第2話 強い時なら大歓迎


 さて、この場合どう対処するべきだろうか。


 俺は、目の前で喚き散らす筋肉ダルマを見て、少し思考が汚染されそうになるのを堪えながら考えた。

 取り敢えず、その道の人に聞こう。


 「すみません。探索者ギルド内でのいさかいはどうなってるんですか?」

 「え? あ、はい。えぇと、探索者ギルド内で、探索者同士の諍いの場合は、器物の破損等が無い限りギルド側は介入しません。流石に武器を抜いたり、殺したりとなればあれですが……取り敢えず、周りに迷惑でない程度なら、特に処分があるわけではありません」

 「なるほど、ありがとうございます」

 「何ゴチャゴチャ言ってんだよぉ!」


 筋肉が何か喋ってらー。


 なんでもないように聞いた俺に、受付嬢さんは目を丸くしながらも、丁寧に答えてくれた。


 取り敢えず、選択肢が出来たな。一つは穏便に済ませるために、説得すること。

 目の前の筋肉を見て、それが出来るとは到底思えないな。会話、通じるのだろうか。特殊なスキルが必要そうだ。それもユニークスキル並みの強力なやつ。


 じゃあ相手が攻撃したら、わざと食らって吹っ飛ぶか?

 それだと俺が弱いことになるから、結局虚偽の申告となって、俺の方に非がある感じになるかもしれん。


 つーか、今鑑定したがこいつ見た目の割にレベルは20なんだが! レベル20って、ハルマンさんのところで見せてもらった奴隷よりも劣るぞ。


 別にな、好きに言わせるのはいいんだが、周りから舐められるのは癪だ。力を隠すつもりではあるが、ある程度の力の行使は仕方ないと見ている。


 プライドのためなら全力もいとわないから、攻撃することも考えよう。


 取り敢えず、まずは穏便にからだな。


 「そうですか。では俺が虚偽の申告をしたと言う、理由や根拠を教えてください」

 「ぁんだと!! んなもんテメェのそのヒョロい身体を見れば一目瞭然じゃねぇか!!」


 ステータスの世界でそんな事言われてもなぁ……実際強そうなやつは細身だって多いだろうよ。見た目の筋肉量もあるだろうが、あくまでレベル第一のはずだ。

 現地人なら余計分かっているはずなのにこういうってことは、一応強いやつはそれなりに筋肉もあるという認識なのだろう。


 一つ言えるのは、実は俺も筋肉がない訳では無いという話か。着痩せするというだけで。

 だからヒョロいという表現は俺には当てはまらないはずなのだが……目の前の筋肉ダルマと比べれば、まぁ仕方ないのかなと嘲笑気味に思う。


 「見た目での判断はあまり当てにならないのでは?」

 「……そうですね。レベルが高ければあまり見た目に関しては関係ないですし、見た感じ魔法も使えるので、そちらがメインの場合は普通に有り得ます」

 「だそうですが、貴方はまだ言うんですか?」


 俺がチラリと受付嬢さんに目を向ければ、受付嬢も俺の意図を読んで答えてくれる。うん、この人良いな。賢いぞ。


 「うるせぇんだよ!! 強いってんなら俺と戦ってみろよ!!」

 

 最もな発言だが、うるせえのはアンタだよ。周りからも注目集めてるし、一方的な言いがかりだし、迷惑かけてるし、そろそろキレるぞ?


 そんな感情を[並列思考]で処理する。サンキュー並列思考。フォーエバー並列思考。

 感情の制御にはもってこいだな。


 「はん!! 戦えないんだろ!! やっぱり嘘だったか!!」


 俺の沈黙を図星と見たのか、筋肉が嘲笑する。それに合わせて、周りの幾つかも便乗するように笑う。恐らくこいつの言っていることも一理あると思ってるんだろう。


 まぁ確かに反撃には出ないし、黙り込むし、着痩せするとはいえパッと見は細身だし、弱い可能性の方が高くなってるんだが。


 ────あぁもう、相手するのがめんどくさいなぁ。


 「あがっ!?」


 俺が無詠唱の重力魔法で加重してやれば、筋肉は自身の体重を支えられずに膝を付く。

 良い。これで丁度俺と目線が同じ高さになった。


 「これでも、俺が弱いと?」

 「───っ!!」


 周りにも聞こえるように放った、嘲笑うかのような俺の言葉に、何をされたのか分からなかっただろう筋肉ダルマの、その顔が驚愕に染まり、そして憤怒の赤へと変わった。


 「この、クソガキィィィ!!」


 敢えてそのタイミングで重力魔法を解けば、怒りのままに筋肉は背中に背負った両手剣を鞘から抜き、振り下ろした。


 「キャアァァ!!」


 俺の後ろにいる受付嬢さんが悲鳴を上げる。それもそうだ。両手剣の長さは優に2mを超えているため、俺にはもちろん、後ろにいる受付嬢さんにまで刃が届いてしまうのだ。


 周りも流石にどよめいている。だが、止めようとしてまで入る奴はいないみたいだ。言っておくが、便乗した奴は分かってるからな?

