。


 「じゃあ、行きますね────『光槍ホーリーランス』」


 選んだのは、前方向へ射出する『光槍ホーリーランス』。的の大きさ的に、『種子爆破デトネブラスト』や『焼死地獄インフェルノ』、『絶対零度アブソリュートゼロ』等は使えないと思ったため、槍系統の魔法を使おうと思ったのだ。


 無論、言われた通り、威力は緩めていない。


 光の槍────速すぎてレーザーのようにすら見えるそれは、一瞬で的へと到達し、その歪んだ空間へと当たった。

 だが、懸念は当たったと言うべきか。『光槍ホーリーランス』はその歪んだ空間に亀裂を入れると、一瞬で的ごと粉砕、そのまま背後へと貫通しようとした。


 「『障壁』!!」


 理事長が突然のことに、叫びながら『次元の壁ディメンションウォール』のような魔法を発動するが、それすらも拮抗せずに破壊した。

 そして、その槍が壁へと当たる寸前────事前に効果範囲を決めておいたおかげで、魔法は波紋を広げながら消え去った。

 

 「言わんこっちゃない……」


 

 

 

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