第3話 手加減模擬戦と誘惑
あの夕食から数日が過ぎ、相も変わらない日常(?)に迷宮への熱が冷めてきた頃。
武器訓練の時間、メイドが来た。とうとう日程が決まったようだ。
時間は明後日の朝から、泊まりがけで行うらしく、グレイさん率いるルサイア騎士団が同行してくれるらしい。
これは有難い、あの人たちはグレイさんに限らず皆信用できる人だからな。
場所はこの王城の裏にある森の奥にあるらしく、国が保有しているダンジョンらしい。主に騎士団の訓練として使われるらしいが、今回はそれを勇者に使うということらしい。
というか、森の中ってあそこだよな?俺の家───という名の物置───の直ぐ近くにある、たまにゴブリンが出るところだよな?
まぁ別に今は支障はないのでいいだろう。思考を終わりにし、俺は目の前の相手を見据える。
「それで、次はお前か、樹」
「ハハハ、お手柔らかに頼むわ」
訓練用の槍を構えながらそう言う樹。俺も剣を構えて、樹の挙動を見据える。
模擬戦の時間、最初は拓磨、次に美咲と試合をし、その後に樹が挑んできた。もちろん俺に断る理由はないので快く引き受け、今に至る。
「……」
「……」
俺も樹も動かない。だがお互いにすり足でジリジリと距離は詰めている。
試合開始の合図はないが、それは親しい仲。特に合図は必要なかった。
「……ッ!!」
先に動いたのは、俺。彼我の距離、凡そ20mを、地球の頃より圧倒的に強化された肉体で駆け抜け、勢いを乗せた逆袈裟斬りをお見舞いする。
樹はそれをバックステップで回避し、槍を突くことで攻撃してくるが、慌てず剣で逸らし、お返しにとばかりに樹の腹に蹴りを喰らわせる。
「グッ!」
くぐもった声で後ろに吹っ飛ぶ樹だが、俺は結果とは真逆の手応えの無さに違和感を覚え、そして答えに至った。
「今のは自分から後ろに飛んだのか。なんだよ、高校生でそんな受け身が出来る奴がいるか?」
「……はん、そりゃぁ何回もやられてたら流石に身体が覚えるっつーの」
そりゃそうか、俺がこの戦法を使うのは既に4回目位だしな。
俺達がまだ未熟なのか、武器を使った相手が蹴りや格闘をしてくるなんて、最初は想像つかなかった。というか、出来なかった。
要は、武器を持ったら武器で戦うのが普通である、という先入観が常にあったのだ。
俺が格闘を入れるようになったのは、そういう先入観を無理矢理無くして、少しでも戦闘になれるようにという心がけのお陰だ。
「さて、だが、次はそうはいかないぞ?」
俺の容赦ない言葉に、樹が冷や汗を垂らして笑う。
それを見ないふりをして、とは言ったもののどう攻めようかと考えていたら、今度は樹から向かってきた。
「セイッ!」
掛け声と共に勢いよく槍が大振りに薙がれる。
それを上体を逸らして避け、そのままの勢いでサマーソルトを行う。
「っぶねぇ!」
俺の行動から予測したのか、避けられない速度だったにも関わらず、直ぐに槍を戻し回避する樹。
これだ、この予測が地味に厄介なんだよ。
今のだって、初見なら回避どころか防ぐこともままならない速度のはずだった。勿論グレイさんなどのパラメータが高い相手は除く。
つまり、今回避出来たのは、俺からしてみれば、こちらの方が意表をつかれるようなものだったわけだ。
さらに、下がって距離を取られるのも良くない。
直ぐに距離を詰めて、上段からの振り下ろし。
この程度の素直な攻撃では、もちろん手に持ってる槍の柄で防がれるが───何気に器用だなという感想は置いておいて───、俺はそれを見越した上で斜め袈裟斬り3連、下段からの斬り上げ、と同時に左フック、そして薙ぎ払いに蹴りと、格闘を混じえた連撃を決めていく。
「ちょ、おま、まっ!?」
途中までは樹も防げていたが、更にスピードを上げるとそれも難しくなってくる。
樹の厄介さは、こちらの体の動きから次の動きを予測するところだ。その予測は、常人には真似できない。
樹は別に学校で一番頭がいいからと言って、ラノベに出てくるような化け物のような頭脳をしている訳では無い。ノンフィクションにしては出来すぎているが、フィクションには及ばないだろう。
だが、それでも樹は相手の動きを見て次の動きを予想するという位の芸当はやってのけてしまう。
観察眼が鋭いのではない。対象の動きと、人間の筋肉の可動域を脳内で合わせ、次に繰り出される確率の高い動作を、戦闘中の高速化された思考で導き出しているのだ。これは樹談だ。
───訂正、やっぱり樹はフィクション級の化け物だわ。
もちろんそんな思考ができたとしても、戦闘中ならば話は別だろう。だが樹は、普段からそういうことを考えていたからこそ、戦闘中でもスムーズに予測ができるのだ。
