第七話

 リィナの叫びに反応したジークが咄嗟に身をひるがえした。


「くっ……!」

「敵の前で気を抜く馬鹿は……だったか、フン」


 よく見ると、ジークの背後に一人の男が立っていた。

 片耳についた耳飾りと日本における袴のような和風の出で立ち。

 そしてあれは槍か?

 そのほとんどが布で覆われた長い槍を手にする男は、すんでのところでジークにかわされた槍の穂先を下げると口の端を吊り上げた。


「今のに反応するとは。やはりなかなかできるようだな、小僧」

「ちっ、まだいやがったか」


 地面を転がり距離をとったジークが舌打ちをしている。

 ジークから解放されて起き上がったズルガンは謎の男のもとに駆け寄っていった。


「ボ、ボロさん! 遅いですぜ……!」

「許せよ。民家の奥で中々にイイ酒を見つけたものでな。お前らの情けない姿をさかな一献いっこん楽しんでいた」

「なっ……この村が手に入ったらアンタにゃ高い報酬出すって話なんだ! ちゃんと用心棒してくれなきゃあ困るぜ!」

「そう喚くな」


 ボロと呼ばれた男はそう言って周りを見渡すと、


「今から全て片せば何の問題もなかろう?」


 表情一つ変えずにそう言い放ったのだった。

 おいおい。素人の俺でも感じるぞ。

 この人、伊達じゃない感がある。ヤバいんじゃないか。


「へっ、ずいぶんな自信だなオッサン」

「こんな辺境の地に来れば言いたくもなる。どいつも取るに足らん」

「言ってくれるねェ」


 ジークの軽口に対して無言でフンと鼻を鳴らすボロの隣では、さっきまで情けない顔をしていたズルガンが嬉しそうに口を開けていた。


「ジークぅ! ボロさんはなぁ、あの王都でも名の通った強豪採掘団の元団員だった人なんだぜ! お前みたいな田舎の犬っころが敵う相手じゃねえぞ、ヒャッヒャッヒャ!」

「テメエがいばることじゃねえだろ……ったく」


 ホントそれな。

 ジークが言うように俺もズルガンの小物っぷりには内心マジで呆れたが──、


「だが事実だ」


 ボロはそう言うと、突然手にしている長槍に巻かれた布を乱暴に破り捨てた。

 現れたのはらせん状の装飾が施された真っ黒な槍。

 特に目を引くのが、槍本体に刻まれた23という数字だった。


「これを見れば小僧、貴様のその生意気な口も塞がるだろう」

「その数字……! まさか」

「流石に分かるか。こいつは私が採掘団に身を置いていた時に偶然手に入れたレアメタル鉱でな、そこから生まれた高ランクマテリア」


 そして掲げるようにボロは槍を持ち上げると、


「レアリティAランクの武器系創成物アームドマテリアだ」


 その言葉を聞いた途端、ジークや村の人たちみんなが一様に反応を見せた。 

 俺からしたらなんだそれ状態なのだが。


「そんな……Aランクだなんて」 

 

 俺の隣でそう呟いたリィナの表情もよりいっそう不安なものに変わっていた。

 やめろ、置いてきぼりにすんな。

 俺にも説明してくれ。


「よく分からんけど大丈夫なのか! ジーク!」

「ギンジョー! リィナと一緒にお前たちはもう少し下がってろ!」


 わりとガチめのトーンで叫んでいるジーク。

 あの武器、そんなにヤバいものなのか?

 手を出しようのない俺は黙って見ていることしかできなかった。


 実力者同士の戦い。先に仕掛けたのはジークだ。

 素早い動きでボロに接近すると、手にした手斧を器用に振り回して攻撃している。

 俺の見た感じでは槍に対して接近戦をけしかけているジークがかなり優勢だ。

 だが、


(なんだ? なにか様子が)


 押されているはずのボロが余裕の笑みを受かべていて、攻めているジークが焦った表情を見せていた。


「クク、剣技だけは中々のものだ。さぞかし鍛えたのだろう、ただの斬り合いなら貴様に敵わぬ者も多少はいような」

「……ちいっ! 使わせねえ!」

「だが分かっているよな小僧。この世界では……」


 斬り合いの中、隙を見計らったかのようにボロが一歩後ろに下がると、


「手にしたマテリアのレアリティがものを言うのだ!」


 ボロが槍を構えた、次の瞬間──!