 まぁ、そいつらには軽めの重力魔法をかけるだけに留めておこう。


 さてと、この攻撃を避けることは不可能。受付嬢さんが巻き込まれるし、ここは防御にしよう。


 「なっ!?」

 

 ピタッと筋肉の両手剣が、途中で動きを止める。

 

 筋肉の両手剣を白刃取りのようの受け止めただけだが……自身の渾身の一撃を軽々と防がれたからか、筋肉が声を上げる。


 ふむ。少し、脅してみるか。


 俺が掴んだ両手剣に少し力を入れると、両手剣は俺の握力に耐えきれず、金属音を響かせて、砕け散る。


 「のわっ!?」


 情けない声を上げて、筋肉が後ずさる。そりゃそうだ。剣が素手で受け止められ、更に砕かれたのだ。驚くだろう。


 でも今の姿は滑稽だったぞ? 完全記憶でいつでも思い出せるから、イライラした時はこれでスカッとしよう。


 「……大丈夫ですか?」

 

 取り敢えず筋肉は一旦放置し、俺は後ろを振り返る。受付嬢さんは目を見開いて顔を青ざめているが、俺がやったことを認識すると、俺の言葉に頷いた。


 「あ、ありがとうございます」

 「いえ。元々俺に突っかかってきたやつなので。巻き込んですみません」

 「そ、そんなことありません。あの人───マスルさんは粗暴な態度で、新人を脅したりするのを何度もやっていたので……」


 常習犯だったのか、道理で周りも騒ぎ立てたりしないと思えば。

 だが今までの新人よ、悪は滅びだぞ。


 それにしてもマスルね……どうしても『マッスル』という単語が頭に浮かんでくるんだが。


 筋肉……やはり名は体をあらわすのか。


 ちなみにその筋肉に対しては、現在進行形でピンポイントに[威圧]を出しているので、何も行動出来ないはず。[威圧]のレベルが低くても、俺のステータスが相まって、感じるプレッシャーは相当なはず。


 安心しろ。本気では出してないから死にはしない。


 「それで、この場合どうなるんですか? 一応死人も怪我人も居ないし、器物の損害も奴の剣以外はありませんが」

 「はい。結果的にはそうですが、ギルド内で武器を抜いたこと、ギルドの職員である私に対しても攻撃しようとしたので、処分対象となります。結局怪我人等が出なかったので、マスルさんは探索者としての身分の剥奪で済むでしょう。えっと……トウヤさんに関しては恐らくお咎め無しだと思います。剣はマスルさんのものなので、自業自得でしょう」

 

 うん。計画通り。あの場面で重力魔法を解いたのは正解だったな。正当防衛という形で済まされたようだ。


 悲しいのは、途中で空いた間だな。俺の名前を思い出したんだろう。いや、分かってるよ。まだ登録したての、しかも名乗ったわけじゃなくて紙に書いただけだから覚えてなくても仕方ないよ。

 でも美人さんだからなぁ、少し悲しい。


 とはいえ、その処分を聞いて多少なりとも溜飲が下がったので、俺は筋肉に当てていた威圧を解く。

 それと同時に、全身から汗をかいて今度は体力的なもので膝を付く筋肉。周りからは「どうしたんだ?」みたいな感じで見られている。


 これ、何やったか知られたら俺の方にも追求が来そうだな。外傷も内傷もつけてないからそこまでじゃないと思うけどさ、

 

 「じゃあ後のことは職員にお任せしても?」

 「はい、問題ありません。登録開始直後からこんなのですみません」

 「いえいえ、少なくとも虚偽の申告ではないと示せたと思うのでよかったと……示せましたよね?」

 「は、はい! それはもちろんです」

 「よかったです。それじゃあ俺は帰りますね」

 「はい。お疲れさまです」


 頭を下げる受付嬢さんに、俺はいえいえと手を振り、探索者ギルドを後にする。

 

 筋肉を理解不能な方法で黙らせ、特に気にすることなく帰る様は、他者から見たら異質に見えただろう。


 探索者登録初日の行動は、ある意味で成功、ある意味で失敗に終わった。


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