幕間 刀哉の一日 後編




 何故か不名誉なことを言われてしまった近接戦闘訓練が終了し、昼となった。


 「刀哉君隣いい?」

 「万事オッケー」


 昼食である『鮭のムニエル~きのこを添えて~』を食べていた俺の隣に座ったのは、誰であろう叶恵であった。


 「モグモグ……刀哉君って、私たち以外の人とはほとんど喋らないよね」

 「ん? そうか?」

 「そうだよぉ」


 叶恵の言葉に、俺は少し今までのことを思い出してみる。

 ……うん。こっちに来てから、勇者の中ではいつもの4人以外で喋った相手って居ないな!


 「まぁほら、俺って色々特殊だし」

 「なにそれぇ。刀哉君と仲良くなりたいって子だっていっぱいいるんだよ?」

 「え? マジマジ? 誰?」

 「古川さん」

 「……よりによってあいつかよ………」

 「後は水沢さんに、湯江ちゃんと、南ちゃん!」

 「全員それ系じゃねぇか!」


 美術部の腐女子軍団だよそれは!

 俺は地球にいた頃のあいつらを思い出す。

 『グヘヘ』と俺を見て笑う……正確には俺と樹や拓磨を見て笑う姿が鮮明に思い出せて、ブルリと身震い一つ。

 たまに零す『尊い』という言葉がマジで怖いんだよなぁ。後は『とう×いつ』『とう×たく』『たく×いつ』とかか。頼むから妄想は二次元キャラだけで済ませてくれ。


 「なんか、『こっちに来てから"とう×たく"が少ない』って愚痴こぼしてたけど……分かる?」

 「分かりたくはないし聞きたくもなかった!」

 「ふぅ~ん。あ、後は花蓮ちゃんも刀哉君と仲良くなりたいって言ってたよ」

 「うんそれは普通にありがたい」


 花蓮ってあの子だろ? 確か小動物を彷彿とさせる元気さを誇る女の子。よく飛んでるイメージの。

 なお低身長なのだが、余談でしかないだろう。余談余談。


 「というか、ならなんで俺に話しかけてこないんだよ。俺はいつでもバッチコイ状態だぞ? 別に孤立したいわけじゃないし」

 「さぁ? でも花蓮ちゃんは『正妻を差し置いて喋りかけるとか無理無理』って言ってたよ」

 「……そ、そう」


 うん。俺ら以外にとって、俺らは一体マジでどう見えてるんだか。

 とはいえ、まぁ別に悪い気はしないか。仲がいいと思われてるってことだろうし。複雑なところだけど。

 そもそも、恋愛感情があるかと聞かれたら、う~んと唸るところだけどな。実際美少女だけど、幼馴染みだし、正直男女の関係はな……。


 「ん~? 何?」

 「いや別に。ただ可愛いなって思って見てただけ」

 「そう? ありがとうっ!」


 今のでこの反応だからな? 正直攻略難易度はある意味高いと思う。俺が言う『可愛い』は、多分叶恵にとっては同性の友達に言われてる感覚なんだろう。

 同時に、叶恵が言う『好き』も、友達同士で言う好きでしかない。


 だからこそ、俺は一人の友人の姿を思い浮かべて、はぁとため息をついた、




 ◆◇◆


 「我、見参!」

 「……図書館では、静かに、お願いします」

 「あ、悪いルリ」


 図書館の静けさの中って、たまーに大声出したくなるよな。あるあるの一つだと思うのは俺だけ?

 ピシャリと珍しく敬語で言われたので、正直に謝罪。まぁ『図書館ではお静かに』はやはり決まり文句だよな。一度言われてみたかったんだ。


 昼食を食べると少しだけ休憩時間があるので、その時間は図書館で本を読むのが日課だ。


 「……」

 「……」


 無言の時間が過ぎる。しかしそこに気まずさは無く、むしろ心地よい。

 この一時だけは、勇者だの訓練だの忘れて、リラックスができる。

 普段からふざけたことを考えていても、結構精神的に辛いこともある。


 癒しの時間は、必要なのだ。

 

