第14話 避難

 すいません、外出していて少し遅れてしまいました……。


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 「────ルナちゃん、ミレディちゃん!」


 バシンッと鍵を閉めていなかった扉を開け放ったのはクロエさんだった。

 その慌て様に、こちらもなんとなく慌ててしまう。


 「な、なに!? 急にどしたの!?」

 「───迷宮から魔物が溢れました。住民の皆さんには避難勧告が出ています」

 「ま、魔物!?」


 ビクリ。体が震える。

 魔物と聞いて、身体に緊張と恐怖が走る。


 ここの人達は普段から触れ合っているのかもしれないけど、私は、私達はただの村人だ。

 非力な存在だから、魔物と聞くだけでも恐ろしい。


 「……クロエさん、迷宮の位置ってどこ?」

 「街の中心、ここからだとこっち北東の方です」

 「近い?」

 「少なくとも、迷宮の入口に展開されている防衛ラインが突破されれば、そう時間をかけずに到達される距離ですね」


 お姉ちゃんとクロエさんが話す。クロエさんは、今の状況をよく把握しているようだ。

 大して私は、もう思考が上手く働かない。まだ病み上がりというのもあるが、やはり魔物という恐怖を前に、竦み上がっている。

 お姉ちゃんだって怖いはずだけど、今はしっかりとクロエさんに聞くことを聞いている。


 「取り敢えず街の外に避難しましょう。ここから近いのは南門です」

 「街の外に避難するの?」

 「迷宮から魔物が溢れた際は、街全体が戦場になりえますから、街の中にいては危険なのです」


 さぁ急いでと私達を急かすクロエさんは、そこであっと何かに気づく。


 「この状況だと、奴隷という立場は不利ですね……2人共、このスカーフを巻いてください」


 そう言うと、クロエさんはどこからか取り出したスカーフを、お姉ちゃんと私の首に巻く。


 「首輪を見えないようにするための?」

 「はい。こういった緊急時では、奴隷というのは否が応でも囮役をやらされたりしてしまうらしいです。それに、主人と一緒ではないと、奴隷の立場は更に悪化しますから、今はそれで隠しておいてください」

 「あ、ありがとうございます」

 「そういうこと。ありがとうクロエさん……はぁ、ご主人様なんで居ないんだか」


 クロエさんにお礼を言って、お姉ちゃんはポロッと愚痴をこぼす。

 気持ちがわからないわけじゃないけど、こんなことになるなんて予想できるわけがない。不可抗力じゃないかなと思う。


 「もうこの宿に残っているのは私達ぐらいです。行きましょう」

 「あ、はい!」


 今このままここにいては危険だと理解し、私は立ち上がる。

 少し体の反応が鈍い気がするけど、長い時間寝ていたらしいし、仕方ないのかもしれない。


 廊下に出ると、階下がとても騒がしい。この宿に泊まってた人が急いで外に出てるみたいだ。


 「人が多そうだけど、移動大丈夫なの?」

 「この宿のお客さんはほとんど探索者ですから、皆さん防衛に行かれるのだと思います。それでも沢山人がいると思いますが……私がついてますから、大丈夫です」


 そう言うと、おどけたようにクロエさんは笑いかける。

 もしかして、クロエさんはこう見えて強いのだろうかと首をかしげるが、とてもそうには見えないので、元気づけるために言ってくれたのかなと私は思う。


 「クロエさん」


 さっと、階段を降りた私たちに声をかけてきたのは、私たちと同い年くらいの女の子。


 「ラウラちゃん、多分お客さんは私達で最後ですよ」

 「はい。でも、この2人は……さっき言ってた、トウヤさんの奴隷?」

 「そうですが、出来れば口外しないでいただけると……」

 「分かってますよ。トウヤさんの奴隷ですし、奴隷の子は見慣れてますからっ。変なことはしません」


 ラウラさんと言うらしい女の子は、トウヤさんのことを良く知っているのか、何度も頷いている。


 「ラウラちゃんのご両親はどちらへ?」

 「えっと、『客の安全を確保するのも俺らの仕事よォ!』って言って、お父さんは迷宮の方に、お母さんは『逃げ遅れた人がいないか見てくるよ』ってご近所さんに声掛けに行ってる」

 「……ご立派なんですね」

 「2人共、元冒険者兼探索者ですから。ちょっとやそっとじゃ死にませんし」


 クロエさんとラウラさんの会話を聞くと、なにやらこのラウラさんの親は、凄い人みたいだ。

 

