第8話 訪れる静寂
「っ!?刀哉ダメだ!!」
崖の方に走り出した刀哉を見て、意図を理解した樹は叫んだ。いくら何でもそれはダメだと
「と、刀哉君何するの……?」
「多分崖に誘導して落とそうとしてるんだと思う。しかも自分が崖に身を投げて」
「そんなの、嘘だろ……」
「そ、そんなっ……」
叶恵達は今にも泣きそうな目で遠くにいる刀哉を見る。樹が嘘をつくわけがない。憶測でも樹の考えが外れる可能性は低い。だからこそそれが本当なのだと分かってしまった。
勿論刀哉とて死ぬつもりは無いはずだ。崖に掴まるなり魔法を使うなりするだろうが……。
「刀哉君!!」
「ちょ、ダメだ叶恵さん! 危険すぎる!!」
「いや、離して樹君!」
飛び出そうとした叶恵を抑える樹。その奥で、刀哉が飛び降りたのが全員の視界に映った
「あ、あぁ、そんな、刀哉君……」
「叶恵さん!?」
ショックで気を失った叶恵を抱きとめる樹。普段なら下心があったり役得などと思っていたに違いないが、今回はそんなことを思う暇すらなかった。
刀哉が死んだ。あの崖がどれだけ高いかわからないが、最低でもあのキングオーガの雄叫びが聞こえなくなる位には深いだろう。100メートルや200メートルじゃない。軽く500メートル位の深さがあるのではないのだろうか?
だからこそ、その高さから落ちたら良くて瀕死、悪くて死んでいる。
そして、誰もいない場所で瀕死になれば、助かる見込みは限りなく低い。
「……美咲さん、叶恵さんを頼む」
「えぇ……樹君、その………」
「大丈夫だ。まだ、大丈夫だ」
美咲の言葉を最後まで聞かずに、樹は強がってみせる。いや、もしかしたら自身に言い聞かせていたのかもしれない。『刀哉が死んだのは大丈夫なのか?』と聞かれていたら、樹も今度は感情が爆発してもおかしくなかったからだ。
「拓磨、みんなをまとめてくれ。今の士気の状態じゃ危ない」
「……あぁ。グレイさん、騎士団の方達は問題ないですか?」
「こちらは問題ない。人死にが出るのは、珍しくないからな」
「っ!!」
薄情なことを言ったグレイに咄嗟に殴りかかろうとした拓磨だったが、寸前で止まる。
彼が言っているのはこの世界では当たり前なのだ。あのような魔物が蔓延っているところで全員が生還できると考えていた方がおかしいのだ、
「……騎士団の方達は先行して魔物を見てきてもらえませんか? 今の俺たちじゃ、ここの魔物相手にちゃんと戦えるか分かりません」
「わかった。後、すまんな。私だって、刀哉に関しては少なからず親近感を持っていた。今回のことも、平気かと聞かれたらそうではない。行動に支障が出ないだけで、私は毎回心の中で……」
グレイは最後まで言わずに騎士団の方へ向かった。
現在の勇者の士気は最低。刀哉と仲が良かったものは勿論、あまり話さなかった者も、身近な人が死んだ、それも目の前でということに恐怖している。
次は自分なのではないか、と。
「みんな、取り敢えず今は帰ることを目標にしたい。さっきまでのパーティーを組んでくれ。先に騎士団の方達を行かせて魔物を見てもらうように言っているから安心していい」
拓磨の言葉に、勇者はノロノロと動き出す。そこに先程までの機敏さはない。それほどまでにショックだったのだ。
流石の拓磨も、この状況をどうにかすることは出来なかった。
彼もまた、必死に心を押し殺していたのだから。
「美咲、叶恵を背負ったままで大丈夫か?」
「大丈夫よ……私はこう見えて、力はあるから」
強がりなのは誰の目に見ても明らかだった。ここにいる4人は特に刀哉と仲が良かった者達だ。
その分、精神には誰よりも強いダメージが入っている。
拓磨も今はみんなをまとめるという使命があるから耐えているだけだ。その自制心にいつヒビが入るのか……耐え続けるのが不可能であることは、拓磨自身、一番良くわかっていた。
◇◆◇
無事王城に戻った拓磨達は、事の顛末の報告をグレイに任せて、それぞれ自分の部屋に戻った。
時刻はそろそろ夜。殆どのものは風呂に入ることもなく、ベッドに飛び込んだ。それで寝れた者は少なかったが。
