第7話 剣ヶ峰



 前方から射出されるのは、少し前のような矢ではなく氷柱つららだ。

 しかし、俺はそれに視線を向けるだけで、氷柱は木っ端微塵に砕け散る。


 それを合図としたかのように、背後に鬼神と思われる魔物が突如として現れるが、それには目を向けることすらなく、意識を向けるだけで、鬼神は現れた瞬間に首を消失し、死体へと変化する。

 他にも、床が突如として毒沼へと変化したが、『炎燃拡散フレイムボム』で水分を一気に蒸発させることで無力化する。

 地雷のように、ある場所を踏んだ途端に通路全体が爆発したりもするが、[重力魔法]で爆発の方向ベクトルを全て自分に当たらないように操作することで、無傷でやり過ごす。


 「………はぁ」


 現在190層。『転移テレポート』を使わずに移動している俺は、未だ罠に襲われ続けていた。


 俺がどんなに罠を回避しようと、諦めまいと階層を経るごとに罠は苛烈になっていく。

 同様に、罠への俺の対応も、段々と雑になってきていた。

 それでも全てを『次元の壁ディメンションウォール』や時を止めることで防ごうとしないのは、せめてもの意地だ。


 俺は馬鹿なのだろうか。


 同じ魔法ばかり使い続けていると、絵的に辛い。

 誰への配慮なのかもわからないが、派手さは求めている。[光魔法]もとい[神聖魔法]で、魔法の見た目にわざわざエフェクトを追加する程だ。

 俺はそんな考えだけで様々な魔法を使っている。


 もう一度言う。俺は馬鹿なのだろうか。


 そして、ここの迷宮の主が俺を一人狙いしてきているのは間違いない。

 視線なんてものは"気のせい"程度でしか感じることは出来ないが、確かに視線を感じはする。

 確証はなくとも、見られているのがわかる。


 恐らく相手は俺を警戒しているのだろう。俺だって自分の迷宮にこんな奴が侵入してきたら何がなんでも迎撃する。


 迷宮の制約がどんなものなのかが分かっていないが、少なくとも今のところ即死のような罠は仕掛けられていない。

 そもそも、俺に対する即死の罠なんてあるのか分からないが。どんな状況からでも魔法があれば大抵どうにかできるため、正直首を傾げるところだ。

 ……よくよく考えれば、急に毒沼になる、床が無くなる、上から棘天井が降ってくる、退路を絶たれた上に金属の玉が襲ってくる、通路が爆発……というのは、十分以上に即死級である。

 

 麻痺しているぞ、と俺は自身に自覚を促す。


 だが、この感じだと200層が最終階層なのではないかと。もしそうなら、この焦りようもわかる。

 ただ、本当に相手がこの迷宮のダンジョンマスターだった場合、強さがヤバい可能性があるんだよなぁ。


 ダンジョンマスターと聞くと、自動レベリングとか、レアモンスターを好きなだけ出して倒しまくるとか、そういうのが浮かぶ……勿論ラノベが元ではあるのだが。

 こんなことになるんなら、ルサイアの迷宮で色々と試しておくんだったなと俺は嘆息。

 後悔しても仕方ないのは分かっているが、後悔せずにはいられないのが普通だ。


 つまり、もしそういう芸当ができる場合、今の俺より強い可能性だってある。

 今のところ、現在の俺より強い相手というのはいない。ステータスを完全に解放することがないしな。

 だが、世界は広いというか、この世界で一番俺が強いと考えるのは傲慢が過ぎるだろう。


 それを考えると、やっぱり挑むのは愚策か。


 「……」


 最近の俺は、確かに強すぎる気はする。

 つまり、本来必要な警戒心が薄れているという事だ。

 このまま進んだら嫌な予感がするのは、残った警戒心が訴えているからか、それともほかの要因か


 ここまで俺を始末しようとしているのだ。相手との平和的解決は難しい。

 そうなると戦闘は必須で、しかもここは相手の手の中だ。どう考えてもこちらが不利。

 ダンジョンマスターという存在がどの程度の強さなのか、ダンジョンマスターじゃなかったとしても、少なくとも弱いはずがないだろう。

 だが逆に言えばどの程度の強さなのか、分からない。


 いかんせん、情報が足りなさすぎるな。


 さてさて、一体どうするか……。


 「……ここは、一旦戻ろう」


 悩みに悩んだ末、俺は一度帰還することに決めた。


 今は別に最後まで行く必要が無いというのはある。だが決め手となったのは、最後のボスはしっかりと拮抗した状態で倒したいと思ったからだ。

 ダンジョンマスターだったら、最後の階層に一際強いボスは置いておくだろう。そのボスが強すぎるのか、今の俺より弱いのかはわからないが、一つ言えるのは、やはり実力が拮抗していたいということだ。


