第8話 何故助ける=相手を殺すことになるのか



 「ふんふふんふ~ん」


 鼻歌を歌いながら森を進む。


 この2日間は良いことが結構あったので、上機嫌なのである。


 更に言えば、もう少しでこのルサイア神聖国という場所から抜け出せるということも拍車をかけている。既に三つ程街を経由しているが、どこも獣人の奴隷が虐げられている光景が目について、あまり長居はしたくなかったのだ。


 馬車に関しては、この国の者だと足がつく可能性があったので俺は終始自分の足で移動している。

 というか、上空に転移してからの、[遠視]によって遠方目視した上での『視認転移ショートジャンプ』のコンボがマジで強力すぎる。やろうと思えば1Km位なら一瞬で詰めれるからな。

 転移系の魔法は湯水のように魔力が消費されるが、俺の魔力量は常人のそれじゃないので、こんなことをしていてもある程度は問題ない。


 すると、茂みから一体の緑の小人が飛び出してくる。

 その瞬間、俺の思考が一気に切り替わる。


 『グギャギャ』

 

 やせいの ゴブリンが あらわれた。


 「スキル発動! 『スラッシュ』!」


 とうやは スラッシュを はつどうした。

 やせいの ゴブリンに 5965のダメージ。

 やせいの ゴブリンは たおれた。


 テレレレ テッテッテー!


 とうやは レベルアップを した。


 「……独りだとこんな弊害があったのか……!?」


 さっきまでのテンションとは一転、ガクリと膝をつき、俺は嘆いた。

 とうとう精神的に異常をきたしてしまったのか。頭の中には妄想で作られたコマンドと、ドット絵で表示されたゴブリンや背景、更には全てがひらがなカタカナで構成された文字列が浮かんでいる。


 何故だろう。やってる時はそこそこ楽しいのに、倒した後に訪れるこの悲しみ……。

 

 というか、そもそもの話、今更ゴブリン程度でレベルアップはしない。いくら妄想と言えど、最早現実逃避気味だな。


 「いかんいかん。思考がすぐズレるな……」


 最近は独り言とかが多くなってる気がする。その内ブツブツと思ったこと全部呟くようになってしまいそうで怖いな。


 ────ヒヒーン!?


 「ん?馬の声?」


 その時、突然馬のような鳴き声が聞こえてきた俺は、顔を上げる。[地獄耳]のお陰で数百メートル位なら離れてても音が聞こえるっていうね。


 馬の声からして、危険が迫ってるとかそんな感じだったが、馬車に乗ってる人でも居るのだろうか?

 取り敢えずと、俺は声のした方向に走りつつ、[気配察知]を発動する。


 すると、[気配察知]に複数の存在の反応があった。集団でまとまっているのと、それを囲うようにいる4人の存在。

 十中八九襲われているとみていいだろうか。


 気配遮断を併用して、大体それらと距離が10メートルほどになるまで近づくと、木々の隙間から見えてきた。

 横転した馬車と、投げ出された小太りの男性。そして馬車と男を囲むように、4人の男が居た。

 囲んでいるのは、身なりからして、俗に言う"盗賊"だろうか。


 (助けるか? だがそれは、人を殺すということになるだろうが……)


 だが助けなければ、恐らく彼は死ぬだろう。あの馬車の中にいる者も。


 うーん、と俺は呑気に考える。

 あいつらが盗賊だという前提だとしよう。確かこの世界での盗賊の扱いは、『見つけたら殺してオッケー、もし指名手配中の盗賊だったら報奨金も貰えるよ』という感じだったはず。

 つまり、盗賊を殺すこと自体は、この世界では悪いことじゃない………大義名分は確保と。


 すると、盗賊達が何か喋っているのが聞こえる。

 

