第3話 なにか嬉しい補正が働いている



 「ん~よく寝たぁぁ」


 朝、恐らく6時前後。

 久々の快眠の果てに、俺はうんと伸びをした。


 「硬いベッドのはずなのに、こうも至福に感じてしまうのは何故なのか」


 俺が寝ているベッドは日本のとは大違い。硬い木の板の上に薄いシーツを敷いてるぐらいだが、俺の寝床に比べれば全然いい。


 床に寝たり、座って寝たり、敵に襲われる心配をしながら寝たり、たまーに蚊みたいな虫に身体中刺されてたり……ろくでもない場所だったのに何故かホームシックに。


 国境を超えるために移動している時も、野宿が基本だったからな。それを考えるとベッドがあるだけでも贅沢に思えてしまう。


 寝起きで少し寝癖のある髪の毛を、頭ごと、魔法で作り出した水の中に突っ込む。なお空中に作っているので水が零れることは無い。

 その後引き抜いて、風魔法で風を送り、火魔法で風を熱せば、簡易的なドライヤーの完成だ。

 しかも手を使う必要が無いので、便利でもある。


 鏡で自分の姿を確認したいが、生憎とこの世界では鏡は貴重品だ。ルサイアの王城にはあったが、王族と比べてはいけないだろう。


 「まぁ、大丈夫そうか」


 手で触って大丈夫だと確認し、部屋の扉を開ける。


 昨夜、ハルマンさんに教えて貰ったこの宿、名前は『泊まり木』だが、一泊食事付きで銅貨15枚───約1500円ほど───となかなか良心的なお値段。

 俺の手持ちが銀貨数十枚、数万円なのを考えると、しばらくは泊まれるな。


 食事に関しては、王城で出ていた物を食べていたから差を感じてしまうのは当たり前なんだろう。だが、家庭の味というか、そんな感じがするので嫌いではない。

 まぁ最近干し肉ばっかりだったのもあるだろうが。あれは、固いから噛みごたえはあるんだけど、塩辛いんだよな。保存用だから仕方ないんだろうがさ。


 ふわぁ~と欠伸をしながら階段を降りていく。たしかこの時間帯はまだ食堂は空いてないって昨日女将さんが言ってたな。


 と思ったら、食堂に女の子が。確か昨日ここの食堂で注文受けてた女の子だな。

 これからもこの宿には泊まる予定なので、一応とばかりに挨拶を。


 「おはよう」

 「あ、おはようございます」


 俺の声に振り返った女の子は、礼儀正しく一礼。見た目中学生ぐらいなのに、しっかりと教養が行き届いてるというか。凄いですね、俺ら勇者より礼儀正しいよ。


 なんて考えていたが、女の子が手に持っている雑巾のような布に気がついた。


 「もしかして、掃除の邪魔だった?」

 「あ、いえいえそんなことはありません」


 女の子は慌てて両手を胸の前で振る。まぁ、本当に邪魔だと思ってても、口に出すことは出来ないよな。


 「……良かったら、手伝うよ?」

 「え? いや大丈夫ですよ。そう疲れることでもありませんし、すぐ終わりますから」


 うん、何十個もテーブルあって、床も結構広いんだけど、すぐに終わるのか?


 確か食堂が開くのは後二時間後ぐらい。つまりその間の時間はこの娘が掃除しているという事じゃないか?


