第6話 負傷
インフルでした。
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「───ん?」
「な、何? 敵?」
突然漏らした幹の言葉に、夜菜がビクリと反応する。
隣で驚かれたことで、幹は少しバツが悪そうな顔をしつつ、少し優しめな口調で夜菜に答える。
「あぁいや、今少し揺れなかったか?」
「揺れ? 別に感じなかったけど……」
「そうか、気のせいか……」
「さ、さっきの例があるんだから、やめてよね?」
「おう、悪い」
一瞬足下が揺れたような気がしたのだが、幹はそう言って忘れることにした。
さっきの魔力とは違い、単に揺れたように感じただけだ。錯覚ということも有り得るし、今の状況じゃ気をすり減らせるだけだろう。
幹は変に警戒させたことを素直に謝った。
「……というか夜菜、そろそろ手を離してくれないか? 俺から取っておいてなんだが、このままだといざと言う時に動けないんだ」
と同時に、今度は未だ繋がれた状態の手を指摘した。
「う、ウチだって怖いんよ。さっきはああ言ったけど、こう、ガチ目に震えそう」
しかし夜菜はそう言って、手だけでなく幹の腕を抱えるように近寄ってきた。
幹は注意をしようとするが、夜菜の顔を覗き込むと、その顔はとても悪ふざけをしているようには見えない。つまり、本当に怖がっているのだろう。
突然の混乱が、まだ少し残っているように見える。
夜菜を守るなら、動きやすいように少し離れていたほうが良いが、こうもやられては突き放すに突き放せなかった。
別に嫌という訳では無いのだ。それに、安心させるためにはこちらの方がいいというのもわかる。
「……まぁいいけどさ」
幹は説得を諦め、素直に夜菜に腕を譲った。
現在は、塗々木達と分断されてから約30分ほどが経っていた。
道中魔物を数体見かけたが、それらは迂回して進んでいた。
その時に鑑定もしてみたが、やはり敵のレベルが予想よりも遥かに高い。65層の敵が大体70程度だったのに対し、現在は90を超える魔物が多い。
1階層上がっただけでここまで強くなるとは思えないので、どうやら何かしらのことが起きているらしい。
また、幹達のレベルも平均で70弱ほどだ。90の敵を相手にするためには、勇者と言えど、温存などせずある程度本気になる必要がある。
しかも魔物は複数体で行動することが多い。ランチェスターの第二法則では、自分と敵の戦力が同じ場合、戦力比、攻撃力は人数の二乗。
つまり、魔物が3体以上の場合、こちらの戦力が4なのに対し、相手は9かそれより上……2倍以上の戦力の差ができる。
もちろん、このランチェスターの第二法則では、あくまでお互いの戦力や資質が全く同じと仮定した場合の話であるので、遠近両方に対応でき、聖剣を使える幹が全力で戦えばその差もある程度覆せるだろう。
だが、その分魔力の消耗は激しい。魔力が尽きれば、幹は聖剣を召喚できず、魔法を使用できなくなるため、大幅な戦力ダウンとなる。
夜菜の方も、そうなると援護ではなく本格的に攻撃しなくてはならないだろう。そうすればそちらもその分魔力を消耗するので、スタミナ切れになる可能性が高い。
全力の場合、もって4、5戦がいいところだ。
つまり、それまでに出口を見つけなければならない。
「今のまま行けばいいが……」
「ミキ?」
「夜菜、少し早めに移動しよう」
時間が経てば経つほど、迷宮内の魔物は復活し、補充される。
また、集中力が途切れるのは今の状況では危険だ。夜菜にそれを求めるのは酷なので、幹が常に警戒をしなければならない。
今の状況では、休む行為を行ったところで、肉体的にはともかく、精神的には一切休まらない。むしろ、消耗する。
ならばこそ、早い移動が必要だ。
◆◇◆
一方でその頃、塗々木達は魔物と遭遇し、戦闘を行っていた。
「学、大丈夫か!?」
「チッ、かすり傷程度だっつーの!!」
「援護するよ!」
「来んじゃねぇ! そっちはそっちの敵倒しとけ!」
視界の端で学が魔物の攻撃を防御しそこなったのが見え、塗々木は慌てて叫ぶが、学は額から血を流しつつも再び魔物へと突貫した。
相手は先程戦ったムカデの魔物だが、こちらの人数が減ったのと、相手が5体も居るため、劣勢であった。
学の状態を見かねた夜兎が向かおうとするが、夜兎もまたムカデを相手している。
学もその状態はわかっているため、助けを拒んだ。
「『
そこで、塗々木がユニークスキルである[暗剣術]の技を使用し、夜兎が相手をしているムカデの背中へと一瞬で移動すると、その背中に小太刀を投げた。
甲殻により刺さりは浅いが、更に塗々木がその小太刀に落下の勢いを乗せた蹴りを加え、無理やり深く突き刺した。
『ギギッ、グギュルゥゥ!!?』
「ッ!!」
すかさず夜兎が、痛みで仰け反ったムカデの腹を一気に斬り裂く。
体液が吹き出すのも構わず、更にもう一撃を夜兎は加えた。
『ギュグッ────』
動きが止まり、絶命したのを確認した夜兎は学の救援に向かうのではなく、先程まで塗々木が相手していたムカデへと向かった。
学の言葉をしっかりと聞き、先にこちら側のムカデを倒してしまおうと考えたのだ。
