第2話 不安と陰謀
「皆様、お食事中失礼しますが、お話があります」
久しぶりの全員揃っての夕食。何かあるとは思っていたが、案の定メイドがそう言ってきた。
「勇者様達は今までの訓練で自身の力量が分かったはずです。ですが、はっきりと申し上げますと勇者様達はまだ弱いです。レベルが1というのは街の主婦にすら劣ります。ステータスは高いですが、それでも初心者冒険者とどっこいどっこいでしょう」
このメイド、なかなか言ってくれる。だが事実なのも確かだ。
俺はともかく、他の勇者はまだ魔物や生き物を倒していない。そのためレベルアップをしておらず、パラメータは初期のままなのだ。
主婦にすら劣るというのは言い過ぎだろうが、それでも弱いのは確か。スキルで補えるにしても限度がある。
「そこで、勇者様達には
迷宮、その言葉に何人かはピクッと反応した。はいお前らオタク決定な。
とはいえ、迷宮といえばレベリングとかダンジョンマスターとか、心躍る単語は幾つかある。仕方ないのかもしれない。
「具体的な日程は後ほどお伝えさせていただきます。それでは、お食事を再開してください」
鉄仮面メイドはそう言って去っていく。最初から最後まで無表情なんだよなぁ。笑顔でいれば可愛いだろうに、無表情なのが残念だ。
「それにしても、迷宮かぁ……」
「何だ、なにか気になることでもあるのか?」
ふと零した俺の呟きに、樹が反応する。
「あぁ、図書館で迷宮の本を読んだんだが、致死性の罠があるらしいんだよな。要するに、死の危険性があるってことだ。みんなその事を知ってるのかなと」
「それはどうだろうな? 一応俺もその手の知識はある程度身につけているが、致死性のトラップは深層にあるらしいじゃないか。それにここの迷宮にあるかもわからん。鵜呑みは行けないが、危険度は低いと見るな、俺は」
「そんなもんか……」
言葉では納得したように、だが内心は心配だ。
俺から見た感じ、勇者の大部分は手に入れた力に自惚れている気がする。
目に見えて上達する武器の扱いに、取得した魔法、そういったものが自身の強さに絶対的な自信を持ってしまっている。
一部のオタクはチートを手に入れたことで少し調子に乗っているしな。正直死ぬ覚悟ができているとは思えない。
まぁ、そうやって他人を評価している時点で俺も傲慢なのかもしれない。下手に鑑定能力と知識があるせいで、他の勇者達が俺よりも弱いことがわかってしまっているからだろうか?
ここらで一旦自制しておいた方がいいかもしれない。
それに、俺にだって自惚れの面はある。自覚出来ている範囲では、気をつけた方がいいだろう。
自身の力量を正しく把握することは大事だが、過信は禁物だ。そんな当たり前のことすらできないものが多いからな。
"凡事徹底"の四文字を覚えていた方がいいかもしれん。
◇◆◇
「よ、お勤めご苦労さん」
「……ん」
やって来たのは、俺の
夜は基本的に部屋の外に出てはいけないと言われているが、元から外に居る俺はそんなこと知ったこっちゃない。思いっきり[気配遮断]を悪用……もとい活用させてもらっている。
「実は今度、レベルアップに迷宮に行くことになったんだが…」
「……迷宮?」
俺の言葉にルリが反応する。眠たそうな目を本から離し、その純黒の双眸を俺に向ける。
「あぁ、ただ他の勇者が楽観的すぎる気がしてな。少し心配なんだ」
「……そんなの、自己責任で、いいと思う」
ルリの辛辣な言葉にアハハと苦笑いする。
ルリは他人に甘いことは言わない。もちろん俺に対してもだ。
結構厳しい評価が多いが、だからこそたまに垣間見える素直さが、なんとも言えない魅力を持つ。
その程度が分かるぐらいには、親しくしてきたつもりだ。
おっと、今はそんなことを考える場面じゃないな。
「そうも言ってられないんだ。特別親しくはないとはいえ、同じ世界の、
ほとんど話さないし、内心で結構酷い評価をしたりしているが、別に嫌っている訳では無いのだ。
知り合いだっているし、話せば気が合う奴もいる。
ただ今は力に自惚れているという面が強くて、それを認識できている俺が、勝手にイライラしているだけで。
だから、正確には無条件ではない。俺は知り合いを見殺しにしたくないのだ。
「……それは、少し傲慢じゃない?」
しかし、ルリの発した単語に、俺は息を詰まらせた。
なんせ、つい先程まで丁度考えていたことだ。それがこんな所で言われるとは思ってもいなかった。
だが俺は、それを否定せず、むしろ肯定した。
「……確かにそうかもしれないな。傲慢という自覚はある。でも、やっぱりそれでも助けたいとは思うんだ。少なくとも好き好んで見捨てたいとは思わない」
「……そう、変な人」
「そうか?」
「……ん」
しかし話はそれで終わりではなく、でも、と珍しくルリは言葉を続けた。
「私は、他の人よりも、あなたに帰ってきて欲しい……」
「……えっ?」
少し赤い頬で、消え入るような声で言われたその言葉に、素で俺は声を出し、理解するのに5秒ほどの時間を要した。
───あのルリが、自分の本心しか述べず他人を褒めないルリが、俺に帰ってきて欲しいと言った? しかも他の誰よりも?