 「……」スタスタスタ


 ふと、ルリが無言でこちらに来る。なんだろうと思いつつも、並行して本の内容に目を走らせる。

 ルリは俺の隣に座ると、同じように本を読み始めた。特に俺になにか用があったわけじゃないらしい。あれか? もしかして人が近くにいた方が読めるタイプなのか? そんなタイプほんとにいるんだな。


 「……」

 「……」


 ペラペラ、とページをめくる音だけが響く。とはいっても響いている音はルリの本だけで、俺の本の音は響いていない。

 速読のおかげで早く読めるようになったのはいいんだが、代わりにページのめくる速度が尋常じゃなく早くなって、とてもうるさいのだ。

 だから毎回読んでる本を対象に『消音サイレント』という風魔法をかけている。難易度は初級と、同系列の魔法である『消音領域サイレントフィールド』より難度が低いが、それはこれが"空間"に対して発動する魔法ではなく、単体の"物"、もしくは"者"に対して発動する魔法だからだ。

 とはいえ、俺としては使いようだと思うわけだが。


 それから十数分本を読んでいたのだが……。


 「……すぅー」


 いつの間にかルリが隣で寝てました。

 本を読み終わってパタンと閉じた瞬間に聞こえてきた寝息に横を見てみれば、思わずドキリとしたね。

 なんというか、こう、ゾワリと襲う背徳感。イケナイことをしている気分になるぜ。中々可愛い寝顔で、無性にほっぺをつつきたくなる。

 それにしても幾ら周りに無頓着とはいえ、男の近くで無防備に寝るのはどうかと思うわけよ。もし俺という紳士じゃなかったら、この背徳感に支配されてナニをナニされてたか分からないぞ?

 なんてR-18思考は置いておいて……ってまて、もしかしてこれはロリコンの思考なんじゃないか?


 ……切り替えよう。気にしても仕方ないというか、これ以上考えたくない。


 とりあえず[無魔法]でルリを持ち上げて、受付のあの机まで運ぶ。無魔法は簡単に言えば質量を持った魔力だから、こんなことも出来てしまう。


 机の下に毛布らしきものがあったので、取り敢えずそれをかけておく。紳士的な対応ができる俺、マジ女子からモテるだろうな!

 ……自分で言ってて悲しくなるな。

 なんてことを考えつつ、訓練がもう少しで始まるので図書館から退出した。



 ◆◇◆

 



 さぁ癒しの一時が終われば、次は魔法の訓練である。


 「詠唱破棄からの魔法発動で、10m地点から魔法を当ててみて。属性は好きなのでいいよ」


 マリーさんがいうや否や、遠くに見える的に魔法を打ち始める勇者達。

 なお、詠唱破棄ってよく良く意味を考えれば無詠唱と同じじゃね? ってなるんだが、詠唱破棄は「我、汝と血の契約を結びたり……『黒血の契約ブラッディ・コントラクト』」で表すと、『我~結びたり』は省略できるが、『|黒血の契約』、つまり魔法名だけは言わなければならない。

 一方で無詠唱は、魔法名すら省略し、一言も言葉を発する必要は無いことだ。


 余談だが、「我、汝と血の契約を結びたり……『黒血の契約』」は俺が昔に友人から聞いたものであって、決して俺の若さゆえの過ちから作られたものではないのであしからず。

 ちなみに本当は何節もあるのだが、長いので省略。



 閑話休題それはともかく



 そのため、今回求められているのはその魔法名だけの発動だ。無論詠唱をした方が威力も高いし精度も上がる。安定して完成するのだが、やはり実際の戦闘、しかも勇者となると、魔法名だけ呟く高速発動が求められるのだろう。


 ちなみに無詠唱で発動できるのは、今の所俺を含めて数人。拓磨も無詠唱が可能……なのだが、いずれも俺と比べると練度が下がる。

 というのも、無詠唱での発動は詠唱破棄の時と比べて、出力が半分ほどにまで低減してしまうらしい。一番魔法を上手く使えている……春風さん? も、無詠唱では6割まで落ちてしまうのだとか。通常フル詠唱時と比べると4割程の出力らしい。