 と考えると、ここはあれだな。これからもここにはお世話になる予定だしな。手伝ってあげよう。


 「水拭きすればいいの?」

 「いや、大丈夫ですって。お客さんにやらせるのは申し訳ないというか……」


 分かる、分かるよその気持ち。だけどね、手伝うと申してる側からすればそんな遠慮は要らないんですよ。

 それにね、こっちの方が時間短縮だし。


 「取り敢えず、『箒』『ちりとり』『水拭き』」

 「はい?」


 俺は、魔法のイメージをより強固にするために、魔法名を告げる。


 恐らく俺が初めてであろう、新しい魔法、オリジナルである。

 『箒』で、手前から奥に向けて順に埃や小さなゴミを、舞わない程度風で掃くようにして、『ちりとり』で一箇所に集めてそれを『ゴミ箱用無限収納ダストボックス』に収納する。


 最後に『水拭き』で床を湿らせ、雑巾をイメージした、質量を持たせた魔力によって、床をこする。


 「よし、ここまでの動作を1セットで……うん。次からは『教室掃除』と名付けよう」

 

 一々個別でやるのはめんどくさいし、必要な時に個別でやればいいしな。ちなみに『教室掃除』という名前にしたのは、単に掃除のイメージがそれしか無かったからだ。


 ここまでの魔法を完全記憶でイメージ保存しておいて……。


 「……あの」

 「あ、悪いね。多分だけど掃除終わったよ?」

 「は、はい。それは見ればわかるというか、ちょっと理解できないというか……」


 困惑した顔を俺に向ける女の子……色々とまずったかなぁ?


 だけどよく考えれば、昨日やってきた初対面のお客さんが、次の朝何か意味不明な方法で掃除をしてしまう。


 確かに困惑するな!


 「えぇと、取り敢えずありがとうございます?」

 「どういたしまして。これで食堂を早く開けるのか?」

 「はい。お父さん……料理士が起きてればですけど」

 「それは良かった」


 つまり一番乗りで食えるかもしれないんだな。それは上々。誰もいない食堂で食べる飯ほど美味しいものは……いやそれ以上に寂しいな。


 「それで、その……私はどこから突っ込んだらいいですか?」

 「有無を言わさず手伝ったこと?」

 「掃除の仕方の方です!」


 ボケたつもりは無いが、強めに言われる。


 「魔法としか言いようがないかなぁ」

 「ま、魔法? あんな魔法があるんですか? あんな、掃除に特化したような魔法が?」

 「うん? あー、まぁね。意外と難しいんだけど、便利なんだ」

 「へぇ~。凄い掃除が捗りそうです!」


 女の子は『羨ましいな~』と呟きながら俺のことを見ているが、俺としては少しひやりとしたところだな。


 新しい魔法を作るというのは、一種の功績だ。希少性もさることながら、その難易度も高い。

 そもそもの話、新たな魔法を作ろうという発想に至ること自体が少ない。基本的に既存の魔法で事足りるのだから、当然といえば当然だが。


 だからこそ、不用意に発言するべきではない。とは言っても、この子がそんなことを知っているかどうかは別であるが。


 恐らく、俺がこうも簡単にポンポンと魔法を作り出せるのは、この世界の人にはない地球の知識と、高レベルの[魔力操作]や、魔法への造詣の深さ、そして[完全記憶]による完璧なイメージの補完等の要因だろうな。


 ちなみに魔法だが、例えば『風魔法で風を作る』というのは基本誰でも出来る。更にそこから『風を操る』というのも基本誰でも出来る。


 出力は最大でも少し強い風程度に抑えられてしまうが、詠唱なしというのは便利だ。俺は元々無詠唱だからあんまりだけど。

 魔法の形として、これは初期段階。まだ魔法に昇華していないものだからこそ、詠唱もなしに使えるのだ。

 

