第66話 そっとしておくことも重要
未見の本とは言っても、内容は既にある程度知りえていることは多い。
言わば、中学三年の数学を、異なる教科書で学んでいるような感じだ。捉え方が違ったりするだけで、題材が同じというのが多い。
その結果、新規に得た知識は少なかったのだが、俺はそれでもある程度の満足感を得ていた。
知識欲とは違うが、完璧主義というのか。一つの図書館の本を丸ごと読み尽くしたと思うと、達成感が溢れる。
体感では結構長いように感じたが、実際はまだ夜中である。朝にもなっていない時間帯だ。
思いの外早く制覇してしまったために、達成感と同時に、俺はまたどうするかと悩んでいた。
「流石にこの王城を隅から隅まで散策するというのはやり過ぎてるよなぁ。いや、でも王城って図書館とは別に禁書庫的な部屋があったりしないっけ」
どうやら思考が本格的に犯罪思考になってきた。
禁書庫と言うと、よく異世界系の小説では、王族のような本当に一部の権力者でないと閲覧できないような本や、何かが封印されている本、読むと凄い魔法を覚えたりできる魔導書が置かれているイメージだ。
「……いやいや、流石にダメか」
俺は早速好奇心から探そうとして、そこでようやく俺の理性が歯止めをきかせた。
禁書庫という響きが、流石にヤバいと俺に思わせたらしい。『それ
仕方ない、今日のところはお暇するとしようか。入ろうと思えばいつでも入れるしな。
プライバシーの欠片もあったものじゃないが、別にそういうことに利用するつもりは無いのでセーフ。
そもそも、やるつもりだったらとっくの昔にやってると思うしな。
[千里眼]。周囲の時間を停止(正確には極遅に)させる『
まさにそれ系のことが可能なスキルや魔法が揃っているのにやっていないのは、俺にその気が全くないからだ。
もし俺が紳士ではなく、もっと軽い人間だったら、今頃性犯罪者となっていたな。
誰も捕まえられそうにないのがタチが悪いぜ。
出る時は[千里眼]と『
別に[千里眼]が無くとも問題なく『
変わると言っても、時間的には全く変わらないし、魔法構築の難易度が少し上昇するだけだ。
強いて言うなら、両利きだけど右手の方がより使える人物が、右手から左手に箸やペンを持ち替えたぐらいだ。
つまり、その程度でしかないのだが、それは俺の場合で、普通の人にとっては視界外の『
いや、そもそも長距離の移動が不可能かもしれない。
まぁ、俺がおかしいというのは今更なので、別に謙遜することもなければ、驕ることもない。
───そんな、やけに達観している自分が何故か悲しく思えて、やっぱり心の中で謙遜ぐらいはしておこうと思うことで、まだ俺は他人を見下しているわけじゃないと言い聞かせることにした。
俺は他人を見下すつもりは無いし、自分の力を過信するつもりもなかった。
そういえば、宿を出てから数時間経っているが、そろそろ帰っていい頃合いだろうか。
俺が逃げ出してきたのはあの雰囲気に耐えられなかっただけだし、寝ているこの時間帯なら問題ないだろう。
それに、万が一とはいえクロエちゃんが奴隷嫌いな可能性もある……あれ? その場合結構危ないぞ?
ルナのあの感じだと、クロエちゃんに噛みつきそうなイメージはある。クロエちゃんが奴隷のことを嫌いだったり、見下していたりしたら、酷い仕打ちをされてもおかしくない。
あの優しそうなクロエちゃんに限ってそんなことはないと思うが、色んな人に裏の顔はあるし、否定はできない。
「さっさと帰っておくか」
何となく悪い方ばかりに予感がいってしまい、だからこそ敢えて平静を装ってそっと零す。
[千里眼]無しで『
タイムラグは一切なく、視界の切り替わりも殆ど一瞬。
屋外から屋内の見慣れた景色に変化し、それと同時に複数人の寝息が耳に入る。
数は3人。仲良くひとつのベッドに居るようだ。
少なくともギスギスとした関係ではないようで、俺の予感が当たらずにホッとしていた。
ただ問題は、3人もひとつのベッドに居ると、流石にスペースがきついことだな。ルナとミレディは中学生並みだし、クロエちゃんも小柄な方だが、それでもシングルにはキツい。
少なくとも、俺が入れるスペースはなかった。
「……いや、スペースがあったら入るわけじゃないけど」
前科持ちが何を言っているんだとなるようなことを言い訳として呟きつつ、俺は椅子に座る。
どの体勢でも寝られるのは結構有用だが、横になれるなら横になりたい。
そもそもスキルに[睡眠欲耐性]が出てから、スキルを有効にすれば眠くなることは余り無くなってきている。
だが、精神的な疲れはやはり寝るのが一番いいしな。
人間休むことを忘れたらダメだと思うのだ。
座った状態で俺はゆっくりと目を瞑り、頭を空っぽにして眠る準備へと入る。
この部屋に女の子3人の男1人という状況でそういう考えが一切浮かばなかったのは、俺が紳士故だからということにしよう。
最近、自分でも枯れてきたと思ってしまう場面が多い気がするために、気休めにそう思った俺である。
本当は自制しているだけのはずなのだ。
◆◇◆
朝目が覚める時、今日はやけにハッキリと意識が覚醒した。
椅子で座っていたからというのもあるが、少し落ち着かなかったのもある。
部屋に女の子が3人という状況で、落ち着いている方がおかしい。
それを見るとやはり夜の俺はどこか抜けているように思える。
この状況で寝ることが出来るとは、どんな思考をしていたんだろうか、俺は。
夜の方が冷静というか、心に波がないのは不思議だ。普通はそっちの方が箍が外れるというものなのになぁ。
相当疲れていた可能性もある。図書館を数時間で制覇すれば、脳に異常な疲れをもたらすことは想像にかたくない。
「ん~~っ」
伸びをして、眠気を完全に飛ばす。最近は寝る時に警戒するのを忘れている気がして、少し不用心な気がしないでもない。
1ヵ月ほどは常に警戒して睡眠を取っていたが、やっぱり一時的なものだったらしいな。寝る時に警戒するなんて、今の状況じゃあまり必要性も感じないしな。
もちろん、何かが近づけばすぐにわかるだろうが。その程度には俺は警戒している。
「あぁ、そういえば」
部屋から出ようとして、ふと、振り返る。
ベッドにはクロエちゃん、ルナ、ミレディの3人が眠っている。
ミレディとは昨日話すことが出来なかったが、まぁ、本人が話したくなるまで待つとしようか。
俺から無理に話しかけるより、ルナと二人っきりの時の方に、ルナの方から状況説明をさせた方が良さそうだ。
「夜まで帰ってこないから、そのつもりで。何かあったら帰ってくるけどね」
返事が返ってくることを期待しての発言ではないが、一応ベッドに向けてそう告げ、俺は部屋を出た。
[生体感知]のスキルは、気配を察知するのではなく、生き物の存在、その状態を感知する。
どうやって感知しているのかは知らないが、ともかく、対象が寝てるのかどうかということも何となく分かる。正直、それが無くてもわかったとは思うが。
扉を閉める時、若干ベッドが動き、殺していた息を再び戻したような音が聞こえたが、俺は敢えて気付かないふりをした。
さっきも言ったように、ルナに任せた方が早そうで、楽だと思っていたからだ。
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