第9話 色々あったんです
「取引、ですか?」
「はい」
取引と聞いて商人の顔つきになったハルマンさんだが、別にそうたいしたことじゃない内容なんだけどな。
「ハルマンさん、背中怪我してますよね?」
「え? ま、まぁ。先程馬車から投げ出された時に、強く打ちまして。今もじんじんと痛みますが」
「少々失礼して」
ハルマンさんの背中に回り、許可を取ってから服をめくる。確かに重傷という程ではないが、軽傷でも済まない傷跡があった。
「『ヒール』」
「え?」
無詠唱でも出来るが、カムフラージュ用に魔法名だけ呟く。すると、ハルマンさんの背中にあった傷が見る見るうちに塞がっていく。
「どうです?」
「い、痛みが無くなってる……まさか回復魔法をお使いに?」
「えぇ。少々嗜んでいまして」
嗜み程度に部位欠損までは回復できますよ? と冗談も言ってみたいな。
「もしかして、トウヤ君は高名な治癒師なのですか?」
「いえいえ、そんな大したもんじゃありませんよ。嗜み程度ですって」
「ですが詠唱なしに───」
「嗜み程度、です」
「……分かりました。詮索はしません」
俺の有無を言わさぬ笑顔と言葉に、ハルマンさんは素直に身をひいた。さすが商人と言うべきか。別にあのまま聞かれたからといってどうする訳でもないが、引き際はよく分かっているらしい。
「それで、まぁ今見たようにある程度の傷なら治せます。それであの馬を治しましょう」
「……なるほど、そういう事ですか。ですがあの怪我の治癒の対価となると結構な値段となるので……」
「……治癒ってもしかして、結構高額なんですか?」
たかが魔力をちょちょっと消費するだけだぞ? 原価ゼロ。病院のように色々設備を使う訳でもない。
「トウヤ君。知っているかどうかはわかりませんが、回復魔法というのは希少です。殆どが先天性のもので、更にそこから治癒師になるものは少ないですから、その希少性から、ただの擦り傷でも銀貨は取られます。今回の場合、私の背中の傷は軽く見積もって金貨数枚、馬の方も金貨10枚はいくでしょう」
「おう……そりゃ凄い」
俺は提示された金額に、頬を引き攣らせながら驚く。
この世界のお金は、鉄貨から始まり、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、白金貨と六段階ある。
それぞれ、日本円に換算すると、大体ではあるが、前者から10円、100円、1000円、1万円、10万円、そして一桁飛ばして1千万円。
ルサイア神聖国では、一家庭の平均月収が金貨1、2枚で、大体20万円程度だろうか。
するの、今回提示された治癒の金額は、金貨10枚、つまり100万円……。
な? どんだけ高いんだってなるだろ?
「まぁでも俺は治癒師じゃないですし、別にお金はいいです」
「いえ、商人として、無条件でして頂くというのは、少々受け入れ難いところが……」
「無条件ではありませんよ。代わりに、馬を回復したら俺を馬車に乗せてください。色々と聞きたいこととかあるので。どうです? 悪い話じゃないと思いますが」
俺の言葉に、ハルマンさんは難しく唸る。おや? 別にそんな悩むことないと思うんだが
「……それだと、やはりトウヤ君の利益が少なすぎませんか? 確かに馬車での移動も情報も対価にはなりますが、金貨10枚分の価値の情報なんか早々ありませんし、何より私が納得しない」
「そ、そうですか?」
「はい。なので、馬車に乗せていって、私の店の奴隷を一人差し上げます。それでどうでしょうか?」
「どうでしょうかって……」
そりゃ……否はないな。
別に俺は『日本人だからそういうのはちょっと……』って言うような感覚はない。奴隷が無理やり色々とやらされているのを見ると嫌悪感がでるが、自身が奴隷を持つ分には全く忌避感がない。
別に俺は、奴隷を無理矢理働かせるつもりまなければ、なにかを強要するつもりもないからな。
そう思いながら、俺は「分かりました」とハルマンさんに告げた。
◆◇◆
馬の脚は、思った以上に重傷だったが、俺の『ヒール』ですぐに治った。