 うん。無詠唱で通常の8割の出力で使える俺はやはり異常なのかね。イメージの問題か、別のところか。


 みんなが必死に的に当てている中、悠々と俺は50m地点から火と水魔法の玉、『ファイアボール』と『ウォーターボール』を出現させ、的に飛ばす。 

 通常ならそこまで射出速度は早くないこの魔法だが、現在は速度を高めているので、通常の5倍以上のスピードで飛んでいる。


 パシュン!と的の真ん中を綺麗に射抜いたのを確認。結果は上々だな。

 次は横に歩きながら……命中。

 走りながら……命中。

 ジグザグに走りつつ、フェイントなんかも加えて……命中。

 それぞれ別の方向に飛ばしてから的に向かうようにして……命中。

 目を瞑って耳を塞いで走って……命中。

 

 「よし、ウォーミングアップは終了っと」


 ここまでは準備運動である。次からが本番だ。

 確か今の所90mまでは完了してるから、ようやく100mか。


 凡そ先ほどの二倍の距離。この距離だと流石に肉眼での的の精確な視認が難しくなってくるので、ここは[遠視]を発動。

 魔法は4種でいこう。火、水、風、土だな。


 四種類の綺麗なボールが宙に出現し、弾かれたように的へと向かう。

 ……残念。一つだけピッタリ真ん中では無かった。まぁ的に当たりはしたからいいか。


 んじゃ次。毎回持ってきてる剣を持って、架空の敵と戦いながら発動……命中。

 継続的に魔法を別方向に放ちつつ発動……命中。

 

 「……トウヤ君?お姉さん流石にそれはどうかと思うの」


 次は逆立ちから……としていたところにマリーさんが声をかけてきた。引き攣った笑みというオプション付きで。


 「ども。逆立ちですか? 確かにそんな場面ないですよね」

 「いやそれじゃないよ? 100m地点で行動しながら無詠唱で複数発動して当てるのはどうなのって話。私ですら出来ないんだけど?」

 「……それは、その、俺には何とも」


 自分より年上の人からそんなこと言われた時って、対応に困るよな。グレイさん然りマリーさん然り。

 というか、やっぱり異常なのね。いや分かってるけども改めて実感するというか、マリーさんからしたら腸が煮えくり返るような気持ちなのだろうか?


 「あっはは、ゴメンゴメン。別に皮肉とか嫌味とかじゃないよ。お姉さん位大人になると、むしろ感動するくらいなの」


 恐らく俺の内心を見抜いたのだろう、そんな発言をしてきたマリーさんは、笑顔で首を振った。


 「それにしても……トウヤ君魔王倒したら宮廷魔術師団ウチに来ない? 私とタッグ組もうよ。トウヤ君の実力なら今からでも入れるというか、最高戦力と言っても過言じゃないよ」

 「いや、遠慮しときます。魔王を〃〃〃倒したら〃〃〃〃元の世界〃〃〃〃に帰る〃〃〃つもり〃〃〃なんで〃〃〃


 心にもないことを、俺はなんの躊躇いもなく言う。

 地球に帰れる可能性としてはほとんど少ないのではないだろうか。今朝の婚約話もあって、尚更そう思う。


 勿論、帰れないという確証がある訳じゃない。だが、魔王を倒すと帰れるという話も信じ難い。


 そんなことを考えていたら、マリーさんが急に背後から抱きつくようにくっついてきた。

 本当に一瞬のことで、俺は意表をつかれ、回避することが出来なかった。しかも、わざわざ自分の胸を強調するようにって……。

 マリーさん……意外と胸ありますね……。


 「今ならもれなくが付いてくるよ?勿論エッチなことも───」

 「貴女はビッチですか? そう易々と身体を売るような発言をしないでください」


 これも心にも思ってないことですねはい。耳元で囁かれる甘い誘惑ですよ。息が当たる度に身体が反応しそうになってるのをメチャクチャ頑張って抑えてます。

 マリーさんは自分の容姿を自覚した上でやってるのだろうか? 本当に危ない危ない。


 「……そ~お? ま、今回はトウヤ君がムッツリスケベだと知れたから良かったかな。これ攻めたら落とせる?」

 「落とせません! 俺をなんだと思ってるんですか。勇者が肉欲に溺れちゃダメでしょ……」


 この人、すんごい人懐っこいけどたまにこういう所あるから困る……役得と思わないことも無い。


 というか、今まで胸板に指を這わせるだけだったのに、何で急にこんな大胆になったんだか……。

 もしかして本気で俺を宮廷魔術師団に誘おうとしてるのだろうか? だからわざわざ自分の体をつかってまで? ということは、あの提案に頷いてたら本当に……?