「塗々木君、僕と合わせて!」
「了解!」
夜兎はムカデの吐く毒液をギリギリで躱し、素早い斬り込みでカウンターを入れる。
カサカサと蠢く脚を数本持っていき、反撃に来る噛み付きをしっかりと剣で防御した。
「今!」
「分かってるっ!!」
動きが止まったその瞬間を狙い、塗々木は勢いよく跳躍し、ムカデの頭上を通る。
そのまま空中で器用に反転し、ムカデの背中に先ほどと同じように小太刀を投げ突き刺すが、そのタイミングでムカデが夜兎を押し退けて空中の塗々木へ攻撃しようとした。
「ッ!!」
「塗々木君ッ!?」
押し負けた夜兎が床を転がりながらも、今まさに攻撃を喰らおうとしている塗々木に悲鳴をあげた。
空中で自由に動けず、武器も手放している状態。ムカデが塗々木へ向かって、強力な毒液を吐いた。
「───チッ!」
塗々木が舌打ちを一つし、空中でできる限りの回避を試みた。
しかしやはり足場の安定しない場所では思うように体が動かず、全身は免れたものの、右肩を被弾してしまう。
「ぐっ!?」
更にムカデが尻尾を振り払うことにより、まともに防御も出来ずに塗々木は飛ばされ、壁に衝突する。
「そ、そんなっ!?」
すかさずその光景を見た夜兎がハッと跳ね起き、叫ぶ。
同時に、キュッと唇を噛んで、一気にムカデへと駆け出した。
「く、らえぇぇっ!!!!」
雄叫びを上げながら、夜兎にしては珍しい大振りな一撃でムカデの脚を刈り取っていき、その勢いのまま、再度残った脚へ攻撃をした。
『ギュギュアアァァァ!!?』
直ぐに剣を翻し、もう一振りで一気に身体を斬り裂いていく。
青色の体液が吹き出し、身体へとかかるが、気にしていられなかった。
「塗々木君ッ!!!」
「っ、平気だ!! ま、学の方を先に!!」
「でもっ───」
「早く!! 早く戦闘を終了させれば済む!!」
慌てて塗々木の元へ駆け寄れば、ムカデの毒液をかけられた右肩はプスプスと音を立て、火傷のように爛れていた。
しかし塗々木は右肩を抑えながら、気丈にも立ち上がり、夜兎へ指示を出した。
それでも、目の前の事態に夜兎が口を出しかけるが、それを悲鳴とも取れるほどの大声で遮った。
「いいか、さっさと終わらせてくるんだ。時間を伸ばす方が危険だ」
「───っ、ごめんっ!」
夜兎は尚も渋ったが、それでもその一声で弾かれたように立ち上がり、未だ2体のムカデを相手している学の元へと駆けた。
塗々木の右肩はどうやらほとんど動かないようで、そこから傷の範囲がどんどん広がっていた。
熱を帯びているのが、悪性であることを訴えている。鈍い激痛が体全体に走るが、塗々木は歯を食いしばって意識を保っている。
こんな状態でも混乱することなく耐えれたのは、塗々木が驚くほどの精神力を持っていたからだろう。
普通の高校生だった場合は、泣き叫び、我を忘れて逃げ出すか、激痛から意識を失うか、呆然となるかのどれかになるはずだ。
それを、強靭な精神力で防いだ。
塗々木の視線の先では、夜兎が来たことにより1体を相手するだけで良くなった学が、自身の
能力は極力使用せず、秘密にしていく方針ではあったが、学の場合は後先考えなく発動するところがある。
だが、今回はその判断は間違いなかったと言えよう。強化された肉体で目の前のムカデを、翻す大剣で夜兎が相手していたムカデを斬り伏せると、学が血相を変えて近寄ってきた。
「おいっ、てめぇ大丈夫なのかよ!?」
怒鳴り散らすような、しかし心配が多分に含まれている声でそういう学に、塗々木は最早立っているのも辛くなってきたのか、壁に寄り掛かりながら弱々しく首を振った。
「……悪いが……戦えそうには、ないな………肩を貸してく……くれない、か?」
先程夜兎が見た時よりも状態が悪化しているのは目に見えて明らかだった。
わずか数分の間だ。どうやら傷以上の、毒が身体に回っているのか。
学もいつにない硬い表情で、塗々木の腕を自身の肩にかける。
右腕はどう見ても使い物にならないので、かける腕は左側だ。
「おい夜兎、どうすんだよこれから」
塗々木を気遣ってか、声のボリュームを下げて学は聞いた。
流石に今の状態では、戦闘などまともに出来ない。それどこらか時間するかけていられない状況だ。
「……取り敢えず来た道をできる限り急いで戻ろう」
「でもよ、それじゃぁ夜菜達が……」
「塗々木君を安静にして、応援を呼んでからもう一度駆けつけよう。今はこっちが優先だよ」
夜兎は学が取り乱したことで、逆に冷静さを取り戻したのか、優先順位をしっかりと把握して学に伝えた。
夜兎とて夜菜と幹は心配であるが、それよりも目の前で息もたえたえと言った体でいる塗々木の方が、優先順位的には高い。
「塗々木君が明らかに危ない。まずは急いでここから出よう。その後もう一回来る」
「……あぁ、わかった」
こんな時だからか、昔からの馴染みの夜兎が相手だからか、学は反抗的にならず、頷いた。
まずはここから出る。最早意識があるのかないのか分からないほどの塗々木を連れて、2人は出口へと向かった。
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