一体何故普段からそんな思考をしていたのか、俺はずっと疑問に思っているが。
しかし、それも体がついて行けばの話。いくら予測できると言っても、身体が動かなければ意味はなさない。
そこが樹の唯一の欠点でもあるが、逆に言えば、身体能力で優らなければ、勝つのは難しいと言えよう。
「あっ……」
「はい取った」
樹が俺の攻撃を防ぎ損ね態勢を崩したところで、力が緩んだと見た俺は槍の先端に剣をフルスイングで当て、樹の手から槍を飛ばす。
後は、逃げれないように、剣を樹の首に突き付れば、晴れて試合終了だ。
「……ギブアップだわ」
「よろしい」
潔い言葉に俺は剣を戻し、手を上げて参ったのポーズをしている樹を起こす。
今回は前より手加減を緩めてやったが、あの連撃も途中まで防がれるとは思わなかった。スキルのレベル的にも本気ではないが、それでも今のを途中まで防げた樹は、俺の目線からすればとても強いと言える。
普通に、拓磨や美咲等の上位陣に入れるくらい、というか、トップ3だろ。
「あぁクッソー、また負けたぜこの野郎!」
「そんな簡単に負けてたまるか。これでもお前らよりステータスが高いからな。こっちとしてはお前らに負ける方が問題なんだ」
「つまりお前を負かせば良いと。そうすれば、俺はお前にでかい面出来るとな。いやー日頃の恨みを晴らす時が───」
「次は本気出すからな?」
「誠に申し訳ございませんでした」
恒例(という程でもないが)のやり取りを終え、樹は他の奴と模擬戦をやりに行く。実力を確かめたかったり、更に強くなりたい時に俺と模擬戦をするらしいが、俺からしたら戦う度に強くなるのでたまったものじゃない。
まぁ、一応こちらも強くはなっているのだが、いつ越されてしまうのか気が気でない。
とはいえ、今のところは越される心配はないと言えよう。
今の戦闘中も、実は俺は、常に[魔力操作]と[魔力隠蔽]を駆使して遊んでいた。この程度なら、戦闘中でも余裕を持ってできるのだ。
この分なら魔法を総動員すればグレンさんに勝てるのでは? 長距離からの狙撃とかだな。
さて、今回の模擬戦はこの辺りだな。グレイさんの号令で訓練を終了し、俺達は昼食に向かった。
◇◆◇
「ゆ、勇者の花澤幸吉です!お呼びとのことでやって来ました!」
やけに緊張した態度で挨拶するのは、刀哉が気持ち悪いと思っている問題児、花澤幸吉である。
とは言え、こちらに来てから特に目立ったことはしていないし、訓練も愚痴を垂らしながらも真剣に取り組んでいることから、最近は特に嫌われている様子もなかった。
それが改心してのものなのかは分からないが、少なくとも段々と見直されてきているのは事実だ。
だが、まだ嫌悪感が多数を占めている。流石にそう簡単には変わらないようで、花澤自身、それには気づいていた。
そんな花澤が居るのは、ルサイア神聖国王女、クリス・フォン・ルサイアの私室であった。彼は訓練から食堂に行く途中、メイドにクリスより呼ばれていると言われ、参上した次第である。
「あら、コウキチ様。来てくださったのですね」
「は、はひ! あの、俺みたいな奴が王女様の私室なんかに入って、いいんですかね?」
こうやって下手に出るのはチンピラに良くあるものだったが、それも無理はない。なにせ彼女は、立場的にはこの国の王と女王の次に偉い王女なのだから。
それに加え花澤が緊張していたのは、入ったことの無い女子の私室、それも相手が客観的に見て超がつくほどの美少女であるという理由からだった。
そんなクリスは、本来なら王族に使うとは思えない花澤の粗末な敬語に、不快感を一切示さず、その瞳を妖しく光らせながら妖艶な笑みを浮かべて答える。
「私が呼んだから良いのですよ。それで、今回はコウキチ様にお願いがあるのです」
「お、お願い、ですか……?」
花澤は部屋に入ってからぼーっとする思考で、辛うじて聞き返した。クリスの顔を見て、花澤は段々と思考がおかしくなっていたのだ。
目の前の少女に逆らえない。そんな大前提が勝手に無意識下に置かれ、花澤は目から光を失っていく。
その様子を、クリスが把握するのは容易かった。
「えぇ、成功したら一つ望みを叶えて差し上げますわ。やってもらえるかしら?」
国のトップが告げるその言葉には、例えどんなものでも叶えられるという裏付けがあると、花澤は勝手に思い
抵抗すらなく、コクリと頷いた花澤に、クリスは深い笑みを浮かべて、その
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