第13話 災害前

 あ、前書き用のスペース作ったけど、特に書くことない……。


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 「クロエさん、クロエさん起きて!」

 「ぅ……もう少し………」

 「もう少しじゃないよ! ちょっと、ミレディに対する状況説明のために、起きてよ!」


 力を入れながら姉が、ずっと気になっていた3人目の女の人───クロエさんと言うようだ───を起こしている。

 しかし中々起きないようで、女の人は寝言のようにそう言うだけだ。


 「クーローエーさーん!」

 「うぅ、今起きますよぉ……」


 最後の一押しのように力を込めて揺さぶったからか、ようやくクロエさんが目を擦りながらゆっくりと起きた。


 「はわぁ~……」

 「ちょっとクロエさん、どんだけ眠りが深いのよ」

 「……ルナちゃんですかぁ? ごめんなさい、私朝が弱くて……」

 「ちょ、二度寝しようとしないでよ!」


 間延びした声でそういうと再びベッドに横になろうとしてしまうクロエさんを、必死に押し留めるお姉ちゃん。


 どうにかして二度寝をさせずに済み、クロエさんも目が覚めてくると、ぶわっと顔を赤面させた。


 「ご、ごめんなさい! その、私朝が弱くて……」

 「それさっきも聞いたよ」

 「……えっと、初めましてミレディちゃん」

 「あ、はい、初めまして……」


 お姉ちゃんの指摘をスルーしたクロエさんの挨拶に、私も慌てて返す。


 「私はクロエと言います。えっと、ルナちゃん、何を説明すればいいんですか?」

 「ご主人様との関係とかちょっと」

 「あ、あと、なんでここに居るのかとかも、できれば……」

 「分かりました」


 クロエさんは鷹揚と頷くと、柔らかい声で話してくれた。


 ある事情から家出をして、夜に裏路地に入ってしまい、不良に絡まれていたところを、ご主人様───トウヤさんという人に助けて貰ったこと。

 行くあてがなかったから、そのトウヤさんが借りている部屋を貸してもらっていること。

 お金が無いため、現在はこの宿で臨時バイトとして働くことで、衣食住を補っていること。


 「……こんなところでしょうか?」

 「あ、ありがとうございます」

 「いえいえ」


 にこやかに笑うクロエさんは、とても綺麗で、思わず見惚れてしまった。

 ハッとなって意識を取り戻すまでにどれくらい時間がかかっていたかは分からないが、姉の苦笑いを見るに、少なくとも傍から見ていてわかる程度には固まっていたらしい。


 「す、すいませんっ」

 「い、いえいえ」


 クロエさんからも同じく苦笑いを返される。


 「……ところで、クロエさん……あ、クロエさんって呼んでもいいですか?」


 言ってから、慌てて私は大丈夫かと聞く。


 「もちろんですよ。私もミレディちゃんと呼ばせていただきますから」


 私の慌て様をみて微笑ましく笑ったクロエさんは、そう言って了承してくれる。

 恥ずかしくて顔が若干赤くなるのを自覚しつつ、私は話を続けた。


 「は、はい……その、クロエさんは、トウヤさん?と同じ部屋に泊まるの、躊躇わなかったんですか? 男の人、だったんですよね」


 そう。私は、最初それが気になった。いくらなんでも、初対面の男の人と同じ部屋なんて、と。


 でもクロエそんは、少し考える仕草をすると、また苦笑いを浮かべながら答えた。


 「私も、少しは躊躇いましたけど……その日は部屋がもう空いてなくて、『俺の部屋使ってよ、もちろん俺は別のところ行くから』とトウヤさんに言われてしまい、これ以上迷惑はかけられないなと……」

 「ご主人様は紳士らしいんだよねぇ。紳士を騙った変態なのかは分からないけどさ……」

 「ルナちゃん、トウヤさんはそういうことする人じゃないと思いますが……」

 「理屈ではわかってても、感情的な部分があるんだよ。こんな美人さんと一緒の部屋に泊まって、何も気を起こさないって方が信じられないし」


 それは……確かにそうだ。

 同性の私が見惚れる程なのに、そんな人と一緒の部屋に泊まって……。


 姉の言い分は直ぐに理解できた。


 「わ、私はそんな、美人じゃ……」

 「クロエさん、それ以上言うと嫌味に聞こえるよ?」

 「で、でもなにもされてませんよ? それどころか、トウヤさんは夜遅くまで帰ってこなくて、朝早くに出て行っちゃいますし、私に何かする時間なんてほとんどないと思います」

