第二話
リビ……何だって?
突然こちらに投げられたゴツゴツしている白い鉱石を片手に、俺はトラックの方を見ながら首をかしげた。
「ハァア゛!? おま……ウッソだろ!?」
俺の反応にメチャクチャ驚いている様子の助手席の男。いや分からんて。
歳は俺と同じくらいだろうか、オレンジ髪のツンツン頭が目立つし、加えて目つきも悪そうだ。おっかない。
上に着てる服はTシャツのようななんとも軽装で、元の世界とそこまで大差ないようにも見えるが……。
「人のこと見てる場合かお前ェー!? 周り、周り!」
「え? あっ」
言われて周りに意識を戻すと、4匹の黒い犬たちが俺の方に向かって一斉に突っ込んできた。
やば。
「ちっ! 投げろ、それ! オレに戻せ!!」
すでに助手席から飛び降りてこちらに向かって走り出した男が叫ぶ。
む!? オンラインゲームと同じ、味方からの指示。
いつもゲームでやっていることと同じだ。
俺は突っ込んでくる犬の恐怖も忘れて、無意識のうちに手にしていた白い石を即座に男の方へ投げ返した。
「!? ヘッ……! いいパス出すじゃねえか!」
尖った犬歯を剥き出しにしてオレンジ髪の男が機嫌よさそうに笑った。
そして男はキャッチした白い石を右手でそのまま握りしめると、
「こうやるんだよ! ”メルト”!!」
次の瞬間だった。
ぐっと力をこめた男の右手にあった白い石がいきなり消えたかと思うと、いくつもの光の粒子が男の握りしめた拳の周囲に舞い上がる。
そして──、
「”リビルド”──!!」
男は掛け声とともに勢いよく握っていた拳を広げた。
まばゆい閃光が迸る。
その直後、男が右手に握りしめていたのは、鋭い刃をむきだしにした一本の剣だった。
「おう、剣か。ちょうどいいなラッキー。おい、お前ェ! 今すぐかがめええ!!」
もちのろん。
目の前にはすでに俺の頭にかじり付く気満々で飛び上がっている黒犬たちの姿。
言われなくても俺はとっさにその場でしゃがみこんだ。
「テメエらみてえな低級ラーストなんざよお、このジーク様の敵じゃあねえぜ!!」
威勢の良いセリフと同時に男が地面を蹴り跳ねた。
そして剣を構えると──
ザンッ! ザザンッ──!!
と、空中に飛び上がっていた4匹の黒い犬をあっという間に両断してしまった。
目にも留まらぬ速さ。
まさしく一瞬の出来事であった。
「キシシ! 楽勝だな!」
剣を肩にかつぎ豪快に笑い飛ばしているオレンジ髪の男。
切り刻まれた黒い犬たちの残骸はボトボトと地面に叩き落ちると、そのまま地面に溶けるように消えていった。
ああ、本当に別の世界にきてしまったんだな俺は。元の世界に帰れるのだろうか。
そんなことをしみじみと思っていると、
「……おい、お前。なんで
ツンツン頭のオレンジ髪が俺に対して怒鳴り散らしてきた。
正直さっきからリビルドとか何を言ってるのか分からんので困った。
「はは。悪い。分かんね」
「ア゛ァ゛!?」
「……あー。ってか、さすがに死ぬかと思ったああああ……」
死にかけて、助かって。
人がいて。
無気力男と言われようが俺も人間だ。
安心したらどっと腹がへってきたぞ。
「助けてもらってありがとう。なんか食い物ないか?」
「なんっだお前は!? 自由かあああ!!」
ブチ切れた様子の男に胸ぐらを掴まれ怒られた。
ちょっとした挨拶じゃないか。そんなに怒ることないだろうまったく。
すると、突然トラックの方から『ブッブー!!』と低音のクラクションが鳴り響いた。
「ちょっとジーク!!」
トラック後部のでかいコンテナ、その側面にある小窓から女が腕を突き出して怒鳴っている。
「いつまでやってんのよ! もうすぐ日が沈むわよ!」
「ああ! わぁーってるよ!! もうちょっと待ってろリィナ!!」
