新たな幕開け

第四話

 いきなり異世界に転移した俺──銀上円ぎんじょうまどかは、突如現れた黒い獣たちに襲われて絶体絶命だったところをジークという男によって救われた。

 サンキュ。ありがとな。

 異世界とはいえ言葉が通じたのも大きかった。運がよかったといえる。


 そんなこんなでジークが率いる『ジーク採掘団』に拾われた俺は今、ジークが乗ってきた大型貨物トラックのような乗り物の後部コンテナの中にいた。

 驚いたことにコンテナの中は何部屋かに区切られた居住空間になっており、俺がいるこの部屋はキッチンカウンターがあるダイニングキッチンといった感じのフロアだった。とはいえ全体的に狭いのは確かだけど。


 説明はそんなところにして、カウンターのイスに座っている俺がいま何をしているかというと──、


「メ、メルト!」


 しーん。

 俺は右手に持った小さな灰色の石を何度も握り直す。が、何も起きなかった。

 本当に、うんともすんとも。

 思わず肩をすくめた俺を見て、隣のイスに座るジークは面倒そうにオレンジ色の短髪をガリガリ手で掻きながら溜息をはいた。


「本当に使えねえのかよ……メルト。ギンジョー、お前一体何者なんだっつの」

「俺からしたらできないのが普通だけどな」


 やってみろと言われたからやったが、やっぱりダメみたいだ。


 溶解メルト再構築リビルド

 なんとこの世界の人間はみんな、鉱石などの鉱物を別の物質に変化させることが可能な力を持っているらしい。

 溶解メルトで分解し再構築リビルドで作り直す。

 この世界の常識であり、日常生活で欠かせない能力とのことだ。


「日本でこんなことできたら有名人だよ」

「ニホン……って、さっきお前が言っていた、お前が元いた世界とかいうやつだったか?」

「そうさ。ホント俺もなんでこの世界に飛ばされたのかさっぱりだ」

「お前適当なこと言ってんじゃねえだろうな? ったくどうにも信じらんねえ話だ」


 俺があまりにもあっけらかんとしているせいか、異世界という言葉にジークも判断しかねている。仕方あるまい。


「とにかくまあそんな事情なんですわ。俺は一応元の世界に帰りたいんだが何か知ってることはないかジーク?」

「ワリィが分からん」

「そっか」


 まあそうなるよな。

 俺が逆の立場でもこんな話……いや、ま、考えてもムダだ。めんどくさい。

 これ以上言ってもキリがない話なので俺はさっさと切り上げた。


「にしても異世界なのにやっぱりこのトラックは凄いな。内部はまるでキャンピングカーみたいだし」

「だからトラックって何だ! ギンジョーこの野郎、コイツはジーク号って名のれっきとした俺様の鉱乗車こうじょうしゃだっつってんだろ!」

「ぐえ。わ、わかったわかった」


 すぐ胸ぐらを掴むな。短気なやっちゃな。

 詳しくは聞いてないが、ジークの言うようにこの世界には鉱乗車という名称の、元の世界の車にも似た乗り物が存在しているらしい。どんな技術力だ。

 このジーク号?(名前のセンスが致命的だな)もその一つとのこと。


「型は古いがよ、まだバリバリ現役だぜこいつは。俺たちジーク採掘団の要だ」

「あっそ。型とかあんのね」

「テメ、俺様がせっかく教えてやってのになんだその態度は!」

「まあまあ」


 そんな感じで俺がジークから色々と聞いていると、さっきまでカウンターの向こう側から聞こえてきていた洗い物の音が止んだ。


「ええと、ギンジョー君?」


 カウンター越しに声をかけてきたのはジークの幼馴染である女の子。

 あー、っと、たしか名前はラフェル・ダ・リィナさんだったかな。

 腕まくりしたラフなYシャツにエプロン姿。

 黒に近い紫色系の髪が胸元まで垂れていて、そのぱっちりと開かれた大きな瞳は彼女の整った容姿をさらに際立たせていた。

 なにが言いたいかというと、けっこう可愛い。あと胸がでかい。

 

「ごめんね、そのバカすぐ手が出るから」

「あ、いや。大丈夫」

「何か飲む?」

「じゃー、水で」

「おいリィナ! 誰がバカだ誰が! あとオレにも酒をくれ!」

「酒は村に帰ってからにしなさいよアホ」


 さすがに得体の知れない俺との会話には若干緊張してるっぽいが、ジークとのやり取りを見てるとけっこう気の強そうな子だと分かる。

 あんまり変なこと言って怒らせないほうがよさそうだ。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう、ラフェルさん」


 俺が目の前に置かれたコップを手に取りお礼を言うと、ラフェルさんは気恥ずかしそうに手を振った。


「……あ、あー。いいわよそんな、気軽にリィナって呼んで」

「そうか。了解」


 上の名前で呼ばれ慣れていないのかな。だったら遠慮なく下の名前で呼ぶとする。

 隣ではそんな俺たちのやり取りをジークがニヤニヤ眺めていた。


「なんだぁリィナ~? お前なにネコかぶってんだ。そんなキャラじゃねえだろ、さむいさむい」

「う、うるっさいわね! ジーク、アンタは黙ってなさいよ! もう!」

「オレたちの村にゃオレたちと同じくらいの歳のやつはあんまいないもんなァ。ガラにもなく緊張してら、キシシ」

「黙れっつってんでしょ!」


 言い合いを始める二人。

 だがそんなジークとリィナからは親しい者同士特有の気心知れてる感オーラを強く感じる。

 本当に幼い頃からの縁なんだろうな。

 俺を拾ってくれたのが血も涙もない冷酷な人間とかじゃなくて良かったホント。


(とはいえ、ま、ちょっとこの二人の痴話ゲンカは放っておいて……)


 さて、ジークから簡単にではあるが色々と聞いたわけだ。

 だが元の世界に帰る方法を探すにしても一番の問題が一つある。


(この世界で生きる上で大切な能力らしいメルトとかリビルドとかいうトンデモ能力を俺だけ使えないのはけっこうマズイ気が)


 だいたい、俺が現時点で所持しているのはポケットに突っ込んであるパンパンに膨らんだ財布だけ。全部小銭の6079円だけだ。 

 こんな役に立たない小銭しか持ってない俺は、果てしてまともに生きていけるのかね? この異世界で。


(はあ、なんかもう考えるのもめんどくさくなってきた)

 

 俺は俺でこんな状況でもこの調子だしな。

 とりあえず今はジークたちが向かっている村に着いてから、あらためてどうするか考えてみようかなと思っているが……、


(それにしても、ポケットの中の財布が邪魔だなぁ)


 実はさっきからずっと気になっていた。ケツに当たって痛い。

 なので、俺は尻のポケットに入っている小銭だらけの財布を取り出し、目の前の机の上に置くことにした。

 とそこで、ふと、あることに気付く。

 

 メルトとリビルド。

 鉱物が別の物質に変わる世界。

 あれ? そういえばこの小銭ってよく考えたら……。

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