そんな光景を見て「『ヒール』って、こんなんでしたっけ……」と、呆れていたハルマンさんだが、俺も違和感は感じ得ない。
使用している魔法は間違いなく『ヒール』。別に魔力を大量に消費している訳では無い。少し多めくらいだ。
だが、『ヒール』の本来の効果は、擦り傷や切り傷を治す程度で、穴が空いた馬の脚を治すほどの効力はない。
まぁ、スキルレベルの高さだろうか。
ただ、衰弱している馬の体力に関しては、回復魔法じゃどうしようもないので、そこは時空魔法に頼った
「『
簡単に言うと、対象の状態を巻き戻す魔法だ。時間を操るだけに、魔力は回復魔法の比じゃないが、そのお陰で馬の体力は全快となっている。
それを見たハルマンさんが、今度は「君は一体……」と呟いていたが、流石に「勇者です」と答えるわけにもいかないので、黙秘をしておいた。
ハルマンさんも、薄々俺が只者ではないと勘づいているかもしれない。というか、そうだろう。
横転した馬車も、普通に直しておいた。現在の筋力は結構高いため、この程度は大きさに関係なく持ち上げられる。
流石に片手で楽々と持ち上げる、とまではいかないが。
ここまで来ると、ハルマンさんは何も言わなくなった。だが、逆にその目が妖しく光り始めていて、柄にもなく蛇に睨まれた蛙のように竦んでしまったのは内緒だ。商人ってコワい。
中に居た奴隷達には、ハルマンさんの方から説明してもらった。基本的に奴隷になったばかりの奴は他人を怖がりそうだから、ハルマンさんに任せた。
うん、面倒くさかったわけじゃない。適材適所。俺も普通に話しかければ大丈夫だったかもしれないが、念には念を入れてだ。
その後、約束通り馬車に乗せてもらい、馬は動き出す。中には奴隷がいるので、座っているのは御者台だ。
ここから隣国、ヴァルンバへは、約4時間、そこから王都までは更に半日ほどかかるそう。その間、俺は色々と質問させてもらうことにした。
まず、奴隷の扱いだが、概ね俺が知っている内容と変わらなかった。
まず奴隷の種類。これは、"犯罪奴隷"、"借金奴隷"、"身売り奴隷"、"違法奴隷"の四つに分けられる。
"犯罪奴隷"は、犯罪を犯したものがなる奴隷だ。基本的に、誰にも買われることなく、奴隷が最終的に行き着く鉱山で、犯した罪が清算されるまで延々と働かされるのだとか。
鉱山は事故や魔物が多く、死亡率も高いため、結局生きて帰ってこれるのは1%にも満たない人数だとか。
"借金奴隷"は、借金で金を返せなくなったものが奴隷となること。奴隷としてお金を貯めて、借金額分を返済することで自分を買うことが出来るのだとか。
とはいえ、奴隷の状態で金を稼ぐのは難しく、基本的には奴隷として一生過ごすことになるとか。犯罪奴隷よりマシ程度、といったところか。
"身売り奴隷"は、先程ハルマンさんが言っていた、貧しい者が自主的に奴隷となることだ。
基本的に身売り奴隷は、村などの集団のためということであり、身売り奴隷となった者自身にはあまりメリットはない。精々、同情から多少待遇がいいぐらいだ。それも奴隷商人によるが。
最後、"違法奴隷"は、違法な方法で無理やり奴隷にさせられたものだ。
例えば冤罪。証明が難しいものの、無実の罪で犯罪奴隷となることは珍しくない。冤罪が証明された場合は違法奴隷となり、国の保護対象となる。
他には無理やり攫ってきたりなどだ。奴隷には『奴隷の首輪』という特殊な魔道具の首輪を嵌めている。
契約者に逆らうと激痛が走ったりするものだが、そういった首輪を無理やり嵌める、といった手段で奴隷を調達し売るという者も少なくはないという。
もちろん犯罪であり、違法行為のため、表立ってそんなことは出来ない。だからこそ、闇市場というものがあるのだろうが。
とまぁこんな感じで、ハルマンさんはもちろん違法奴隷は扱っていない。ここはハルマンさんの人となりを多少なりとも理解したため、俺は頷いた。
ハルマンさんは種族や経緯関わらず奴隷を扱っているらしく、もちろん犯罪奴隷もいるらしい。ただ、やはり一番いいのは借金奴隷で、借金を返すためにきちんと働くため、無駄なことを考えずに済むのだとか。