 ……いやホント後悔してない。全然後悔してないからな!!



 ◆◇◆




 「なんか今日は疲れたな……」


 魔法の訓練が終われば夕食を摂って就寝時間である。

 無論俺の家は外の物置だ。こういう時は夜風に当たれて意外と気持ちいい。寝るときは寒いけど。

 俺が未だに王城の部屋で寝ないのは、こういう背景があるからとも言える。


 「今日は図書館じゃなくて気配遮断の訓練だな」


 この時間帯からは、いつもなら図書館にお邪魔するのだが、今日はルリは疲れてるっぽかったし[気配遮断]と[気配察知]の訓練をすることにしよう。



 王城の壁に沿って移動する。[気配遮断]で気配を消して、[気配察知]で内側を探る。

 夜はそこら中に隠れてる〃〃〃〃気配があるから、王城内にはあまり入れない。図書館にも窓から入る始末だ。

 隠れてるってことは良からぬというか、周りに悟られないようにしている事だし、なんか変なことをしたらその場で叩き潰すつもりではいるのだが、今の所隠れた気配がなにかした感じはない。


 俗に言う、王族お抱えの諜報組織とかだろうか。となると、今は勇者を監視してるってことか?勇者を監視してる奴は、俺という勇者に監視されているのか……。

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているという言葉の代名詞だな。


 まぁ、別に部屋の中を見ているわけじゃないし、今のところは放置である。


 というか、俺の[気配遮断]と[気配察知]のレベル6なんだけど、もしかして俺の方がレベル高いのか?

 いや、勇者だからスキルの効果も底上げされてるだろうし……まぁ今の状態だと相手はこっちに気づいてないっぽいし、別にいいか。



 それからぐるりと王城を回ってみたが、やはり怪しい動きをしている奴はいなかった。いや、壁と壁の間らへんでじっと身動き一つしないのは怪しい動きだろうけどさ。


 ただこういう相手は暗殺とか得意そうだから、なにかやばいことを起こした勇者は、こっそり暗殺……なんてこともあり得そうだ。俺も気をつけよう。


 「さて、と、何か眠くなってきたな」


 いつもならこれから素振りを開始するのだが……隠れるので気を張りすぎたのだろうか? 瞼が急に重くなってきた


 「しゃーない。一旦今日は寝るか」


 物置の中へゴー。固い床に身を投げ出し、俺は深い眠りへとついた───











 ───はずだったのだが。


 「ッ!?」


 目が覚めた瞬間横にグルリと回りながら移動。その瞬間、さっきまで俺が居た場所に錆びた剣が刺さる。


 「……あの隠れてる奴らかと思ったが、お前かゴブリン」


 剣を握っているのは、俺にとってはこの世界で3匹目のゴブリンだ

 半覚醒状態で身体を無理やり動かした代償か、身体がとても痛い。が、命が助かっただけ良しとしよう。


 だが、不意打ちさえされなければ雑魚も同然だ。

 立てかけてあった剣を掴み、その勢いごと一閃。

 刹那の後、ゴブリンの首から血が噴出し、ソレがゴトリと床に落ちる。


 「はぁ、マジビビった」


 まさか不意打ちを受けるとは思わなかった。毎日油断せずに気を張っていたからこそできた事だな。

 さて、寝ようと思った時、俺は床の惨状を見た。


 「……この床で寝るのは無理だな」


 血飛沫が飛び、今も尚ゴブリンの死体から血が出続けている。

 こんなことなら一旦外におびき寄せてから倒さばよかったなと嘆息。今日は眠れなさそうだ。


 物置内を掃除して、俺は眠れない夜を過ごした。

 

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