日本硬貨はレアでメタルなハイグレード!?~鉱物が一瞬で武器に変わる世界を生き抜け~

ごまし

プロローグ

第一話

 ひいふうみい……の。

 財布の中身をあらためて数えてみることに何の意味があるのかはわからない。

 現在の所持金6079円。

 飯も食えれば大抵の日用品だったら手に入る額だ。

 とはいえ、これはさすがに──、


「詰んだか」


 見たこともない広大な荒野。

 乾いた風が砂とともに吹きすさび、俺の呟きなどあっという間に虚空に消えた。

 俺は大きめの岩の影に腰を下ろしたまま財布の中身をにらみつけ、自分の置かれた状況を不思議なくらい冷静に観測していた。いや、冷静ではなく諦観といったほうが正しいのかもしれないが。

 

 俺の名前は銀上ぎんじょう まどか

 なんてことはない、ただのゲームが好きな男の一人だ。


 数十分前までは近くのゲームセンターで遊んでいた。

 それははっきりと覚えているのだ。

 今日は仕事が休みだったのでいつもやっているオンライン2対2の対戦ゲームを午前の内からやり始め、途中で両替が面倒になり手持ちの5千円札を全部100円玉に両替してやったところまでは調子が良かった。

 だがその直後の記憶がない。

 ないのだ。


 「……はっ。神隠しってのはこういうことだったのかね」


 俺が住んでいた町のあのゲームセンターから何故か突然別の場所にワープしたのだろうか。信じられないことだが。

 そうとしか言えないじゃないかこんな状況。


「どこの田舎だ、ここは……」


 辺りを見渡しても人工物などは一つもない。

 遠くまで続く荒野と、そびえ立つ大きな山々が俺の視界を埋め尽くしていた。


「日本……ではなさそうだけど」


 これは直感だ。

 俺はただ別の土地にワープしただけではないことを薄々と感じている。

 何かが違う。

 空気か、匂いか、何かは分からないが、とにかく俺の帰るべき場所とは根本的に何かが違うと俺の直感が告げている。


「はー……。多分、異世界ってやつだよなあここ」


 そんな状況なのに、どうして俺ってやつはこうも落ち着いてるのか。

 少しは慌ててもいいだろうに。

 俺はふと学生の頃、同級生の女の子に無気力適当男と揶揄やゆされたのを思い出した。

 なかなかどうして鋭い。


「とにかくこれからどうするかな……」


 どの道、この世界ではもうすぐ日が暮れるようだ。

 元の世界と同じように太陽があることに内心ホッとしつつ、しかし次第にこの辺りは夜の闇に染まるだろう。

 見知らぬ荒野に放り出されてその場で夜をしのぐ、というのは俺の想像以上にしんどいことだと思う。

 はやく人を見つけないと。

 だが少し歩いてみても、人の気配はおろか生き物さえも見当たらない。

 これから俺は一体どうなってしまうのだろうか。想像したくもなかった。

 

 だが、まるで追い打ちをかけるかのように。

 現実は残酷だ。

 グルルル……という獣のような唸り声が急に俺の耳に届いた。


「……!? はは、マジかよ……」


 よく見ると囲まれている。

 い、いつの間に──!?


「っ……! ただの野犬……でもなさそうだな!」


 夕陽の光に照らされて映し出されたのは真っ黒な犬。

 1,2,3……全部で4匹。

 だが普通の犬ではない。まず眼が無い。

 ドーベン犬のような強そうな体躯の犬で、ハッハッと荒い息を吐きながら獰猛そうな口だけはしっかりと開いているのがおぞましい。

 明らかに異様だ。やっと会えたと思った初の生物がこれとは……。

 これがもしかして、い、異世界の魔物ってやつ?

 

「いきなりこんな……無理ゲーだろ」


 武器も何もない。

 手に持っているのは小銭でパンパンに膨らんだ財布だけ。

 終わった。

 思わずその場でヒザをついてしまった俺を誰が責めようか。


「ゲームオーバーってか……」


 今にも飛び掛かってきそうな獣達。

 明らかに獲物は俺だった。


(思えば俺の人生、ロクなもんじゃなかったな)


 ガキの頃からゲームばっかりやってた気がする。

 どんなことにもイマイチ熱くなれない俺の人生だったが、なんでかゲームをしているときだけは違ったからだろう。

 ゲームの中とはいえ相手と勝った負けたの真剣勝負を繰り広げてるときにだけは、つい、こう熱くなって、何か上手く言い表せない充実感とか満足感を感じることができていたのだ。あの気持ちに嘘はなかった。

 とはいえ、お世辞にもゲームの腕はそこまで上手いわけでもなかったが……はは。


「こんなことならもっと色々頑張ってみればよかったかな……あーあ」


 死ぬのは怖い。

 でも、死んでもいいやとどこかで思っている。

 無気力適当男。

 こんな俺じゃあこんな恐ろしい化け物の出る異世界で生きていけるわけもない。

 

「南無……」


 信心もないくせに最期になって南無とか言ってしまう自分が笑える。

 犬に襲われて死ぬなんてな。

 仕方ない、来世ではもっと犬に優しくしてやろう。

 俺がそんなしょうもないことを考えながら死を覚悟して目を瞑っていると……、


 ……ロロロ──……!


 その時だ。

 後方。

 俺の耳に響いてきたのは、地鳴りとともに近づいてくる何か大きな音だった。


 ブロロロロロ──……!


 まるで大型トラックが出すような大きな排気音だ。

 ん? 異世界だよな?

 俺は思わず目を開いた。


 「おーい! お前、何やってんだー! ラーストに殺されるぞー!」

 「え」

 

 だいぶ後ろの方から聞こえた何者かの声に反応して俺は振り返った。

 うそん。

 俺の目に飛び込んできたのは、砂埃を巻き上げながら巨大なタイヤでこっちに向かって走る、まるで大型貨物トラックほどのサイズのどでかい車(?)だった。


(ええ!? ここは異世界じゃなかったのか!?)


 というか大まかなフォルムこそ違えど、前方に運転席があってその後ろがコンテナと言わんばかりの巨大な箱を乗せたような作りになっている時点で、あれはもう大型貨物トラックと呼んでいいのではないか。

 しかしなんだありゃ!? 世界観どこいった!?


「おい! 何をボーっとしてやがんだーそこの男ー! 死ぬぞー!」


 距離にしてあと数十メートルのところまで来ていたトラックだったが、突然ギャリギャリギャリ!と激しい音をたてて横滑りするように急停車した。

 その勢いと迫力あってか、黒い犬たちの動きが一瞬だけ硬直した気がする。


「そいつを使えっ!」


 さっきから助手席で叫んでいる男がこちらに向かって何かを投げてきた。

 俺を囲む黒い犬たちの頭上を超えて投げられたその何かは、コツンコツンと地面を転がり俺の目の前にうまいこと転げ落ちた。

 アルミ缶ほどの大きさの何か。

 これは、白い……鉱石?


「さっさとそれでリビルドしろ!」


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