第15話 意外な実力

 危ない危ない、ギリギリセーフ。忘れそうでした( ̄▽ ̄;)


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 ソレは、いつの間にかその場に居た。

 いつから居たのかも、何故こんな街中にいるのかも、分からなかった。

 一つ言えるのは、今が危険だってことぐらい。


 「ま、魔物……?」

 「なんで、こんな所に………」


 視線の先に居るクロエさんも、同じようにソレを見ていた。

 

 ソレは、魔物。見たことない魔物だけど、ソレが魔物だというのは理解できる。


 獣のように4足で立つ魔物は毛に覆われていて、その鋭い眼光を前に脚が震える。

 そして、巨大。その大きな口は、私の事なんて一口で食べてしまいそうな大きさ。


 何よりも恐ろしいのが、その背中部分から生えている、2本の、腕のようなもの……。

 その、本来ありえないような姿が、異質で、恐ろしかった。


 「───皆さん、下がっていてください!」

 「く、クロエさん!?」

 「ちょ、流石に無茶じゃん!?」

 「危険ですクロエさん!」


 それを見て、一番近かったクロエさんが真っ先に動いた。

 怖気付くことも無く、逃げるというわけでもなく、魔物の方に向かって。


 魔物は巨大だ。この路地では、横から通り抜けることは不可能。背丈も3メートル程はあるように見える。


 何も、武器すら持っていないクロエさんが敵うようには、到底思えなかった。


 けれど、そんな不安は一瞬で打ち砕かれた。


 「我求めるは鋭利なる刃。我求めるは聖なる輝き────『ライトセイバー』」


 凛とした声が響く。何となく、それが魔法の詠唱だというのは分かった。

 クロエさんの手の中に、金色に光る剣が出現する。いや、剣の形をした光、と言うべきか。


 「魔法……」

 

 神々しくすら感じるそれは、恐らく魔法でできた剣だ。


 しかし、クロエさんが魔物に近づく前に、魔物の背中の腕のようなものが動いた。

 薙ぎ払うかのように、その腕が振るわれる。とても早いスピードだったが、クロエさんは難なくしゃがんで躱すと、その反動をバネに空中に飛び上がった。

 

 魔物が再度攻撃をする前に、クロエさんが手の中の剣を横に振った。

 洗練された、綺麗な一閃を。


 「ッ!」


 パシン! と突然衝撃が来て、私の視界が真っ暗になる。

 姉が手で私の視界を覆ったと理解するのにそう時間はかからなかった。そして、それの意図を理解するのも、容易かった。


 『グ………ルゥ………』


 掠れた、呻き声のようなものが耳に届くと同時に、またしても少し地面が揺れる。

 今度は姉が後ろに居たのもあって、倒れることはなかった。


 「───すいません、少し、刺激が強かったですね」


 すると、クロエさんの申し訳なさそうな声が聞こえてくる。そのことから、魔物が倒されたということは理解出来た。

 

 そして、私が見れないような状態になっていることも。


 「……まぁ、私は血の気のある両親の子供なので、このくらいは大丈夫です。実際に目の前で魔物を倒されるのは初めてですが」

 「アタシも、そこまでじゃない。ミレディにはキツイかもだけど、この通りしっかりと目を塞いでるしね」


 相変わらず視界は暗いまま。しかし、見なくて済むのは良かったと安堵している。

 私は、そんなに気が強くない。混乱するのは免れないと思うから。


 「あ、別にクロエさんのこと悪く言ってるわけじゃないのよ! むしろ助かったわけだし。というかクロエさん強い!」

 「べ、べつに気にしてませんから、大丈夫ですよ。強いというのも、ほとんど魔法の力ですし」


 どうやら姉は、自身の言葉を誤解して取られたのではないかと心配して、クロエさんにそう言った。最後に今感じたであろう驚愕も次いでとばかりに込めて。

 脳内に、ゴメンと手を合わせて謝る姉の姿と、苦笑いで対応するクロエさんの姿が想像出来た。


 実際には姉の手は私の目にあるので、手を合わせて謝った訳では無いだろうが。


 「それよりも、こんな所に魔物がいたのが疑問です」

 「あ、そうね……さっきの向こうの騒ぎも、今みたいに魔物が突然出現したからかな?」

 「魔物が突然出現……そうですね。確かにそうとしか思えません」


 早速、姉とクロエさんは何やら状況を考察し始めていた。

 次第に、鼻に鉄のような臭いが侵入してくる。

 あまり良くはない臭いに、気分が悪くなってくる。


 「と、取り敢えず避難をしませんか? ミレディちゃんもここだとキツイだろうし」

 「あ、私はそんなっ」

 「そうね、ラウラさんの言う通りかな。クロエさん、悪いけどまずは避難しようよ」

 

