幕間

幕間の物語:もう大丈夫

★幕間の物語 コウエ視点★


「はぁ、すんげぇなぁ、お前ら兄弟って」


 かつての学び舎の片隅で、弟たちが成し遂げたことを僕と一緒に見ていたニトロが感嘆したような、それでいて呆れのニュアンスも含まれているような声を上げた。

 

「お前らって、僕は何も凄くはないけど?」


 うん、実際僕は何もしていない。

 全ては弟、そしてその幼馴染がやり遂げたことだ。

 

 ふたりが学園祭で大失敗をしてしまったのは勿論知っていた。

 それで引きこもりになってしまった弟に『魔王様のゲーム』を教えて、アカウント資産を譲渡したのも僕だ。


 もっともそれは別に魔王を倒して賞金を手に入れてほしいと思ったわけじゃない。

 ただ『魔王様のゲーム』を通じて他人との繋がりを持つことで、なにか弟に変化があればと思っての行動だった。


 ……そう、かつての僕のように。

 



 昔、僕は人付き合いが苦手な子供だった。

 みんなと遊ぶよりひとりで本を読んだりするのが好きだったから、それも仕方ないのかもしれない。


 それが中学生になって間もなく成績優秀を理由に先生から生徒会へ推薦され、何をするのかよくわからないまま入ってしまってから「仕方ない」なんて言ってられなくなった。


 一年生の役員補佐とは言え、仕事はいくらでもある。しかもそのうちのいくつかは自分がリーダーとなって、一年生の各委員を纏め上げなくてはいけなかった。


 リーダーなんて立ち位置は、当時の僕にしてみれば最も自分からかけ離れた場所だ。

 おかげで最初はすごく苦労した。そもそも人付き合いが苦手だったから、集団を率先して引っ張る経験がないどころか、どのように引っ張られていたのかすらもよく覚えていない。


 僕はあまり感情が顔に出ないタイプだから、周りからはそうは見えなかったらしいけど、実際は頭を抱えたくなるほど困っていた。

 

 そんな時に偶然TVで見たのが『魔王様のゲーム』のCMだった。

 当時リリースされたばかり、しかも魔王を倒せば一千万という破格の賞金が出るこのゲームは、あちらこちらの番組でCMを打っていた。


 正直、賞金なんてどうでもいい。

 それよりも大勢の人間が、現実のしがらみからかけ離れた架空世界を冒険するというシステムに「これならさほど無理しないで集団行動のノウハウが掴めるんじゃないか?」と天啓を受けた気持ちになった。

 

 まぁ藁をも掴むとはこういうことかとは思うのだけれど、PIDの機械は睡眠学習用に持っていたし、試してみない手はない。

 運がいいことにリリース直後ということもあり、どこのパーティも仲間を募集していた。

 そのうちのひとつ、ニトロが主催していた八千代連合というパーティに入り、僕は集団行動での身の置き方や振る舞い方を覚えていった。


 そして気が付けば僕は大勢の仲間をゲームの中で集めあげ、その培った社交性は生徒会でも大いに役立ち、二年生の春には生徒会長へ就任するに至ったのだ。

 

 そういう意味では今の僕を作り上げたのはニトロによる功績が大きいのだけれど……。

 

「いや、兄弟揃ってなんなのそのカリスマ性。俺にも分けて欲しいわ!」


 当のニトロ自身はそんなこと知るはずもなく、僕にも弟のように生まれ持ってのリーダー気質があると思い込んでいるらしい。


 まぁその誤解をわざわざ解くつもりはないけどね。

 

「弟はもともと人を惹きつける力を持っているんだ。それがちょっとした行き違いで歪み、裏切りや失敗で自信を失い、うまく発揮できなくなっていた」

「MMORPGでソロプレイなんてその典型だよな」

「うん。でも、仲間の大切さを今一度身をもって知ったんだ。もう大丈夫だろう」


 二階の窓から階下の生徒たちに大きく手を振る弟の表情は、僕がよく知る、かつての人を惹きつける輝きが完全に戻っていた。

 

「うはぁ。よくもまぁそんな恥ずかしいセリフを言えるな、お前」


 そう言ってニトロが僕をじろじろと見ては、はぁと大きく溜め息をついた。

 

「なんで溜息をつかれるのか分からないんだけど?」

「あー……あのさぁ、お前、マジで高一なの?」

「ああ。さっき学生手帳見せただろ」

「見た。で、ホントにお前があのコウエ……魔王相手に大戦争を起こした張本人であり、俺の相棒カタヅキなの?」

「そうだよ。なんだったらカタヅキしか知らないようなことも今ここで話してみせようか? あれはそう、エクスボクスのダンジョンを冒険していた時の話だ。その頃の僕たちのパーティーにはキャラメルっていう女魔法使いがいて、ニトロは本気で恋心を抱いていたんだけど」

「げっ! ちょ、ちょっと待て。それ以上は言」

「実はネカマだったことが分かって、ショックを受けたニトロは一週間ぐらいログインしてこないことがあったよね?」

「だからそれ以上は言うなって言おうとしたのに、なんで言っちまうんだよっ、お前はっ!」

「え、だから僕がコウエ……カタヅキだって証拠を見せようと思って」

「ああっ、分かったよ! 分かりましたっ! そんなことを知っている上に、その容赦のない性格、間違いなくお前は俺のくそ忌々しい相棒だよっ!」


 うん、分かってもらってよかったよかった。

 

「くそー。てことはなにか、今、高一ってことはあの大戦争を起こした時は中坊なのかよっ!?」

「そうだよ」

「中坊であれだけの人数を纏め上げるって……てっきりその言葉使いと落ち着きぶりから、俺より年上だと思ってたのに」

「そういうニトロはまんま僕の想像した通り、暇を持て余す大学生そのものだね」

「うるせぇ!」


 これがゲームの世界でならニトロは容赦なく僕をぶっ飛ばそうとするのだけれど、ここはあいにくと現実の世界。さすがのニトロも拳を振り上げようとはするも、自制心が働いて代わりにもう一度大きく溜め息をついた。


「で、お前はどうするんだ、これから? 弟さん、立ち直ったみたいだし、あの様子ならもう家に戻って来るだろ」

「ああ、それなんだけど」


 気を取り直して尋ねてくるニトロに、僕は珍しく自分でも興奮しているのを感じながら答えた。

 

「もし弟が望むのなら、もう少し付き合ってみようと思う」

「なるほど。で、仮に弟さんが望まなかったらどうするんだ?」


 ちなみに俺はなにがなんだろうと参加するぞとニトロ。彼らしい答えだ。


「その時は仕方がない。僕は少し離れたところで見ることにするよ」

 

 参加出来ないのは残念だけど、でもそのシーンだけは見ておきたい。

 

「『魔王様のゲーム』がクリアされるところをね」

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