いやホントなんの冗談だ? 明日は雪でも降るのかおい?
スキルで高速化された思考速度を持ってしても混乱が治まらないでいると、そんな俺の状態を見かねたのか、またしてもルリが口を開いた。
「……私の話を聞いてくれるのは、あなただけだから」
「……そこは嘘でも『好きだから』ということにしてくれないか?」
少しだけ空いた間は、俺の勘違いの訂正の時間だった。
ルリから好意を持たれているのは知っている。だが、それは別に恋愛的なそういう意味ではないと、俺は
ただ、現在の状況とルリの表情から、少しだけ勘違いして
いやまぁ、ホントにそうです。
まぁ、少なくともルリは俺と話しているのを楽しいと認識してくれているので、それは、嬉しいと思う。
うん、それでいいんだ。俺は別に
だからこそ、俺は敢えて苦笑いでそんなことを言ったのだ。否定の言葉を望んだ訳ではなく、俺への言い聞かせのつもりで。
「……バカ」
───俺への返答か、しかしほとんど声になっていない小さな言葉は、それでもしっかりと俺の耳に届いていた。
にも関わらず、俺は聞き返すことも無く、だからと言って理解したような顔もせず、必死に自身への
否定でも肯定でもない、イタズラ心すら入っていないその罵倒に含まれた意味を悟るのは、そう難しくないことだから。
◇◆◇
「マズイですわね……」
その頃、ルサイア神聖国王女であるクリスは、王の執務室へ行く途中にそう呟いていた。
考えているのはあのボロ屋へ移動させた勇者、夜栄刀哉についてだった。
当初の予定では、来週より行われる迷宮での訓練時に、
だが、この1ヶ月間訓練中の刀哉を、王族に仕える諜報機関である暗部に観察してもらっていたところ、どうやら刀哉の実力はずば抜けて高く、剣術魔法共に最高水準に達しているらしい。
そのため、味方の魔法の誤射というのでは、刀哉を殺せない可能性が高まってしまったのだ。
名目ならいくらでも作れるが、殺せないとなれば話は別である。
そのため、現在はその件について、父である王に進言に行くところであった。
コンコン
『入れ』
部屋の前についたクリスは扉をノックする。中から聞こえてきた重厚感のある声に自然と身体が緊張しながらも、平常心を保って扉を開けた。
「失礼しますわ、お父様。少しお耳に入れたいことが」
クリスがなんの感情も滲ませない、平坦な声で伝えると、椅子に座っていたガルフレドはクリスの姿もみずに頷いてみせた。
その姿は親子という関係にはとても見えなかったが、今更であるクリスは気にせず、念の為王の耳元で、刀哉について懸念を話した。
伝え終わると、少しの間沈黙が訪れる。
その間の部屋の空気は、クリスにとっては酷く重苦しいものに思えた。
「……ふむ、そうか……確かに可能性はあるな。クリスよ、直ちにユスベルを呼べ」
「分かりましたわ」
「それと、お前の魅了で1人勇者を
「それはいいのですけど、頼み事の内容は?」
「そうだな……では『─────』と伝えろ。後はこちらが行う」
「分かりましたわ。勇者は期を見計らって、ユスベルは直ちに呼びますわ」
「うむ」
クリスはガルフレドの顔を直視しないように、一礼して退室する。
退室する最後まで、ガルフレドもクリスのことをほとんど見ることは無かったが、そんなことはどうでもよかった。
「………ふぅ」
部屋から出た途端、今までの緊張が解かれたことにより、ブワッと冷や汗が吹き出た。
クリスが父と話す時は、いつもこうなる。別に恐怖している訳では無いのに、何故か身体が震えてしまうのだ。
それは本能的な畏怖か、それとも別の要因か。
クリスはすぐに震えを無理やり抑える。今やるべき事は、父の望み通りユスベルを呼ぶことだ。
ユスベルは地下の研究室に居るはず。研究者気質であるユスベルは、クリスが嫌いな人間の1人だが、それは相手も同じ。
一方的な嫌悪ではなく、双方同じく嫌悪感を抱いているからこそ、ある意味で心に折り合いがつけてられていた。
◇◆◇
「王がお呼びですと?」
「えぇ、至急お父様の執務室に行ってくださる?」
研究の邪魔が入り少し不機嫌だったユスベルだが、相手を見て更に顔を顰めた。
ユスベルは、いやガルフレドの腹心は全員が、王女であるクリスを嫌っていた。無機質な笑みや瞳、どれもが人間味を全く感じさせないのだ。
メイド達は別にいい。こちらのいいつけ通りに動いてくれるのだから、感情があろうがなかろうが構わなかった。
だが、クリスはそうもいかない。一国の王女である彼女に命令することが出来るはずもないのだから。だがそれでも人間味の無いものが自身に反対してくるというのは余り気持ちのいいものでは無かった。
しかしガルフレドが呼んでいるとなると、そんな感情を表に出すわけにも行かない。
「承知した。直ちに参ろう」
素直に承服すると、クリスは最後まで笑みを見せず、部屋を出ていった。
要件だけを告げて出ていく様は、本当にメイドと変わらない。
内心で主の娘を蔑みながらも、ユスベルは王の部屋へと移動した。
クリスと他の人間との関係は、刀哉と王族以上に、酷く悲惨なものであった。
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