 そして、今やったのは低出力でも可能な単純な作業だから、『ちりとり』以外の部分は、一応出来る人には出来るだろう。

 だが問題は、それだと毎回風を全て操らなきゃいけないのだ。ゴミが舞わないように出力を調整し、その後一箇所に集めるのも。


 その点、新しい魔法として開発すれば、魔力調整とイメージするだけで問題無い。俺の場合無詠唱だから、実質何もしないで勝手にやってくれる。

 魔法を作るというのは、要するに型版を作ってしまうのだ。後はそこに魔力を入れるだけ。


 型版を作ってしまえば、楽々出来るからこそ、俺は毎回無駄に魔法を作ってしまうのだが。掃除のためだけに魔法を作るなど、才能の無駄遣いというかなんというか。


 「あ、手伝ってくれたお礼に、料理私が作ります! 流石に何もしないとアレなので!」

 「え? それは……」

 「今、『君作れるの?』って顔しましたよね? 私料理人の娘ですからね?」


 料理人の娘なんだよね? うんうん大丈夫疑ってない疑ってない。叶恵の料理を思い出してなんかいないさ。

 というか、アレはマジで人間が食えるものじゃないから。まさか、幼馴染みにメシマズ属性がついていたなんてッ……!


 と、思考が闇にハマりかけた。あれは思い出さずに記憶のそこに封印すべきなんだ。[完全記憶]のせいで、地球の頃のものも一度思い出すと忘れないんだけどな。

 思い出したという事実からしてずっと覚えているという凄さ。しかしそれが仇となった。


 「ちょっと待っててください。今作ってきますから」

 「ああ、うん。期待して待ってるよ」

 「もう、本当ですからね!」


 プンプン、と自分の口でいいながら厨房へと移動する女の子。それでいいのだろうか? 自分の口でプンプン言う女子って初めて見た。


 俺も立っているのはあれなので、一番近くにあった椅子に座る。誰もいない食堂、厨房には女の子1人。お腹の減った俺は厨房へと移動……薄い本が厚くなりそう。


 勿論そんな事態は起こるはずもなく、数分後、もう出来たらしい料理を持って女の子が現れる。


 「どうぞ。一応朝の定食で、ブルーボアの肉と味噌汁です。それと黒パン」


 出されたのは、ステーキのような肉と少し薄い色の味噌汁。そしてファンタジー定番ふやかさないと食べれなさそうなパン。


 ステーキの焼き加減は見た感じ絶妙で、確かにこの子が料理人の娘であると思わせるのだが、やはり王城のものと比べると質素と感じてじてしまうな。


 「朝からステーキはきついんじゃないの?」

 「探索者のお客さんはみんな食べていきますよ。体力つけてくって」

 「そう言えばここは探索者御用達の宿だったね」


 宿に対して御用達って言うのか知らないが、ここの宿に泊まってるのは殆どが探索者だ。

 とは言え、俺はそこまで大食いじゃない。これぐらいは食えるだろうが。


 「……お、美味しいな」

 「ふふん、そうでしょう。ブルーボアは弱い割に美味しいことで評判な魔物ですからね。街の外に結構居ますから、肉を持ってきてくれれば買取りますよ。うちの親が」

 「自分と言わないあたり、いい性格してるよね」

 「お母さんからの教えです」


 この世界の母親は腹黒そうだ。流石は生きるのに必死な異世界、女の怖さに磨きがかかってそう。


 なお、味噌汁は味噌味が薄いものの、何気に美味しかった。黒パンは、なんだろう。固いはずなのに普通に食べれるし、噛みごたえがあって美味しかった。噛めさえすれば味が出て美味しいね。