 「────か言え! 普段当てねぇくせによ」

 「うるせぇっ! それより奴隷だ奴隷。どうせ女もいるんだろうし、一人くらいは味見……」

 「やめとけ。お前、そんなことしたら頭に殺されるぞ? 処女の方が高く売れるから、少なくとも本番は無理だな」

 「ちぇ。ここで一人やって隠蔽でもすれば出来るか?」

 「バレた時に首が飛ぶどころじゃすまねぇぞ?」

 「わーってるわーってるって」


 スゥッと、俺は目を細める。ゲスの盗賊とは、俺としてもやりやすい〃〃〃〃〃


 よし、感情面も確保と。


 ということはだ。馬車の中にいるのは奴隷だな。あの小太り男性は奴隷商人と言ったところか。


 奴隷商人と聞くと、やはりあまり良いイメージは湧かないが、実際に奴隷商人を見るのは初めてだ。

 取り敢えず助けてみて、性格が悪そうだったら……うん、まぁ適当にかな。


 それに、この世界じゃ遅かれ早かれ人殺しは経験しておかなきゃ、後々困りそうだ。召喚された初日にも『殺られる前に殺れ』と思ったこともあるし。


 ────進んで人殺しの経験をつけようとする俺は異常なのかもしれない。もちろん、多少の自覚はあるが。


 そう考えているうちに、盗賊の1人が斧を持って小太りさんに近づき始めた。


 ───よし、執行開始ってな。


 「フッ!」


 腰に差した剣を鞘から抜いて、盗賊の斧を持っている腕が延長線上に来るように縦に一閃。

 瞬間、衝撃波のように鎌鼬かまいたちのようなものが剣の先から飛んでいき、スパン!! と小気味よい音を響かせて腕を切り落とした。


 ここに来るまでに取得したスキルの一つ[飛剣術]だ。

 剣を振ると、それに合わせて鎌鼬のようなものが剣の軌跡の延長線上に飛んでいくものなのだが、遠距離攻撃ができるから楽でいい。しかも切れ味も中々良いからな。


 腕を斬られた盗賊が喚き叫ぶ。自身の腕がいつの間にか無くなっているのだから、そりゃビックリだろうな。

 更に剣を振り、[飛剣術]により盗賊は首から脇腹にかけて深い傷を負う。多分、死んだな。


 次に、奴隷に危害が加わらない内に、馬車に一番近い盗賊に[火魔法]を発動する。


 「人体発火現象ってな」


 盗賊に使用するのは初級火魔法『フレイム』。そのまま対象の体を燃やす魔法だ。


 とは言っても、生物の場合は体内に魔力があって邪魔をするため、体内に直接魔法を発動することは難しい。が、『足元から』『外側から』というのは可能なので、それで基本は倒す。


 そう言えば全残関係ない話だが、人体発火現象って結局何が原因なんだろうな? プラズマがうんたらとか、リンがどうたらとか色々仮説があったっぽいが、俺が最後にチラッと調べた時には仮説の域を出てなかったらしいな。


 余談はさておき、『フレイム』に遠隔でさらに魔力を込めて威力をあげてやると、盗賊は一瞬で灰と化す。

 そのゴミを風魔法で端にどけておく。灰だから、軽すぎてどこに飛ぶかまではわからないけど。


 最後まで見届けず、次の盗賊に、今度は上級風魔法『無空気エアンセプション』を発動する。


 簡単に言えば、一定範囲内を完全な真空状態にする魔法だ。盗賊が息を吐いた瞬間を狙ってやったので、そう長くは保たないだろう。実際、数十秒と経たずに倒れた。


 最後は、今の一連の出来事を見て、怯えた表情で叫んでいる盗賊に、光魔法の『レーザー』を放つ。前に拓磨に教えてみた魔法だ。俺はあまり使わないが。


 森の中でも日が差し込んでいるから、時空魔法でレンズを作り光を1箇所集めて、それを帯状にして放つ。

 以外にでかくなったソレは、高速と言っても差し支えない速度で盗賊に飛んでいき、その胸に風穴を開けた。

 光は熱すぎたのか、皮膚が焼けているような臭いがする。

 なお、心臓ごと持ってったはずなので即死である。


 「……執行完了っと」


 特に何もなく、俺は剣を仕舞う。

 盗賊達を殺したことに関して、特に何も感じていなかった。躊躇うこともなければ、忌避もそこまでない。

 好き好んでやりたいとは思わないが、逆に言えばそれだけだ。


 初日の暗示が効きすぎたのだろうか? それとも力に溺れているのか?

