幕間 刀哉の一日 前編



 俺こと夜栄刀哉の1日は、まず起床するところから始まる。

 え? 当たり前だろうって? それが、まずは起きるまでが大変なんだな、俺は。


 俺が寝ている場所はあろうことか外である。いや、一応壁と屋根はあるのだが、扉はない。だからほぼ外と変わらないのだ。

 物置、と俺は呼んでいるが、そんな場所には勿論ベッドはない。床は汚いし、外からの風は吹き込んでくるし、挙句の果てにはすぐ側の森からはゴブリンが出てくる始末。

 そのため、寝ている最中も一切気を抜けないのだ。だから朝起きる時、硬い床で寝ているせいで痛む体、外からの風でとても寒く、気を張っていたから全然寝れていない状態なのだ。

 なお、たまに座って寝たりするため、首やお尻も痛くなったりする。


 そのせいで起きるまでかれこれ数分から数十分かかる。


 「あぁぁぁ……体痛ぇ……」


 体を起こした後は、回復魔法を自分の体にかける。特に怪我もしていないので本来は何の効果もないはずなのだが、何となく体の痛みが和らぐ気がするので使っている。

 いや、痛みを和らげる効果は実際にあるのかもしれないな。


 その後、普段使っている剣を持って、王城の中庭に移動する。

 途中無表情メイドがいるものの、メイド達は俺に対して何をしてくるわけでもない。こちらから話しかけない限り話さないし、何もしないから、この王城ではマシというか、安全な部類である。

 勿論、嫌な奴筆頭はあの王族だ。


 「───む、トウヤか」

 「ども。いつものお願いできます?」

 「うむ」


 基本中庭には先着としてグレイさんがいる。俺はこの人より早く来たことがないのだが、どれだけ早く来ているのやら。


 俺が声をかける前から気づいていたらしいグレイさんは、俺の言葉に頷いて中庭の端に移動する。俺も同じように、グレイさんの反対側に立つ。


 「取り敢えず一本先取で」

 「わかった。今日は私が先手だな」

 「いつでもどうぞ」


 俺とグレイさんは、毎朝ここでちょっとした模擬戦をしているのだ。とは言っても本気ではなく、似非剣道みたいなものだが。先に攻撃を当てた方が勝ち。


 先手は毎日交代で、今日はグレイさんからの日だ。どんな風に来ても問題ないように、思考をこの模擬戦に集中させる。


 「……ッ!!」


 息を吐き、真っ直ぐこちらに向かってくるグレイさん。今日は接近戦らしい。


 振り下ろされる剣を紙一重で回避……なんてことはしない。ここは剣を斜めにして防御、軌道を逸らさないと反撃を食らうのだ。

 グレイさんの剣が俺の剣の上を滑って地面へと向かう。その隙をついて攻撃……。


 「ッ!!」


 と見せかけて後退。俺が先程まで居た場所をグレイさんの剣が横断する。

 

 「相変わらずの、くそ早い振りですね」

 「それを予測して避けるトウヤも相変わらずだな」


 模擬戦中に一息。グレイさんは剣を振り抜いた体勢から戻り、俺に賞賛の声を上げる。とはいえ、あの振りの速度は本当に驚異的だ。反応はできても身体が追いつかない。


 俺が斜めに流したはずの剣は、その実巻き戻るように来た道を戻ってくるのだ。自身の剣の威力を力任せに戻すステータスにはやはり目を見張るものがある。

 まぁ、恐らくグレイさんならそういう事もやるだろうと見越しての先の後退だが。俺でなきゃ読めないね、なんてな。

 

 「ハハ、それはどうも。じゃあお返しに、こちらから行かせてもらいます……よッ!!」


 助走もつけずに一気にトップスピードへと至る俺。グレイさんには及ばないが、それでもある程度の速度はある。


 「ッ!」


 グレイさんの目前まで移動。既にグレイさんは迎撃の準備を終えている。


 「!?」


 だから直前で地面に足をつけ、俺はその場で一回転。もう1歩踏み込むだろうと読んだはずのグレイさんは、俺の少し前の空間に見事剣を空振りさせる。俺は振り抜かれたその剣の先の方に、回転の勢いを乗せた自身の剣をぶつける。