 正確には、パラメータではなく、技術で勝ちたいという意味だが。


 

 俺は早速190階層の入口まで戻ろうと『転移テレポート』を発動しようとして、止めた。

 

 「あぁ、そうそう───」


 俺はその場で振り返る。その瞬間、視界内の全て……いや、この階層全体が、一瞬にして凍りついた。


 『絶対零度アブソリュートゼロ』……階層丸ごと俺の魔力の支配下とし、如何なる存在も寄せつけない。

 それは物理的な干渉だけではない。最上級魔法は世界そのものに大なり小なり干渉する。故に、この階層内では、全てのものに対して『凍結』という概念が付与される。

 もっと端的に言えば、魔力すら凍り付く。


 それはたとえ、この迷宮の主だったとしてもだ。俺が魔法に込めた魔力が尽きるか、俺よりも精密な魔力操作技術と魔力をもってしなければ、この階層に魔力による介入は不可能だ。

 そして、俺が込めた魔力量は数値にして50万……あのギルドマスターの全魔力を超える程だ。


 「さんざん遊んでくれた礼だ。受け取ってくれ」


 ニヤリ、と俺はどこへともなく笑いかける。

 既に俺を見ているかのような視線はない。この階層を見るためには魔力を使っているはずで、現在は魔力による介入が不可能な状態だ。

 つまり、相手さんは俺より魔力操作の技術が低い可能性があり、迷宮の機能も、やはり魔力やそれに準ずるものを介して使用する可能性がある。それは朗報である。


 まぁ意味としては、単なる嫌がらせ……それと共に、俺の実力を見せ付けておく。

 相手の実力はわからないが、俺の実力を見て警戒してくれればいい。


 少なくとも、俺はその後罠による攻撃を受けはしなかった。


 


 ◆◇◆



 