「がっ……!?」


 まるで樹木の根のように幾重にも枝分かれしながら伸びた黒い槍。

 突如その姿を変化させた無数の鋭い刃先は、ジークの全身を傷つけながら手斧ごと吹っ飛ばした。


(なっ!? 槍の形が変わっ……!?)


 俺が驚いたのも束の間、吹き飛ばされたジークは全身から血を流し地面に転がり落ちた。

 幸い致命傷となるような大ケガは免れたようだが……。


「クッ……ソが、スキル付きか……!」

「喜べよ小僧。貴重なアームドスキルを使ってやったのだ、せいぜい己の無力さを噛みしめるがよいわ」


 倒れているジークを前にして満足そうに笑みを浮かべているボロ。

 なんてことだ。

 さらによく見ると、ボロの持つ黒い槍に刻まれた数字が22に変わっていた。

 

「なんなんださっきからAランクとかアームドスキルとか。それだけでこんな……」


 あんなにチンピラ共を圧倒していたジークがこうも簡単に。

 この世界、やっぱりまともな世界じゃない。

 

 とそこで、俺の呟きが聞こえてしまったのかボロが静かに笑い声をあげた。


「クク。なんだ、よほどの田舎者がいるようだな。高ランクマテリアの特性も知らんとは」


 あれ、もしかして俺のことか?

 めっちゃ馬鹿にされてる気が。


「仕方あるまい。説明してやれ、ゴミカス」

「ちょっ……違ぁう! 俺の名前はズルガンだってえの!」

「む。そうだったか? どうでもいいがさっさとしろ」

「ムキィー!!」


 ボロのムチャぶりに対して奇声をあげたズルガンは、その後なにか諦めたような感じの表情で俺の方を向いた。


「あぁ~くそ、仕方ねえな。いいかァよく聞けやド田舎モンがぁ。高ランクのアームドマテリアには三つの特性があんだよ」


「武器そのものから発揮される特殊な技──アームドスキル」

「武器を手にしている者の肉体に何かしら影響を及ぼす力──アームドエフェクト」

「そして超自然的なエネルギーを自在に扱える能力──アームドエレメンタル」


「その三つの中から、どれか一つの特性を持って生まれた武器がAランクと呼ばれるアームドマテリアって話さァ。レアアース鉱やレアメタル鉱からしか生まれねえからそうそうお目にかかれるもんじゃねえ……ってこんなこと誰でも知ってるはずだが」


 そんな目で俺を見るな。しょうがないだろ。

 しかしなるほど、ジーク号(トラック)の中でもジーク達がレアメタル鉱がどうとか騒いでいたのはこういうことだったのか。

 

「それと……あぁ、まあ滅多に現れねえが、まれに二つ特性を持った武器が生まれることがある。そいつぁSランクっつって王都の方でも指で数えるほどしか確認されていない国宝級のブツだぁな。へへ……俺がもし手に入れたら一生遊んで暮らすってのによお……!」

「もうよいわ。邪魔だゴミガン」

「ズルガンな!? アンタいい加減にしろよォ!?」


 ボロに向かって喚いているズルガンをよそに、俺は情報を整理する。

 なかなか手に入らない珍しい石から出てくる武器が変な力を持っていて強い。

 つまりこういうことだな?

 

「そういうことだ。そして特性には必ず使用回数の限界が決まっている。本来であればこの【黒槍】は貴様らのような田舎者どもに使うのも惜しい逸品だが、力の差を見せつける分には良かろう」


 22と刻まれた黒い槍の数字を見せながらボロは余裕の表情だ。

 まいった。

 悔しいがあんな物を持った相手にどうすることもできそうにない。

 この世界の仕組みの一端が分かったことで、俺はますます相手との絶望的な力の差を感じていた。周りの村人たちも同様なのか諦めた顔をしている。


 だが、そんな中ただ一人諦めていない者がいた。


「ずいぶん……ナメてくれんなぁ、オッサン……」


 倒れていたジークが立ち上がったのだった。

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