 ガイィン!! と、激しく金属が打ち鳴らす音が響く。振り抜いた姿勢で重心が不安定だったグレイさんは、剣に加えられた衝撃により体勢を崩した。


 すかさず今度こそ懐へ飛び込み、腹辺りに一撃を喰らわせようとする。


 「舐めるなッ!!」


 途端、グレイさんが声を上げる。

 と同時、無理やり崩れかかっていた体勢を片方の足だけで支え、自身の剣を引き寄せる。

 俺の剣はグレイさんの腹を捉えていて、グレイさんの剣は俺の脇腹あたりを狙っている。


 ピタリ、とお互いにお互いの剣を突きつけ合う形となった。


 「……引き分け、ですか」

 「あぁ、そうだな」

 「はぁ~マジか。疲れたぁぁ」


 その言葉に、ドサリと俺は座り込む。ただでさえステータスを超えた動きをしているのだ。毎回疲労は半端ではないため、こうして座り込むのも珍しくない。


 「ふむ……確かこれで戦績はどうだったか?」

 「俺から見て、6勝9敗3分けですね」

 「なるほど。こうしてみると、トウヤはやはり凄まじいな」

 「やめてくださいよ。実際俺の方が負けているわけですし」

 

 昨日は俺が勝ったし今日は引き分けだが、最初はグレイさんに三連敗もしたのだ。今でも6勝9敗と情けない結果だ。


 「……私は剣に半生を捧げているのだが……トウヤはまだこちらに来てから20日辺りだろう? しかも魔法も使えるとマリーから聞いている。剣だけの試合で私に勝つのを誇ってくれないと、私の方が傷つくのだが」

 「あぁいえ! 決してそんなつもりではっ───」

 「分かっている。ちょっとした妬みだ」


 ふっとグレイさんは笑ってみせる。なんというか、この人でもそんなことを思うんだなとしみじみ。




 その後は2人で朝一の風呂に入り体をさっぱりさせ、俺は朝食を食べに食堂へと移動する。


 「……まだ誰も来てないのか」


 現在の時間帯は、時計が無いため正確にはわからないが恐らく6時半とかそこら。ほかの奴らが起きてくる時間帯は7時とか多分そこらへんだ。たまに早い奴もいるけど。

 朝食は基本的にメイドに頼めば持ってきてくれる。何も言わずに持ってきてくれるのでとても有難い。


 なお、朝食は野菜が多いが、米がないのはどうしても納得出来ない。だから結構お腹は空きがちである。


 食べ終えたら少しその場で休憩。グレイさんとの模擬戦は結構疲れるから、しっかりと休憩は取りたいところ。


 「おはよう、刀哉」

 「ん? よっ、拓磨」


 それから二十分ぐらいすると、大体拓磨が来る。俺の次に起きるのが早いこいつだが、俺と同じように朝の素振りをしてから来ているそうだ。素振りは室内でやっているのだとか。

 間違ってもどこかに当てないように気を使っているらしい。そこまでするなら一層外でやればいいのにな。


 更に続々と勇者が集まり初め、7時過ぎには食堂にはたくさんの勇者の姿が。

 もうわいわいがやがや毎回のようにうるさく、風魔法で空気を操って音を遮断する始末だ。なお、魔法名は『消音領域サイレントフィールド』。中級風魔法だ。無論無詠唱はデフォである。


 「そう言えば聞いたか」

 「何だ?」


 すると、隣で3杯目の朝食を食べていた拓磨が突然話しかけてきた。拓磨は『消音領域』の内側にいるので声も聞こえる。無論本人の了承は得ているというか、むしろうるさいからやってくれと頼んできた。


 ちなみに朝食に関しては、俺も腹は空いているものの、変に胃に入れると訓練中気持ち悪くなるのでおかわりはしないタイプだ。


 「隣のクラスの川村、貴族と婚約したらしい」

 「はぁ? 婚約ぅ?」 


 突如として高校生には縁のない単語が飛んできたので、俺は思わず聞き返してしまった。


 「名前まではわからないが、貴族の位が侯爵って言っていたな」

 「侯爵って……貴族の中でも2番目に偉いやつじゃんか」


 これは、黒い思惑が見え透いているぞ。いや、その貴族の為人を知らないからなんとも言えないところはあるが。


 この世界には、まぁ言うまでもなく貴族がいて、その貴族には階級がある。

 一番下の『準男爵』から始まり、『男爵』『子爵』『伯爵』『侯爵』『公爵』だ。王族を除けば公爵が一番上で、2番目に入るのが侯爵である。


 「拓磨はそれをどう思ったんだ?」

 「あ? いや、貴族と婚約するほどまで仲を進めるとは、見かけによらんなと」

 「お前はアホか」

 「何故俺は急に罵倒されたんだ?」


 能天気な返答に、俺はつい罵倒してしまった。いや、これは思慮の浅い拓磨が悪いと思うんだよ。


 「いいか。平穏な日本と違って、ここは血で血を洗う異世界だ。無論人間同士での争いは絶えないし、身分制度もある。貴族の婚約ってのは、『将来を誓いましょうねウフフ』で済まされる話じゃないんだ」