小窓がパタンと閉じリィナと呼ばれた女の姿が隠れると、ジークと呼ばれたオレンジ髪の男は面倒くさそうな表情を見せた。
「ったく、あの女は本当キャンキャンうるせえんだからよ……」
「恋人か?」
「お 前 は 黙 っ て ろ」
眉間にシワを寄せて威圧してくるオレンジ髪の男。
なにか気に障ったようで申し訳ない。
で。
その数秒後、俺は正座をしていた。
対するオレンジ髪の男は俺の目の前で腕を組んでこちらを睨んでいる。
「なんでこんな所にいやがった」
「わかりません」
「お前、家は」
「帰る場所ありません」
「……。金は」
「無一文なり」
正確には6079円持っているが、日本円などこんな世界で役立つ気がしない。
俺は黙って上目遣いで男を見上げることにする。これぞ庇護の構え。
このままここに見捨てられ、次にあの黒い化け物に出会ったら生き延びられる可能性はゼロだろう。
俺の命運は目の前のこの男に託されたわけだ。南無。
数秒の沈黙。
ややあってオレンジ髪の男は口を開いた。
「……ちっ! せっかく助けてやったのに死なれたら目覚めが悪いしな……ったく」
そう言うと、盛大なため息とともに男がバリバリと乱暴に頭を掻いた。
「仕方ねえな! 来い!」
「あざっす」
「その代わり、雑用係としてしっかり働いてもらうからな。覚悟しろや!」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、男はトラックに向かって歩き始める。
雑用係? そういえばこの男は何者なのだろうか。
先に歩き始めた男を追いながら俺もそんなことを考えていると、前を歩いていた男は急にこちらに振り返った。
「ん」
あごをしゃくりあげて何かを要求してくる男。
俺が首をかしげると、
「名前だよ名前。なんていうんだ」
「ああ。銀上円」
「ギンジョー・マドカ……ね。ふうん」
さして興味もないとった様子で俺の名前を復唱した男は、次に親指を立てて自身の胸の辺りを指した。
「オレはジュミナス・ジークだ。ジークでいいぜ」
「ジーク、ね。了解」
「キシシ! ヨ・ロ・シ・クな、ギンジョー! それとさっきのパス、中々いい反応だったぜ! やるじゃん!」
いてて。
挨拶と同時に背中をバンバン叩いてきたジークを俺は振り払った。
まったく。力の加減を知らないのかこの男は。
嫌がる俺の様子を見てジークがまたキシシっと癖のある笑い声をあげると、
「拾っちまったもんはしょうがねえ。ちょうど人手も欲しかったところだしな、歓迎するぜ」
そう言ってジークはトラック後部のコンテナ側面にある入口っぽい扉を開けた。
そうして、俺より先にコンテナの中に入ったジークはこちらに手を差し出してきた。
「ようこそギンジョー。ジーク採掘団へ」
差し出された手を見つめて、俺は一瞬言葉に詰まってしまった。
なぜだろう。
さっきまでさっさと元の世界に帰れたらいいなと思ってたけど。
今はなぜか、普段ゲーム以外では感じたことのなかった強い高揚感、胸の高ぶりを感じている。
(はは……異世界転移ね)
まさか、熱くなってんのか、俺?
紛れもない現実。これはゲームじゃないってのに。
だが、ジークから差し出された手を前にして──。
この胸の高まりを一時の気の迷いだと断じて切り捨てる根拠は……今の俺には無いよな。
(どの道、元の世界に帰れるかすらもわかんないからな。ま、なるようになれだ)
適当男の適当っぷりをなめるんじゃない。
そして──。
結局、俺は迷うことなくジークから差し出された手を掴んだのだった。
「ああ、世話になる」
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