閉鎖的な迷宮の空気から開放されただけでも、ある程度は気分が楽になった、とは言えなかった。
むしろ一人になったことで、心の中でせき止めていた感情が流れ出す者も、少なくなかったのだ。
それはいつもの3人も例外ではなかった。
気絶している叶恵は除くとしても、拓磨、美咲、樹の3人は、それこそ何時間とかかるぐらいには、溢れる涙を止めることが出来ず、ただ後悔と自身への恨み言ばかりを垂れ流した。
3人はそれぞれ違う思いではあったが、共通して自身の無力さを嫌い、不甲斐なさを嘆いた。
あの時、もし自分があの魔物に立ち向かえるくらい強かったら、または立ち向かえる勇気があったなら。
もしかしたら結末は変わっていたかもしれない。代わりに自分が死んだとしても、刀哉は生きてくれたかもしれない。全員生還することも、出来たかもしれない。
勿論仮にそんなことをしても、刀哉は喜ばないだろう。むしろ悲しみ、嘆き、今の3人と同じような考えをするはずだ。
だが、自責の念に囚われている3人に、そんなことを考えることは出来なかった。
◇◆◇
小鳥のさえずりは、聞こえない。
悪夢でも見ていたような寝覚めの悪い朝。重い頭は自身の心境を表していた。
実際、悪夢を見ていたのだろう。内容に関してはあまり覚えていないが、やはり昨日の事は暫く夢に出そうだ。
「あぁ……」
掠れた声を出し、洗面所で顔を見る。酷い顔をしていた。精神的疲労だけで、ここまで顔は変わるのか。
全体的に顔色は悪く、心なしか頬をやつれているように感じる。目の下には隈が出来ているように見えるし、泣きじゃくったせいか目元は赤くもあった。
取り敢えず顔を洗い、タオルで拭く。多少良くはなったが、やはり酷い顔という印象はぬぐえない。
コンコン
「樹、居るか?」
「あぁ、拓磨か。今開ける」
扉越しに聞こえてきた、掠れた声。どうやら彼も自身と同じような感じなのだろう
扉を開けると、樹程ではないが、それでも目の下に隈を作った顔をした拓磨が居た。イケメンもこれでは台無しだな、と思えるほど、今の樹の心に余裕はなかった。
「どうした、こんな朝に」
「いや、少し話がしたかったんだ。本当は美咲と話そうと思ったんだが、どうやらまだ寝てるらしい」
樹は部屋に拓磨を入れながら、美咲のケアもしなければいけないと考えていた。今の状況は相当やばいと、今更ながら気がついたのだ。
樹は部屋に常備されているホットミルクをコップに入れて、拓磨に差し出す。
「ありがとう」
「いや、俺もお前も疲れてるようだしな。少しでも回復するようなものがいいだろうと思って」
体が温まればそれだけで多少は楽になる。気休め程度のものだったが、今の疲労のなかではそれすらも欲していた。
「……俺は、昨日散々部屋で泣きまくったんだ」
「俺もだ。というかみんなだろ」
「そうか……俺はさ、能力に『勇者』ってのがあって、過去の伝説の勇者が同じものを持ってるって最初に言われて、少し浮かれてたんだ」
最初、この世界に来た時は、まだ自身の立場やその危険性すら理解出来ていなかった。ただ自分の力が他よりも強く、それで調子に乗っていた。
「でも、それが昨日の結果だ。あの時、俺は何も出来なかった。怖くて、足が動かなかったんだ」
「拓磨……」
机の上に置いた拳を握りしめた拓磨は、今にもその手を叩きつけそうだった。それが、拓磨の自身に対する怒りを表していた。
そして、それに気づけない樹ではない。
「もし、俺がもっと努力をしていれば、道中の魔物を楽に倒すのではなく、方法を模索しながら倒していたなら、少しでも迷宮の知識を付けようとしていたら、もしかしたら、もう少し良い結果になったかもしれないのに……ッ!!」
その言葉を聞いて、後の祭りだとかそういうことを言う気にはなれなかった。後ろを振り返って後悔しても何も無いが、それでも、感情の前にはそんなこと関係なかった。
「……拓磨は十分に役目を果たしたさ。みんなをまとめて、退路を開いて、帰る時も先頭を立って。みんな疲れてて、拓磨だって疲れてて、それでも周りを気にしてたじゃないか。それだけで俺からはとても……」
「でも、俺はあの時役に───」