 「歯……どうなってるんですか?」

 「俺にもわからん」


 やはり何かに浸してふやけさせてから食べるのが普通らしい。そのための味噌汁でもあったようだが、黒パンと味噌汁は些かミスマッチじゃなかろうか。

 コーンスープとか、そっち系の方が合うと思う。


 とは言え、結局総合的には美味しかったので、素直に感謝を告げる。


 「掃除の手伝いをしてくれたお礼です! べ、別に貴方の為に作ったんじゃないですからねっ! 勘違いしないでくださいっ!」

 「何を言ってるんだ君は」


 唐突なツンデレ発言。しかも俺に対する"お礼"なのに"貴方の為ではない"という矛盾。でも笑顔だから恐らく分かってやってるのだろう。


 はい。素直に可愛いです。こっちの女の子は可愛い子が多くて嬉しい。

 まぁ、俺のそっちの補正は叶恵と美咲で切れてるだろうから、一時的なものだろうし、あまり期待しない方が良さそうだ。


 「それに、普通に掃除するより綺麗になりましたし……あ、紹介が遅れました。私、ここの女将と料理士の娘のラウラです」

 「なるほど、やっぱり女将さんの娘さんか。最初は料理人の方の娘だから違うと思ったが、夫婦で切り盛りしてるのかな?」

 「はい。祖父の更に祖父の代からあるそうで、改築しつつも宿を経営しています。私も、将来的にいい人を見つけて、このお店を継ぐつもりです」

 「それは、立派な心がけだね」


 まだ中学生かそこらっぽいのに、もう既に将来を見据えているのか。地球の頃の俺は高校二年になっても就職とか結婚とか全く考えてなかったなぁ。普通にいつもの面子で馬鹿やってたいと思ってたし。


 「あの、お客さんのお名前は?」

 「ん、俺? 俺は刀哉、まぁ探索者だよ」

 「トウヤさん、ですね。宜しくお願いします」

 「どうもご丁寧に。こちらこそ、暫くこの宿には世話になります」

 「はい。じゃんじゃんお金を落としてってください!」

 「客の目の前でいう発言じゃないねそれ」


 この娘は腹黒さを見せる子だ。たまにちらりと見せるのが、なんとも恐ろしく、魅力的に映る。

 あれ? おかしいな。思考がなにかに毒されてる


 「トウヤさんトウヤさん、今日のご予定は?」

 「何だ急に」

 「お客さんの予定を聞くのが私の日課なんですよ。別に嫌なら言わなくていいですけど」

 「この街に来たら、やることは決まってるだろ?」

 「そうでしたね。迷宮、ですか。是非とも生きて帰ってきて、出来ればまたお金を落としてください!」

 「最後の本音さえなければ、素直に嬉しかったのにな」

 「お母さんの教えです」


 死亡フラグを立てないようにしてるのだろうか。もし俺が浅い層で死ぬイベントがあったら、多分結構大惨事だと思う。


 そうこうしているうちに、ほかの客も起き出してくる音がする。恐らくこの時間帯に女将さんや料理人さんも起きるはずだ。


 「さてと、じゃあそろそろ行きますかね」

 「あ、はい。それにしても随分とお早いですね」

 「こんな朝早くから、可愛い女の子と冴えない男が二人っきりで会ってたら誤解を招くだろ?」

 「そんな、可愛いだなんて……トウヤさんはお上手なんですね! もしかして結構経験あります?」

 「女友達はいるけど、悲しいことに色恋沙汰は全く無いなぁ」

 「トウヤさんが鈍感なだけじゃないですか?」

 「それこそ有り得ないよ」


 叶恵や美咲が俺の事を好きなわけない。叶恵は前に『可愛いよ』とか『綺麗』とか言ったことがあるが、素直に嬉しいと言われただけだし、美咲もそんな面は全く見せない。

 というか、美咲も色恋には疎そうというか興味が無さそうというか……今度あったら拓磨か叶恵にでも聞いてみるか。


 「まぁそんな感じだから、さっさとお暇させてもらうよ」

 「はーい。行ってらっしゃいませご主人様!」

 「ノリがいいようで何よりだけど、男相手にやったら変な気を起こしかねないよ」

 「トウヤさんにしかやらないから大丈夫です」

 「……そんな好感度を稼いだ覚えはないんだけどなぁ」


 まさかとは思うが、本当にそっち系の補正があるのだろうか? それとも決まり文句?


 そんなふうに疑ってしまうぐらいに親しい感じなのだが、この娘が特別人懐っこいのだろうか。粗暴で野蛮で短気なイメージの探索者相手にそんな風にしてたら、いつか勘違いした輩が手を出しそうだ。


 なお、その勘違いした輩に俺も含まれるのは、言うまでもない。


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