第55話:取り戻したかったもの

 ところでこっちの世界に来てからひとつだけ不思議なことがある。

 ミズハさんといい、勇者様といい、どうしてみんなあっちの世界と背格好が全然違うんだろう、って。

 

 あっちの世界のミズハさんはぼんきゅっぼんの羨ましいスタイルだったけれど、こっちのはちんちくりんな私とどっこいどっこい。

 

 そして勇者様も、私の世界ではその性格と同じくらい無駄に大きいのに、本当の姿は周りの男の人と比べても、ひと回り背が低かった。

 髪の毛は男の人にしては少し長め。細身の体もあって、なんだかコボルトみたいだ。

 

 公園でのやりとりでこの人が勇者様なのは分かっているけど、どうもまだイマイチしっくりとこない。

 少しでも顔が見えたらまた違うのだろうか。

 さっきとは違って心の準備が出来つつある。だけどこういう時に限って勇者様こと大河さんは俯いたままで、顔がよく見えなかった。

 

「ほう。あやつが勇者か。なるほど魂の輝きが同じである」


 と、そこへ突然、私の隣で聞きなれた声がしてびっくりした。

 

「うわっ、魔王様。なんでここに?」

「うむ。どうやら別に線で繋がなくとも、無線環境があれば他のパソコンからでもココにやってこれるそうでな。若干狭くて難儀したが、こうして様子を見に来た次第である」


 はぁ、なんだかんだでこちらの世界にしっかり適応して使いこなしている、魔王様すごいなぁ。

 

「そんなことよりもキィよ、今は勇者に注目すべきであろう?」


 そ、そうだった。

 せっかく当初の予定通りミズハさんが場の雰囲気を整えたというのに、イサミさんがめちゃくちゃにしてしまった。

 しかもそこへあろうことか勇者様が登場。最悪の展開だ。


「おう、大河。てめぇ、さっきの『そうだよ』ってどういう意味だよ?」


 イサミさんが俯く勇者様へ近づきながら問いかける。


「……言葉通りの……意味だ……」

「ふざけんなっ!」


 そして勇者様の前に立つと、その答えに激怒したイサミさんは首元をぐいっと締め上げた。

 無理矢理上を向かされる勇者様。でも長髪が邪魔で顔が見えないよっ!


「おいっ! そんないい加減な言葉じゃねぇ! ちゃんとてめぇの口からはっきり言いやがれ!」


 しかも払いのけるようにイサミさんは勇者様を地面に投げ飛ばした。

 力なく床に両手両足をつく勇者様に、イサミさんが追い討ちをかけるようにお尻を思い切り蹴り上げる。

 勇者様は頭も床に押し当て、動かなくなってしまった。

 

「ちょ、ちょっと、イサミン! やりすぎだよ!」

「甘いよ、柚! あんたはこいつが学校に来てくれただけで満足かもしれないけれど、私たちはちゃんとその口から本当のことを説明してもらって、しっかり謝罪してもらわないと気がすまない。それをコイツにも分からせる必要があるんだ!」


 もう一発蹴り上げてやろうとイサミさんが右足を振りかぶった時だった。


「……ごめんなさい」


 床から小さな声が聞こえた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい! ごめんなさい!! ごめんなさい!!! ごめんなさいー!!!!!」


 声はどんどん大きくなって部屋中を「ごめんなさい」の言葉で覆い尽くす。最後は嗚咽も混じった絶叫に近かった。

 これには誰もが一瞬声を失った。

 私は勿論、魔王様だって驚いた様子で床に土下座し続ける勇者様を見つめる。

 とてもプライドのクソ高い、あの勇者様とはとても思えなかった。

 

「おまえなぁ、いいかげんに……」


 そんな勇者様に、しかし、イサミさんはかえって苛立ちが増したかのように勇者様の長い後ろ髪に手を伸ばす。 

 その腕を、でも、そっとミズハさんの手が掴んだ。

 