 そんな私の状態を察したのか、ラウラさんがそんなことを言ってくれる。慌てて問題ないことを言おうとしたが、姉は私の言葉に耳を貸さなかった。

 実際、私も単なる強がりでしかなかったので、助かりはする。


 「……そうですね。ゴメンなさいミレディちゃん。もう少し、配慮をすればよかったですね」

 「い、いえ、本当に……助けてもらったのはこちらですから」


 クロエさんの声が、私に罪悪感を与えてくる。

 今この場で私が一番足を引っ張ってしまっているのは、考えるまでもないことだった。


 姉に目元を覆われている状態では締まらないが、私はクロエさんに少しだけ頭を下げた。

 大きく動かせば姉の手が離れ、嫌でもソレが視界に入ってきてしまうと危惧したからだ。


 「ミレディ、ちょっと息を止めててね」


 移動を再開したのか、ゆっくりと歩きながら、姉が耳元で囁いてくる。

 死体の近くを通るのだろう。臭いが濃くなるのを理解して、私は息を止めた。


 吸い込んだ時に血の臭いが入り込んで更に気分が悪くなったけど、仕方ない。


 「うへぇ……ラウラさんとクロエさんは先に通り抜けてよ。あまり長居したくないでしょ?」

 「いいよ、私だってどうせそのうち慣れなきゃいけないんだしさ」

 「そうですよ。私も、あまり気分はよくありませんが、慣れていますから」


 お姉ちゃんは、私の速度に合わせてる。視界を遮られている私は恐る恐る歩いているので、ゆっくりだ。

 それにラウラさんやクロエさんも合わせているらしく、そんな会話が聞こえる。


 私としてもこれ以上迷惑はかけたくないけど、息を止めているから返事もできずにいた。



 「……ミレディ、もういいよ」

 「ぷはぁ! き、キツかった……」


 姉の合図で止めていた息を再開する。今朝もそうだが、やはり長い間息を止めるのは辛い。

 状況が状況だけに、激しい動悸のせいで辛いのだ。


 「はぁ~……お、お二人共、その、すいませんでした」


 息を整えて、まずは、結局速度を合わせてくれていたらしいラウラさんとクロエさんに謝罪をする。

 

 「いいのよ別に。誰もが平気ってわけじゃないんだし」

 「はい。私も最初の頃は気分を悪くしてしまいましたから」


 2人は笑って構わないと告げるが、やはりいたたまれない感じはする。

 何か少しでも挽回できればいいが、そんなものは無い。今の状況ならば、取り敢えず移動することに専念するしかないのだ。


 「あ、話を先程のものに戻すのですが、魔物が突然現れたとなると、早く街からでた方がいいでしょう」

 「それはまぁ、そうね。でもクロエさんならさっきみたいに倒せるんじゃないの?」

 「そう出来たらいいのですが……万が一もありますから」


 首を横に振り、自分では確実に魔物を倒し続けられるかわからない、と言うクロエさんは、なんというか大人だなと思う。

 やっぱり、この中での一番の年長者(それでも大人ではないと思うのだが)というだけあって、思慮深い。


 「───街の外に出れれば場所も広いですし、護衛の探索者や冒険者もいるはずです。もし魔物が現れても十分倒せます。今はそこまで走ります」


 走る……体力は余りないけど、今は頑張るしかない。

 これ以上足でまといになったら、本当に罪悪感で押しつぶされてしまいそうだから。


 「ミレディちゃん、辛くなったら言ってくださいね。私が運びますよ」

 「え? い、いえ! そこまでしてもらう訳には……」

 「大丈夫です。男性の方よりは無いですが、ミレディちゃんを抱えて走るぐらいは出来ますよ」


 早速罪悪感を一つ増やしそうなことだが、私は結局お願いした。

 街の外までどれくらいかは分からないが、体力が持つ気はしない。それで足を止めてしまえば、そちらの方が迷惑だろう。


 「こちらです」と路地の更に奥へと行くクロエさんの後をついて行く。

 申し訳なさは、これが終わってから挽回させてもらおう─────




 ────十分後、早速私は迷子になっていた。

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