「それは俺だって同じだ!」
突然怒声を上げた樹に、拓磨は顔を上げる。そこには涙を堪えた、昨晩の自身と同じ顔をした樹が居た。
「俺は、前の日に刀哉に言われたんだ。迷宮は危険なのをみんな理解しているのかなって。その時俺は、『自分は覚悟できてるしな』って答えたんだ! 少し迷宮の知識を付けていて、迷宮が危ない場所で死ぬような場所だと理解していると思って、そんなことを抜かしやがった! でも、実際は違った……俺は、全然覚悟なんか出来てなかった……あの時だって、俺は刀哉に言われたように動いただけで、自分からは行動しなかった! 刀哉があの魔物と戦っている時も、刀哉の意図を理解しながら止めることが出来なかった! それで後悔して、自分を責めて、全部過ぎたことだってのに……っ」
「樹……」
拓磨と樹の立場は逆転していた。先程までは拓磨の自責を樹が聞いていたが、今は樹の自責を拓磨が聞いていた。
樹の言っていることは、全て仕方の無いことだった。あの時あそこで何が起こるかなんて、初めて行ったばかりの自分達が予測することなんて出来ないし、その時の対応だって普通は無理のはずだ。
冷静に考えて、それは自身にも言えることだと拓磨は気づく。自分達は過ぎたことを話していて、勝手に自分を責めていた。それがある意味の逃げだとも知らずに。
その事に気づけたのは、樹が感情を吐露してくれたからだ。樹の言っていることも全て過ぎたこと。
友人として、何か言ってあげるべきではあるが、残念ながら拓磨は樹に慰めの言葉をかけることは出来なかった。
「はぁはぁ、悪い拓磨。少し熱くなりすぎた」
「いや、いいんだ。俺こそ、何の慰めもかけてやれなくて悪いな」
「いや……」
樹はバツが悪そうな顔をして、首を振った。慰めを求めてのことではないのだ。
そして拓磨は、その樹に語りかけるように、口を開いた。
「だがな、一つ気づいたんだ。俺達がやるべき事はこれからを考えることであって、自分を責める事じゃない。偉そうなことを言うようだが、所詮は自己満足だったんだ」
自身を責めて、自分のせいだと言って悲劇のヒーローを気取る。そのことを決して悪い事だとは言わないが、それは事態を好転させることには繋がらない。
「自分を責めて、無力を嘆いて、そこから生まれるのは後悔と、多少の罪悪感の紛れだ。自分は何も悪くないと現実逃避をする輩よりはマシかもしれないが、それでも逃げに変わりはない」
「……そうだよな。俺ももしかしたら、そうやって自身を慰めていたのかもしれない」
「………ハハ、悪いな。物語の主人公のように、俺は今の状況を綺麗に解決出来ないから、今みたいな慰めにもならない言葉しか言えない」
「変なことを言うな。これは
「そういうものか。でもまぁ、俺的には自分の内心を暴露するなら、お前じゃなくて女の子の方が良かったかもな」
「だから最初に美咲の部屋に行ったのか」
「うるせぇ」
少し軽くなった心。決して何かが解決した訳じゃないが、良い方向に進み出しているというのは断言できた。
樹も拓磨も、その事を無意識に自覚していた。まだ
冗談を言い合えるほどには、精神状態も回復した。
「さて、じゃあまずは目先の事態、勇者が一人死んだことについて、王族がどういう対応をするかだな」
「あぁ、俺の予測で良ければ─────」
ガラガラ
その時、部屋の窓が突如として開いた。
驚いて窓の方を見ると、2人の視界には黒い影が入り込んだ。
窓枠に足をかけて、まるで夜中に忍び込む快盗を彷彿とさせるような、鮮やかな立ち振る舞いの人影。
マントでも付けているのか、外から室内へ入り込んだ風に、フワッとそれが舞う。
その姿が誰か、名前を呼んで確かめる前に、人影が先に口を開いた。
「よ、ただいま」
動揺が無く、一切不安を感じさせない、穏やかな声。
片手を上げて、何でもないように、
───そういえば、俺の親友は、色々理不尽な存在だったっけか。
目の前の光景に、2人は全く同じことを考えて、潤む瞳を拭った。
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