「イサミン、それぐらいにしてあげて」


 そしていまだ床に蹲る勇者様の横に座り込んで、優しく話しかけた。


「大河君、ごめんなさいだけでは分からないよ? みんなに話してあげて。大河君が何をしようとしていたのか、何に苦しんでいたのか、何をしたいのか」

「…………」

「大丈夫。怖くないよ。みんな、きっと分かってくれるよ。それに誰も分かってくれなくても……」


 ミズハさんが首からかかっている金属板の私をチラリと見て、微笑んだ。


「私たちはどんなことがあっても、大河君を信じてあげるから」


 勇者様の体が一瞬震えた後、嗚咽は号泣に変わって床に大きな涙の染みを作り上げるのだった。




「俺は兄貴に勝ちたかったんだ……」


 まだ頭を床に埋めたまま、涙声で勇者様は言葉を紡いでいく。


「兄貴なんて、ずっと眼中になかった。くそ真面目で、あんまり自分から何かしようとしなくて俺の後をただついてくるだけの存在にすぎなかったんだ」


 そう言えば、ミズハさんも同じようなことを言っていたのを思い出した。


「なのに中学に入ったら、すべてが逆転した。俺は俺自身じゃなくあいつの弟としてみんなから見られるようになった。柚も兄貴のほうに行っちまった」

「……うん」


『ごめんね』という言葉を噛み殺したのは、多分ミズハさんなりの勇者様への気遣いだろう。

 

「悔しかった、とても。兄貴をなんとか越えて、俺のほうがスゴイって証明したかった。だから、生徒会長になった」

「うん」

「でも、生徒会長になってスゴイことをしても、俺自身の手でやりきらないと意味がないと思ったんだ。ましてや兄貴の息がかかった役員たちに助けてもらっては、本当の意味で兄貴を越えたなんて言えやしない」

「だから、役員を自分の友だちで固めたんだね」

「ああ。奴らがなんの役にも立たないのも分かっていた。だけど、そうするしかなかった。俺なら出来る。出来るはずだと言い聞かせた」


 公園でミズハさんに話した内容と微妙に違った。

 だけど、それは。

 

「おい、ちょっと待てよ」


 ふたりの間に割って入った、イサミさんの質問で答えが明らかにされる。


「お前、そう言いながら柚は自分の傍らに残したじゃねーか。柚だって先々代の生徒会長の時から働いているぞ。話が矛盾してるよな、おい」

「柚は……特別だった」

「特別だぁ?」


 もう一発蹴りを入れてやろうかとばかりのイサミさんを、ミズハさんが首を横に振って制する。


「兄貴を越えて、兄貴に奪われた柚を取り戻したかったんだ。俺にとって柚は幼馴染で……そして……大切な奴なんだ」


 誰も茶化すどころか、何も言わなかった。

 当の本人であるミズハさんも、特別顔を赤らめるわけでもなく、ごく自然の笑顔で「うん、うん」と頷くだけだった。

 

「色々と大変で、柚にも苦労をさせたけど、でもなんとか生徒会を運営できた。一番大変な学園祭も、役員たちのアイデアを取り入れたことで奴らもやる気を出してくれて、上手く行くと信じていた。……まさか、その裏で俺にあんなことを考えていたなんて思っても、いな、かった……んだ」


 当時を思い出して感情が揺さぶられたのか、言葉が途切れ途切れになる勇者様に再び涙の津波が押し寄せてきた。


 

「うん。どうかなみんな、事情は分かってくれたよね?」


 そんな勇者様の頭をやはり優しく撫でながら、ミズハさんは話を聞いていたみんなを見上げる。

 誰も何も言わず、ただ素直に頷いた。


「確かにね、大河君は罪を犯したと思う。自尊心を満たす為に、生徒会を利用するなんて許されないことだもんね。だけど、もう十分に反省したと思うんだ。だから」


 もう許してあげようよと続けようとしたミズハさん。でも、


「いや、反省だけじゃダメだ」


 ミズハさんの言葉を打ち消すように、イサミさんが強い口調で異論を唱えた。


「イサミン?」

「あのなー、柚。やっぱりこれだけじゃあ納得はしても、許しは出来ねぇと思うんだ。だって、こいつ、反省はしたかもしれないけれど、まだ償いが出来てねぇじゃん」

「償いって……それはそのう、これからまた生徒会でみんなの為に働いてもらったり、とか」

「甘い甘い。そんなので学園祭のことをチャラにしてもらおうなんざ、考えが甘すぎるぜ。こいつにはしっかり償ってもらう必要があるんだ。例えば、そう、とんでもない大金を稼いでもらって、その資金で何か大イベントをやる、とかな」


 うわっ、イサミさんがすごい無茶なことを言ってきた。

 あれ、でも待てよ、それって……。


「え、イサミン、それってまさか?」

「ああ、こうなったらこいつには魔王を倒してもらって、賞金をゲットしてもらうしかねぇよな!」


 ……はい?


「てか、こいつから聞いたからな。『魔王様のゲーム』って言うの? それをクリアしたら手に入る賞金一千万円で、学園祭をやり直すって」

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