 幹は危険な現状に、若干冷や汗を垂らしていた。


 目の前には巨大な影───『ハイオーク』が存在している。

 幹の覚えでは、ハイオークは前に40階層辺りで戦ったことがある。その時はそこまで苦戦せずに倒せたはずだ。


 だが、目の前の存在は、レベルが100を超えていた。40階層の時と比べれば、レベルの差はおよそ50だ。

 さらに言えば、明らかに先程までの敵よりもレベルが上がっていて、4体という数だ。


 通路を塞ぐように立っており、行きたいのはその先だ。迂回路もないため、幹はどう切り抜けるかを悩んでいた。


 「……夜菜、俺が飛び出したと同時に、氷系統の魔法頼む」

 「う、うん」


 戦いは避けられない。そう結論づけ、幹は夜菜に援護を頼んだ。

 多対一。まずは動きを鈍らせ、その間に一気にケリをつけるのが好ましいと幹は考えていた。

 それが叶わなくとも、数の差を減らせれば上々だ。


 ハイオーク達がこちらに気づいているのかはわからないが、少なくともその場所から動く気配はない。

 幹は魔力を全身に巡らせ、戦闘態勢へと入った。


 「───シッ!!!」

 「『零度拡散フリーズボム』ッ!!」


 純粋な魔力で自身の身体能力を強化させた幹が、弾かれたように角から飛び出し、それを追うように夜菜が魔法を発動させる。


 飛び出した幹に驚いたハイオーク達が、すぐに迎撃しようと各々が持つ武器を構えるが、さらに出現した氷の魔法に一瞬硬直する。

 夜菜が放った『零度拡散フリーズボム』が、幹よりも先に動きの止まったハイオークに到達し、爆発的な冷気を周囲へと振り撒く。


 それは氷山を一瞬で作りあげ、ハイオーク達を内側へと閉じ込める。氷点下を下回るほどの冷気は、廊下も凍りつかせた。


 だが、相手はレベル100越えの強敵だ。勇者といえど、得意属性ではない上級魔法で、格上の動きを完全に封じることは難しい。


 魔法抵抗力が高いのか、馬鹿力によるものか、普段なら閉じ込めたまま倒せるはずなのに、氷山はヒビを走らせると、そのまま砕け散る。


 刀哉による訓練を受けた夜菜も、無詠唱で発動できるのは、得意属性の炎のみだ。


 詠唱破棄で『零度拡散フリーズボム』を発動させたはいいものの、威力に関していえば一段劣る。


 だが、幹にとってはその停滞の時間を作りあげることが、援護としては十分だった。


 聖剣を手の中に作り出し、夜菜の魔法により少なくない時間動きをとめられたハイオークへと肉迫すると、幹は一番近くのハイオークを一太刀で斬り伏せた。


 聖剣は込めた魔力量に応じて切れ味が良くなる。油断せず多めの魔力を注いたため、ほぼ抵抗なくハイオークは真っ二つに裂かれる。


 聖剣なら、高レベルであっても、接近さえできれば一撃で殺せる。


 鮮血が飛び散り視界が赤く染まるが、既にこの程度で意識を取られることは無い。

 

 「ッ!!」


 すかさず二体目へと突撃し、再度大振りに聖剣を振るう。

 しかし、ハイオークの手にある大剣によって、それは防がれた。今の一瞬で対応出来るのは、やはり相手のレベルが高いからか。


 これでも、夜菜の魔法のおかげで動きは鈍っているはずなのだから、流石に高レベルは伊達ではないということか。


 追撃を諦めて一旦下がる。しかしそれは、単純な退避ではなかった。


 「『凍結領域フロストフィールド』!」


 図ったわけでもなく、阿吽の呼吸で夜菜の魔法がかけられ、床が薄氷に覆われると同時に、急激な温度変化で通路内を白い靄が満たす。

 刀哉のように、壁や天井、魔物などの全てを凍らせることは出来ない。あくまで範囲内の床や空間のみだ。

 だが、それが普通なのであって、決して夜菜の魔法が弱い訳では無い。


 「ナイスだッ!!」


 幹が退避したことで、攻守を交代したように攻めようと前のめりになったハイオークが、薄氷のせいでバランスを崩す。

 頑張って転ばないように大きく体を動かしてバランスを保つ様はまさに滑稽だが、その様子を嘲笑うような悪趣味はなければ、その隙を無駄にする愚かさもなかった。


 夜菜の魔法発動と同時にジャンプをしていた幹は、風魔法によって足元の空間を一瞬だけ密度の高い空気で満たすことにより、擬似的な二段ジャンプを行った。


 「セィヤッ!!」


 その状態から、バランスをとるために意識を割いているハイオークに攻撃を当てるなど、幹にとっては造作もないことだ。

 先ほど攻撃した感触から、聖剣に注ぐ魔力を必要最低限に下げ、落下の勢いも含めたジャンプ斬りを放つ。


 先ほどよりは幾らか抵抗があったものの、ハイオークの右肩に深く聖剣は入り込み、そのまま崩れ落ちる。

 落ちるのに合わせて再度空中に足場を作った幹は、同じような動きで空中を移動する。


 ようやく対応を始めたハイオークだが、その時には既に幹が到達しており、聖剣で頭部を突き刺していた。

 最後の一体から追撃されないよう、すぐに離脱し距離を取る。だが、ハイオークが手に持った剣を肩越しに担ぐようにしたのを見て、直ぐに方向を変えた。


 「やらせるかっ!!」


 ハイオークの狙いは恐らく後衛の夜菜。それをすぐに見抜いた幹は、剣が放たれる前に近づいて、トドメを刺そうとした。

 ───しかし、ハイオークはその途端急に体の向きをこちらに変えた。


 「───ガッ!?」


 完全に夜菜に意識を向けていたと思っていた幹は、ハイオークの突然の行動についていけず、袈裟懸けに身体を斬られる。

 咄嗟に魔力を防御に回したが、ハイオークの力はそれだけで防げるほど軽いものではなかった。


 意図を見抜いたと思っていた幹は、その実ハイオークに誘い込まれていたのだ。


 「ミキッ!?」


 夜菜が地面に落とされた幹を見て叫ぶ。一応反射的に魔法を使わないだけの思考力はあった……という訳ではなく、単純に思考が停止してしまっていただけである。

 

 勢いよく叩きつけられ、床を覆っていた氷が砕け散る。

 レベル100のハイオークの人間離れした力で、しかも空中という場所でもろに一撃を食らったのだ。受身を取れるわけもなく……。


 「ぁ………ぐっ……」


 幹の体は、たった一撃で満身創痍まで追い込まれていた。

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