 「お、おう、そうか」

 「出来るだけ高い位の者に取り入ろうとし、自分の子供を婚約者として結ばせる。基本的には女性が嫁ぐらしいが。そして、自分の子供が高い位の者と婚約者となれば、必然的にその貴族の相対的な地位も向上するんだ。政略結婚なんか良く言われてるだろ」

 「あ、あぁ。だが俺達は別に貴族じゃないぞ? 婚約者になったところで……」

 「馬鹿が。それだからお前は所詮拓磨なんだ」

 「人の名前を蔑称みたいに使うのはやめてくれんか?」


 全く。まだ地球での平穏ボケ思考が直っていないらしいな。一度殺されかければ嫌でもわかると思うんだが。


 「まず俺達の身分はなんだ?」

 「は? 勇者だろう」

 「勇者とはなんだ?」

 「ま、魔王を倒すために召喚された存在だ」

 「じゃあ魔王は?」

 「魔王は人類の敵、って結局何が言いたいんだ?」

 「俺達は、簡単に言えば人類の敵を滅ぼす正義の味方だ。それ故に、こうやって王族直々にもてなしている。つまり俺達の身分はこの世界じゃ上も上、それこそ強くなれば、下手したら一国に相当しかねない程なんだ。無論それは他国にとっても変わらない」

 「じゃあ、川村の婚約者はその地位を狙ってるってことか?」

 「まぁ、簡単に言ったらそうかもしれないが、恐らく他にもある」

 「まだあるのかよ……」


 ウンザリとしたふうに拓磨が零す。とは言え、俺の言っていることを理解はしているのか、聞こうとはしている。そりゃ自分たちの今後に関わるかもしれない話しだしな


 「俺達は今のところ、この国の庇護下にある。だからこそこの国を裏切ることは出来ない。だが、俺達が力をつけて、誰の手を借りなくても生きれるようになればどうだ? 魔王を倒した後はどうだ?」

 「どうって……まぁ確かにこの国に従い続けるかは微妙だな。実際魔王を倒して帰れるかは分からないんだろう?」

 「少なくとも確証はないってだけだが。ともかく、貴族や王族は、俺達がこの国に従い続ける保証が欲しいはずなんだ。そう考えれば、死ぬかもしれない勇者と婚約するのかも話が見えてくる」

 「身内がこの国に所属していれば、その勇者はこの国を無条件に守ろうとするから、だろ?」


 そう答えたのは拓磨ではなく、突然入ってきた樹だった。

 

 「聞いてたのか」

 「たまたまだ。それよりも、この国に敵対すれば、それは身内、婚約者とも敵対することになる。俺達みたいな高校生なら、一度手に入れた幸福をそう易々と手放したくはないはずだ」

 「……もしそれが本当なら、やっぱり川村も?」


 その思惑にハマってしまっているのだろうか? と続く言葉は飲み込まれた。容易に口に出していいことではないと思ったのだろう。


 「別にそこまで悲観することはないだろ。何せ今のはすべて想像だ。確かに政略結婚はあるが、それはそれ。侯爵ぐらいなら、王城に勇者を一目見たいって感じで見に来て、訓練とかの姿をみて一目惚れってのも有り得ない話じゃなくないか?」

 「川村はそこまで強いわけじゃないぞ」

 「……ま、まぁ頑張ってる姿に感化されたとか?」

 「結構サボり癖あるな」

 「……」


 俺の川村に対するフォローをことごとく論破する2人。


 「お前らさ、川村に恨みでもあんの?」

 「リア充死すべき!」

 「慈悲はない」

 「非リアの妬みかよ醜いな!」


 2人の完璧なコンビネーションに突っ込まずにはいられなかった。

 思った以上に川村に羨ましさを抱いていたのだろう。なんと浅ましい生き物なのだ、人間とは……。







 朝食が終わり30分ほどすると、武器訓練の時間となる。


 「今日は同じ武器同士の者と模擬戦だ。ルールは一本先取。始め!」

 「「「はい!!」」」


 グレイさんの合図で、早速相手を探しに行く皆。

 さて、俺はどうしようかな。相手は限られているし……。


 「刀哉君、私と戦ってくれるかしら?」

 「今日は美咲か。構わないよ。やろうか」


 チャームポイント(と勝手に俺が思っている)サイドテールを揺らしながら、美咲がこちらに近づいてくる。

 拓磨と樹はそれぞれ既に相手を見つけているようなので、丁度よかった。

 ちなみに叶恵はこの時間は回復に回っている。訓練で怪我をする奴が出るのは珍しくないからな。それに叶恵の武器の扱いは絶望的に下手だから、そっちの方が有意義な時間となりそうだ。

