第8話 結果
「さぁ、私もまだまだ行きますよ!」
走る理事長が両腕をクロスさせ、外側に払った。それに合わせて、今度は八本のナイフが飛び出る。
どうやっているのか。大方服かナイフの方に仕掛けがあるのだろうが。
八本のナイフは、それぞれが直線ではなく
一つ一つの軌道や速度はバラバラで、どれが最初に俺に到達するのか非常に分かりにくい。
更に、理事長が俺へと近づくことで、そちらにも意識を回さなければならない。
振るわれたナイフを躱しつつ、横から飛来するナイフも剣で弾く。
厄介なのは、弾いたナイフが弧を描いてまた戻ってくるところだ。
「殺しに来てますよね?」
「まさか、そんなことありませんよッ!」
顔を突き刺さんとばかりに迫るナイフを見て、『いやいや絶対に殺しに来てるやん』とツッコミを入れつつも、半身になって避け、目の前に突き出された腕を掴み、拘束する。
「掴むのは反則ですよ」
「ルール無用なんでしょう?」
ニヤリと笑って逆袈裟に剣をふるうと、もう片方のナイフで寸での所で防がれる。
いやまぁ、防がれるとわかっていなければそんな深く斬りつけることは無いからな。
流石にルール無用だからといって、殺し合いをする訳でもない。俺は防御できると確信した攻撃しか行っていないのだし、向こうも急所を狙う時は確実に防御できるように攻撃している。
未だに八本のナイフは飛び続けているため、長時間拘束することは出来ずに、俺は脇腹へ飛んできたナイフを弾いてから後ろへ跳ぶ。
と同時に、回り込んでいた他のナイフが背中へと迫ってくるので、反転して脚を上げ、ナイフが当たるタイミングに合わせて振り下ろす。
流石に足で踏みつければ動くまいと思ったが……足下でバタバタと動きながらも抜け出せないナイフを見て、予想が当たったことを悟る。
「隙だらけですよ!」
「隙じゃないですよ」
大きい行動の後には一瞬の硬直がつきものだ。だからこそ、そのタイミングで攻撃されると予想できる。
宙を飛ぶ七本と理事長の持つ二本、計九本のナイフによる同時攻撃は、まさしく最後の攻撃なのだろう。
だから俺も、避けるなんて白けるような真似はせずに、しっかりとその攻撃に対応する。
持っている剣を上へと放り投げ、空いた右手で七本のナイフを一瞬で掴み取り。
背中を突き刺さんと迫る理事長の二本のナイフのうち、片方を左手で受け止め、もう片方は、丁度背中とナイフの間に
理事長の目が驚愕で見開かれたのが、気配からわかる。
しっかりと地面に刺さった剣は、理事長のナイフを防いでいた。もちろん少し動かせば俺を刺すことができるだろうが、それ以上の攻撃はお互いに無用だと理解していた。
「……最後の攻撃、防御できる確信を持ってませんでしたよね?」
「いやいや、私は最後まで君が防ぐと分かっていましたよ」
白々しい。その顔に浮かぶ驚愕は、『まさか防がれるとは』という驚きからだろうに。狙った場所に剣を落とすの、意外と難しいからなぁ。
そもそも、相手の攻撃する場所がわかってなきゃ無理だしな。驚くのもわかる。
ナイフを離すと、理事長は少し離れる。お返しだとばかりに、俺は掴んだ七本のナイフを、掌で扇のように広げてから投げ、踏んでいたナイフを空中に蹴り上げて、そちらもボレーシュートのように、理事長に向けて蹴った。
理事長はそれらをしっかりと受け止め、懐へとしまうが、今更この程度の攻撃でどうこうできるとは思っていない。
ナイフの扱いに関しては、
「いきなりですね」
「お互い様です。それで、一応試験結果を聞きたいのですが」
「はい。文句無しの最高評価での合格ですね。正直に言いますと、例え本気でやりあったとしても、私は君に勝てる気がしませんでしたよ」
「……お褒めいただき、ありがとうございます」
特に謙遜はせず、素直にお礼を述べる。今の理事長には、俺の底知れない力がもしかしたら理解出来たのかもしれない。
そんな状態で謙遜しても、嫌味にしかならない。かといって当たり前のように頷くのはただの不遜で傲慢な輩だ。
少し間を空けてそう答えるのが精一杯だった。
「ところで、何故君ほどの人がこの学校に? テレシアの手紙にも、目的については書かれていませんでしたが……」
「えっと、俺が勇者だというのはその通りなんですが、この学校に俺の知り合いが来る予定でして……そいつらと会うためにというのと、他の勇者がどの程度の強さなのかを見ておきたいのですよ」
「……もしかして、君は今代の?」
「あれ、言ってませんでしたか?」
「聞いていませんよ」
普通なら勇者と聞いたら今代の勇者を思い浮かべるだろう。そうとならなかったのは、俺がギルドマスター知り合いであること、俺の実力が抜きん出ていることが原因だろうか。