次に奴隷の値段だが、これは種族やステータス、そして性別によるらしい。
基本的に獣人は安い、人族は普通、エルフやドワーフ等の種族は高いと言った感じなのだが。
獣人と言っても多種多様な種族がいるため、一概に安いとはいえないらしい。中には珍しい種族だったりするとエルフと同じぐらい高いというのもあるからだ。
そしてエルフやドワーフは、エルフは魔法がとても上手く扱え、ドワーフは鍛治が得意なため需要があるのだとか。安いもので金貨100枚、高いと白金貨まで登るのだとか。
とは言え、エルフとドワーフの奴隷の扱いは丁重にとのことだ。聖剣を作ったのがエルフとドワーフだから、あまり関係をこじらせたくないという事なのだろう。
国によっては、エルフやドワーフが犯罪を起こした場合、それが冤罪じゃないか徹底的に調べ尽くすし、借金の場合も、何か嵌められた可能性を調べ尽くすほどだ。
まぁ、基本的には、当人が犯人であり、借金も金銭管理が下手だったからと、弁解の余地もない結果となるのだが。
種族以外、つまりステータスだと、まずパラメーターが高いとそれだけ値段も高い。スキルも多いとそれだけ高くなるが、特に戦闘系のスキルを持ってたり、戦闘の経験があったりすると跳ね上がるらしい。
魔法スキルを持つ者に関しても同じだ。
「ちなみにトウヤ君はどんな奴隷がお望みで?」
「そうですね……やっぱり知識を補完できるぐらい博識で、戦闘が可能な奴隷ですかね」
「なるほど……その二つとなると、流石に私でも条件を満たすのは難しいかもしれません。最悪次の仕入れまで待ってもらうことになるかもしれません」
「えぇ、承知していますよ」
元々奴隷を買うつもりはなかったのだから、今更時期が遅くなったところで特に困ったりはしないはずだ。
「そう言えば、トウヤ君は私と会う前は何してたんですか?」
「ん? そうですね……ただ普通にヴァルンバに向けて歩いてただけですよ。何かやっていた訳ではありませんね」
「君ほどの人が何もやってないということは有り得ないと思いますが……そういうことにしておきます」
うん、ハルマンさん、当たってるよ。やらかしたもん。
誤魔化せたと無理やり思い、俺はここに至るまでの出来事を思いだす。
まず最初の街、名前はわからないが取り敢えず『ファースト』と呼ぼう。
ファーストでは、俺が持っているゴブリンやオークの魔石を換金所で売ることにした。
本当は、いつでも適正価格で買い取ってくれるらしい冒険者ギルドで売りたかったのだが、冒険者ギルドの換金所を利用するには冒険者登録が必須で、ルサイア神聖国内での冒険者登録は危険だと判断したため、結局普通の換金所にお世話になった。
ゴブリンの魔石とオークの魔石は合計で銀貨12枚となったが、足元見られたなと俺は理解した。
魔石を売ってから、鑑定で魔石の適正価格を見ることを知ったのだ。なお、その計算でいったところ、本来なら銀貨12枚ではなく、銀貨43枚となったのだが、別に大した敵でもなかったし、また稼げるとそこまで気にしなかった。
そこで干し肉を数個買い、さっさと移動を開始。その時は『
なお、干し肉は、心を無にして食おうと誓う味だった。
そして俺はその街、便宜上『セカンド』と呼ぶ。セカンドで、盛大にやらかした。
道中狩ったゴブリンやシルバーウルフという狼の魔物の魔石と、解体所で解体してもらった素材を売るつもりだったのだが。
換金所で、腰に付けている、迷宮に行く時に王女から貰ったマジックポーチから素材を出すふりをして、『
そこからは換金所の人が驚いてしまい、それが周りに聞こえてしまって大騒ぎ。
ハイオーガの適正ランクはS。そんな強い魔物の魔石を、冒険者ギルドではなく普通の換金所で出してしまったのがいけないのだろう。
すぐに俺はその場から離脱し、騒ぎがそれ以上拡大する前に逃げおおせることが出来た。
この時、『
俺の異能とやらの【
そして、丁度いいからやろうと思い、俺はハイオーガの死体を取り出そうとして、またしても思いとどまる。
【
そして思い付く。
魔石も肉体の一部じゃね? と.