 最早諦めの境地である。


 「先手は譲るよ」

 「じゃあ有難く、頂こうかしら」


 言葉上は普通で、しかしその目にはギラギラと闘志が宿っている。美咲にはもしかして戦闘狂の才能があるのだろうか。狂戦士バーサーカー美咲?


 「…………ッ!!」


 そんなことを考えたからだろうか。まるで俺の思考に反応するように、美咲が走り出した。

 彼我の距離は凡そ5m。美咲は速攻タイプだから、この距離が戦いやすいらしい。無論ハンデとしてだ。最初は渋った美咲も、俺に勝てないとわかると何も言わなくなった。


 低い姿勢から放たれる振り上げを、俺も剣で相対して防ぐ。

 カン! とグレイさんの時と比べると些か小さい音が鳴るが、あのガイィン!! とかいう激しい金属音の方がおかしいのだ。

 

 力関係的には、上にいる俺の方が力が入る。とは言え、体格的にもステータス的にも俺の方が力はあるわけだが。

 しかし美咲は力を強めると一転、スッと身を引く。それにつられて、俺も前に倒れそうになってしまう。


 「シッ!!」


 美咲の口から声が漏れる。力んでいるのだろうか。『ほら、力を抜いて』とか『固くならないで』とか言ったら怒られそうだ。

 体勢を崩した俺に美咲が袈裟斬りを放つ。肩から脇に入るルートだが、俺はむしろ自分から倒れるようにすることでそれを回避。


 「!!」


 無論その程度じゃ追撃されて終わりだ。だから代わりに地面に手を付き、ロンダートのように足を上に持ち上げ、その靴裏で美咲の剣を蹴りあげる。


 「っ嘘!?」


 驚いた美咲が声を上げるも、俺としては褒めてやりたかった。

 今の蹴りは美咲の手を狙ったのだが、美咲は手を咄嗟に引き戻したのだ。結果俺は剣に蹴りを入れることとなった。

 そのまま一回転。俺が地面に着地することで、その隙を突いて刺突を繰り出してくる美咲。


 その4回に及ぶ刺突を、俺は体をヌラリと動かし回避。腹、足、肩、首と避け辛いところを突いてきたが、俺の反射神経を舐めるでない。


 またも美咲の顔が驚愕に染まるも、今度は慌てずに距離を取っている。だが折角近接戦に持ち込んだのに離れるのは少し悪手じゃないかな?


 距離を取った美咲を追いかけるように俺も走る。スピード的にはバックステップで後退する美咲よりも前に走ってる俺の方が上だから、そのまま懐へ。

 入り込んだらそのまま追撃はせずに、低い姿勢のまま美咲の後ろへ回り込む。美咲も体の向きを変えようとするが、それより早く俺の手が美咲の右手を掴んだ。

 クイッと右手首を曲げさせ、剣が手の中から落ちるのを確認。左手も既に確保済みだ。

 

 「……降参ギブアップよ」

 「了解」


 ほいと拘束を解くと、スルリと抜け出す美咲。しかしその後、何故か赤い顔でこちらに振り向く。


 「その、毎回思うんだけど、掴む時容赦ないわよね」

 「そうか? 俺としては普通にやってるだけだが。女子を剣で痛めつける趣味はないからな。必然的に手による拘束になるんだ」

 「……でも、代わりに密着するじゃない」

 「………」


 誤解だ! と叫びたかったが、結果的に右手と左手をつかむ時に体が結構近いのは事実だ。

 とは言え別に密着というほどではない。せいぜい俺の胸が美咲の背中に少し当たっているぐらいで、それ以外は特に、だ。これがもし逆だったら役得だったかもしれんが。

 ちなみに腰は意図的に離している。R-18展開は全力で避けているのだ。


 「ま、いいわ。刀哉君がムッツリスケベだったってことはよく分かったから。フフフ、これからはスケベ刀哉君ね」

 「……頼むからそれ以上は言わんでくれ」


 せめてもの抵抗が、結構くる。否定する根拠がないのが悲しい。

 何故かそんな俺を見て嬉しそうに微笑む美咲に、どこかドSの影を見た俺であった。

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