 ともかく、少し自制心を鍛えた方が良さそうだ。日本育ちの平穏な生活を送っていた高校生が、殺人になんら躊躇いを持たないとなると、問題過ぎる。

 地球に帰れたとして、何かあったらすぐ殺人を犯すようになるのは嫌だぞ。


 取り敢えず反省は頭の中でしておいて、スタスタと小太りさんの前まで行く。すると、彼は意識があるのにも関わらず、目を閉じて、まるで死刑囚のように刑が下されるのを待っているような状態で居た。


 「いや、何死のうとしてるんだよ」


 つい突っ込んでしまった俺の言葉に、小太りさんが目を開く。

 ふと、辺りを見渡して、確かにこんな惨状を、見えないところから起こしたのだ。彼にはまるで、目の前で盗賊達が不気味なものに殺されたように映っただろう。

 死の間際にそんなことを見たら誰だってそうなるわな。


 「……少しやり過ぎたなぁ」


 気まずさから、俺は頬をポリポリとかく

 後に聞いた話だが、彼はこの時、俺のことを死神だと思っていたらしい。


 


 ◆◇◆




 「助けていただき、ありがとうございます。私、ヴァルンバに店を持つ、奴隷商人のハルマンと申します」

 「あ、これはご丁寧にどうも。自分は刀哉です」


 小太りさん……ハルマンさんは笑みを浮かべながらお礼を言ってきた。

 最初は茫然自失状態だったのだが、俺が───『あれは俺がやった。アンタは助かった』という適当な───状況説明をして、ようやくハッキリとした意識を取り戻してくれた。


 それからは感謝感謝と何度も頭を下げられて、少し困った。自分より一回りも二回りも年が上の人に頭を下げられているんだ。苦笑いですんだ俺を褒めて欲しい。


 「それよりも、ハルマンさんはどうしてここへ?」

 「そうですね、あまり自国民に話す内容ではないので。ご不快になるかもしれませんから……」

 「あ、俺全然この国好きじゃないし、そもそもこの国出身じゃないんで大丈夫ですよ」

 「……それはそれでどうかと思われますが」


 苦笑いを浮かべるハルマンさんだが、俺は完全なる本音だ。あの王が治めている国だぞ? 獣人は虐げられてるし、嫌いだ。うん。


 「まぁ、そういうことでしたら。先程も申しました通り、私は奴隷商人です。このルサイア神聖国では、大きな街はともかくとして、村となると貧しい者が多いのです。私はそんな村をめぐって、口減らしにと売られる身売り奴隷を買い取っているんですよ」

 「へぇ~。やっぱそういうのあるんですね」


 口減らし、身売り奴隷。貧しいところだと、食費を減らすのと、僅かでもお金を稼ぐのに、子供や老人を奴隷として売ったりするのがあるらしい。

 そんな奴隷が"身売り奴隷"だが、やはりあるのだな。

 

 「えぇ。まぁそれで、本来なら冒険者を護衛として雇って帰るつもりだったんですが、今回に限って依頼を出すのを忘れてしまって。店の方が気になるので、時間もかかるし、結局護衛無しで来たのですが……」

 「丁度盗賊に見つかったと」


 俺の言葉に、苦々しい顔で頷くハルマンさん。そりゃ運が悪いな、本当に。


 「これからどうするんです?」

 「そうですね、足となる馬がこの様ですし……」


 ハルマンさんが向ける視線の先には、脚を矢で射抜かれて衰弱している馬が居た。まだ生きているが、動ける様子には見えないし、死ぬのも時間の問題か。

 だが俺は、ポンと頭の中で手を叩いた。名案、という程ではないが、そう悪くない話。


 「ハルマンさん、俺と取引をしませんか?」

 「はい?」


 そして、ハルマンさんに俺は取引を持ちかけた。

 

 

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