 「まぁ分かるんだけど……少し体触るぐらいなら一分も時間はいらないじゃん?」

 「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?」


 失礼なことを言った姉に私は顔を真っ赤にしながら悲鳴をあげるが、クロエさんは何度目かの苦笑い。


 「そ、それにしても、トウヤさんという方は夜何をしてるんでしょうか?」


 話題を逸らすために私はそう言うと、クロエさんも直ぐに反応してくれた。


 「直接聞いたわけじゃありませんが……迷宮に行ったりしてるらしいですよ」

 「め、迷宮?」

 「はい。ここは、その、迷宮国家である、ヴァルンバですから。トウヤさんも探索者の1人なんだそうです」


 しかし、思いがけない情報に、私は唖然と口を開く。

 確か、私たちが元々住んでいた村は、アールレイン王国だったはずだ。地理には疎いが、村は国境付近に位置していた訳でもないため、結構な距離を移動したということになる。

 まさか、意識がない間に国家を超えていたとは。


 「ま、まぁ私は幸運だったと思うけどね。多分他の国だったらこんないいご主人様に会えなかったよ!」

 「そ、そうですよミレディちゃん」


 私の心を機敏に読み取った2人が励ましの言葉をかけてくれるが、あいにくそのご主人様、トウヤさんという人には会ったことがないのだ。

 話を聞く限り、悪い人ではないのだろうが、やはり不安は拭えない。


 「あ、私そろそろ出なくちゃ行けないので」


 その雰囲気を察してか、それとも単純に思い至ったからか、クロエさんはそう言うと『先に行きますね』と部屋から出ていってしまう。

 さっき言ってた、店の手伝いに行ったのだろう。


 「……それで、私達はどうするの?」

 「え? わかんないや。特に何も言われてないし」


 1人居なくなり騒がしさが無くなった部屋で、私はそう姉に聞くが、返ってくるのはそんな言葉。


 「えぇ……」

 「仕方ないじゃん。ご主人様昨日出て行ったっきり帰ってきてないし」

 「あ、それなんだけど、朝起きた時に、ご主人様っぽい人は居たと思うよ」

 「それ早く言ってよ!」

 「だ、だって、怖くて布団の中に潜ってたから、声しか聞いてなかったし……」

 

 私の言葉にガックリと肩を落とした姉は、ひとつ大きなため息をついた。


 「まぁ、良いけどさ。なんか言ってた?」

 「えっと、夜には帰ってくるって言って、出てっちゃった」

 「ご主人様、昨日の今日で奴隷を置き去りにするってどういうことよ? どう行動したらいいかわかんないじゃん!」


 ここにはいないご主人様に文句を姉は言う。確かに、見ず知らずの場所に置いてけぼりにされても困る。


 「首輪見たら一目でアタシ達が奴隷って分かるし、この状態で奴隷だけで食堂行くのはねぇ……」

 

 困ったように姉が告げると、キュゥ~と可愛らしい音が響く。

 どうやらお腹が減っているらしい。


 「あぅ、クロエさんになんか持ってきてくれるよう頼めばよかった……」


 奴隷だけで食堂に行くのは、姉は乗り気ではないようだ。

 確かに、この宿屋に泊まっている人達がどんな人かは知らないが、私達だけで人が沢山集まるような食堂に行ったら、なにかしらアクシデントを起こしてしまいそうだ。

 というか、そもそもお金が無い。


 「……ま、まぁ、そのトウヤさんが帰ってくるまで待とうよ。仮にも奴隷なんだし……」

 「分かってるけど、アタシ的には食事についてはしっかりと考えて欲しかったのよ~」


 泣きわめくように言う姉を、私は苦笑いで見つめる。

 確かに、食事はともかくとして、こんな気楽な奴隷というのはおかしい。姉がトウヤさんという名のご主人様に会ってなお、こんな態度をしているのだ。

 

 少なくとも、姉のおかげで、目に見える不安は取り除けたと言っていい。


 お気楽で明るい姉が、今は誰よりも頼りになったのだ。

 

 

 ─────それから数時間後、突然轟音が私たちを襲った。

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