「見た目以上に、君は幾度とない
そういうことか、と俺は意外に思う。俺は自身がそんな修羅場を何度も経験しているなんて自覚していない。
なぜなら、この世界に来て俺はまだ二ヶ月弱だ。確かに濃密な二ヶ月ではあるが、真に命の危険を感じたのは最初の一ヶ月程度だし、その後は異常な強さのせいで手加減状態が続いていた。現在は、修羅場となり得る経験がどうしても出来ない状態だ。
もちろん、ここより平和な地球でそんな修羅場をくぐったこともほとんどない。一歩間違えれば重症を負うというような状況には数度陥ったことがあるが、それらも特に問題なく片付けていた。
つまり、そんな他者が分かるようなものを得られるほど、俺は修羅場を経験していないはず。
だから、理事長が感じているのは、俺が自身の強さに依存していることからくる、仮初の自信なのではないか。
こんな強さを持っているのだ。頭でどうこう考えていたところで、心の奥底では、『死ぬことは無い』と無意識に思っていても不思議ではない。
そこからくる"慢心"を、理事長は、幾度となく修羅場をくぐったことで得られる"鋼の精神"やそこら辺と勘違いしたのだろう。
それは、自虐でしかなかったが、そうとしか考えられないのだ。
普通に考えて、平凡────才能的な部分や人間関係なんかは非凡だと思うが、そういう意味ではなく────な高校生が、修羅場をくぐってないのに、それと同等の精神力を持っているのは有り得ないだろう。
そちらの方が、もちろん俺としては嬉しいのだが、そうと信じれるほど俺は素直でも、傲慢でもない。
「……まぁ、女性関係の修羅場なら、多少はあったかもしれません」
「ふふ、面白いことを仰る」
だから、こんな冗談めかしたことを言うのは、単なる思考放棄に過ぎない。
「では、少し早いですが私はこれで。君の編入手続きをしなければ行けませんからね」
「あ、はい……あっ、出来れば俺は、勇者としてではなく、あくまでこの世界の住人として受け入れて貰えるとありがたいです。まだ知り合いに、俺が俺であると知られたくはないので」
「はぁ、そうですか……理由はお聞きしませんが、容姿はどうにもならないのでは?」
「いえ、容姿こそどうにでもなるんですよ」
少し俺は目を閉じて、俺は[偽装]で自身の容姿を改変する。
完成したのは、以前のように、色を変えただけの俺ではなく、髪型も、若干身長も変わった、白髪青眼のイケメンだった。
願望と理想と厨二病入ってるが、この世界だからこそできる。うん。この世界でも白髪なんて見たことないけど、いいのです。
身長は2、3センチと微妙な変化だが、178と180は別に感じるだろう?
髪は、元が目にかかるほどの前髪に、項までの後ろ髪、そして天然パーマだったが、現在はこれでもかと言うほどのサラサラとした髪の毛。
髪の長さも大きく伸ばしてみて、前髪は鼻にかかるぐらいで、後ろ髪は肩甲骨の上の部分ほどまでの長さで、左右に大きく広がっているという、なかなか現実ではやりにくい髪型にしてみた。
「とまぁ、こんな感じです」
「ほう、中々……一目で君だとは分かりませんね」
「でしょう? 一応感触もしっかりとあります」
触った感触も、髪の毛の感覚もしっかりとある。まぁ、大きく変えると違和感が出てくるのだが。
光魔法ならば見た目だけだが、[偽装]は感覚すら誤魔化すから恐ろしい。
「にしても、その技は恐ろしい。それ、どんな姿にでもなれるのでしょう? それでいて、魔力を全く感じない……味方とすり替わっていても、見抜く方法がほとんどありませんね」
「そう簡単に解かれてしまっては、勇者の名が廃るってものですよ」
まぁ例え魔法であっても、魔力を全く感じないようにすることは出来るが、そこまでは伝えない。
見抜く方法は、本人しかわからないようなことを聞いたり、仕草などのものから見抜く洞察力が必要となる。
そして、俺が本気を出せば、それすらも誤魔化せるだろう。
「あぁ、名前もさっき言った通り"イブ"でお願いしますね」
「ええ、分かっていますよ。いつからの編入が希望ですか?」
「では、
「分かりました。その時に、また尋ねてください。職員には君の容姿と名前を伝えておきましょう」
そう言って理事長は一礼した。俺もそれに返して、素直に訓練場から退出したのであった。
さて、この後は……ルナとミレディ、ハルマンさんとグラに、この見た目と名前を覚えさせなきゃだな。
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