 「あ、ルナちゃん、ミレディちゃん、こっちはこの宿の女将さんの子供のラウラちゃんです」

 「初めまして、ラウラよ。貴方達のご主人様には、いつもお世話になってます」

 「あ、は、初めまして。ミレディと言います」

 「こちらこそ初めまして。新米奴隷のルナです」


 そうやって聞きに徹していたので、突然の紹介に、私はつっかえながら名前を言い、お姉ちゃんは冗談まじりにそう言った。

 姉の中では、奴隷という立場はそうやって冗談をいえるようなものらしい、と前向きな姉に少し羨ましさを感じる。


 「クロエさん、残ってるのは私達だけです。早く移動しましょう」

 

 ラウラさんに急かされる形で宿を出ると、慌ただしくも冷静に避難をする住民の姿と、意気揚々と迷宮があると思われる方向に向かう、武器を持った人達の姿があった。


 「流石に移動が早いですね……3人共、私についてきてください!」


 クロエさんが言う通り、道はそこまで混んでいる訳では無い。探索者は全員反対方向に向かっているため、避難方向の道はむしろ空いていると言えた。

 

 だけど、村育ちの私は、この混乱の中で、こんな建物が沢山ある場所だと目が回ってしまう。姉は物怖じしないタイプで、そんなことは微塵もなさそうだが、私じゃクロエさんという先導役がいても迷子になってしまいそうだった。


 「ほら、ぼさっとしない!」

 「あ、う、うん!」


 そんな私の心を読み取ったのか、お姉ちゃんが手を掴んでくる。

 慌てて返事をしつつ、頼りになるなぁと、私はお姉ちゃんの背中をしっかりと目で捉えつつ、腕をひかれながら移動する。


 「それにしても、みんな落ち着いてるね」

 「そりゃ、この街に住んでる人は大抵逃げる時の行動を決めてるし、私も人が沢山通りそうなルートとそうじゃないルートを頭の中に入れてるから」

 「ほえ~、日頃から避難訓練でもしてるの?」

 「訓練とかはしてないけど……この街にいる人たちは、大抵行動が早いから。じゃないと危ないしね」


 『性格も活発的だけど』と自分のこと指さしながらラウラさんは言う。確かに姉と良く似た性格で活発的なイメージはあるが、それがこの街の傾向らしい。

 逆に言えば、クロエさんのような性格は珍しいのか。


 そんな、のどかではないが、特に危険が差し迫っていると感じられない雰囲気に、自然と緊張もほぐれてくる。

 無いとは思うけど、気を使ってくれたのかもしれないと、私は少し恥ずかしくなる。


 

 そんな中、都会慣れしていない私にとっては複雑怪奇で頭が痛くなるような路地を抜けつつ、ある程度の距離を進んだ頃。

 突然、耳をつんざくような悲鳴が上がった。


 「なに!?」

 「……どうやら、表通りの方ですね」


 クロエさんは即座に現状を把握しにかかるが、近道にと路地を通っていた私たちでは、表通りの方で何が起こっているかは見えない。


 「どうします? 様子を確認しますか?」

 「………」


 クロエさんは、迷ってるようだった。優しい人だから、困ってる人がいるならそっちに行ってあげたいのかもしれない。

 でも、私的にはクロエさんに離れて欲しくない。今人数が減るのは、心細いのだ。


 そんな思いを込めて、私はジッとクロエさんの方を見た。

 

 「………いえ、このまま進みます。まずは皆さんの安全が先ですから」


 クロエさんは少なくない時間逡巡した後、しかし最終的には私達を見て頷いた。

 私と視線が合っていたわけじゃないけど、思いは届いたようだ。


 そうして、私達が再び歩きだそうとすると、見計らったかのように轟音が響く。


 「わっ!?」

 「だ、大丈夫?」


 地震のようにグラグラと足もとが揺れ、その場にステンと尻もちをついてしまう。

 

 「やっぱり何かあったんでしょうか?」

 「……そうですね。ここは危険です。早く移動しま───」


 クロエさんが途中で言葉を途切らせたため、私はどうしたのかと振り返った。

 見れば、ラウラさんやお姉ちゃんも、同じように振り返っていた。


 そして、同じように硬直していた。


 『グゥゥウゥ………』


 目の前に存在している、おぞましい怪物を視界に捉えてしまったから。



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