思い立ったが吉日、俺は早速魔石を砕いた。ハイオーガの魔石は大きさ的に人差し指ほどの大きさ。とても丸のみできるものでは無い。
それを言うなら、そもそも魔石という石を食うこと自体間違っているが、その時の俺は少し興奮していて、その事実に気が付かなかったのだ。
魔石を粉状になるまで砕き、水魔法で空中に出した水の中へポイ。その水を飲んだのだが……
結果的に、ハイオーガの持つ[剛力]というスキルを取得することに成功した。
そこからは速い。持ってる魔石を砕く作業に入り、スキルを取得できなくなるまで魔石水(ネーミングは気にするな)を飲んだ。
結果ね。嬉しいスキルもあれば、不名誉なスキルも出ましたよ。
あれはゴブリンとオークの魔石水を飲んでからだ。
スキル[絶倫]。性欲が衰えず、精液の生産速度が飛躍的に上昇する。また1mL当たりに含まれる精子の量が増加
ユニークスキル[繁殖]。種族に関わらず、相手を孕ませることが出来る。生まれてくる子供は[繁殖]を持っている者と同じ種族
………。
おい、おい。
ふざけているのか? ふざけてんのか?
ふ ざ け ん じ ゃ ね ぇ!!
思わず周辺にいたゴブリンを狩り尽くしてしまった。オークは居なかったから断念したが。
何が一番ふざけてるって、確かにスキルの内容もふざけてるし、ユニークスキルも取得できるのはビックリだがよ……。
まだ俺は
不名誉極まりない、というか絶対にスキルを明かせなくなったのだ。
そんな一幕があり、一喜一憂の後、ルサイア神聖国最後の街となる『サード』へと着いたのだ。
さて、ここで俺は自身のステータスを見て驚いた。
謎スキル[因子適応]がレベルアップしていたのである!
今までうんともすんと言わなかったこのスキルが成長した要因は、恐らくではあるが、【
また、それによって、異能が新たに増えた。
それが【神童】
効果は、成長率超増加。成長速度超上昇。スキル取得条件超緩和。
それは、俺が今より更に強くなることを示唆しており。
そのチート性能っぷりに、俺は大いに喜んだ。間違えてまたハイオーガの魔石を取り出してしまうぐらいには、歓喜した。
その後、ここにきて成長チートかぁ、いまでも十分なんだけどなぁと若干呆れたり。
もっと早く取得していればなと、後悔したり。
『超』が多いけど『超』のバーゲンセールなの? とツッコミを入れてみたり。
とにかく、この2日間程でいろいろと変わったわけだ。どちらかと言えば、上方に。
そんで、その後はルンルンと歩いていたところでハルマンさんが盗賊に襲われていたというわけだ。
ハルマンさんと、ヴァルンバについて話していること4時間。
待ちに待った国境が見えてきたので、そこでハルマンさんは商人専用の通行証を見せて、中にいる奴隷も見せて難なく通過。俺は隣にいたが、[気配遮断]をフルで使用していたので気づかれることは無かった。
「……トウヤ君、今私の隣にいないかと思いましたよ。気配遮断ですか?」
「えぇ。見つかるとやばい身分なもので」
サラリと告げた言葉を、ハルマンさんがどう捉えたかは分からない。
だが、その頬に冷や汗が垂れているのを見るに、もしかしたら決断を後悔しているのかもしれないな。
大丈夫! [気配遮断]使えば見つからないからさ!
心配しているのはそこじゃないと叱られそうだ。
というか、あまりにも拍子抜け過ぎて、国境を越えた実感がわかない。
取り敢えず、ルサイア神聖国からようやく抜け出したぞ!!
途中昼食を摂って、再び移動。干し肉は相変わらずだが、口が慣れてしまったのか途中からは癖になる味と認識してしまった。恐ろしい。
そして、日が暮れ始めた頃。
ようやく、ヴァルンバの王都が見えてきた。
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