第54話:嫌われ者の帰還

 ミズハさんの幼馴染・大河さんの正体は、なんとあのおバカ勇者様だった。

 それだけでも驚きなのに、さらに勇者様はまだ魔王様討伐を諦めてないらしく、今度は学校の皆さんを仲間にして再度挑戦するつもりらしい。

 それにはミズハさんも賛成、なんだけど……。

 

「ねぇ、やっぱり放送室を使わせてもらった方がよくないかな?」

「駄目だ。ちゃんと顔を合わせて謝らないと気持ちが伝わらないって、さっきも言ったろ?」

「だけどあんまり時間がないよ?」

「大丈夫。さぁ、行くぞ」


 今一つ納得出来ない様子のミズハさんを置いて、大河さんこと勇者様が学校の建物に入っていく。

 学校は私の世界にもある。でも、こんな立派な、まるでお城みたいな建物の学校は見たことがない。

 しかも建物の中には無数の部屋があって、その多くにミズハさんたちと同年代の人たちが集まって勉強しているという。そこにひとつひとつ謝りに行くって言うんだから、気の遠くなるような話だ。

 

 だけどそうでもしなければ、皆さんの気持ちを動かすことが出来ないというのも分かる。

 だからこそミズハさんも眉を顰めながら、黙って勇者様の後を追った。

 

「あれ? 一年一組からやっていくんじゃないの?」


 校舎に入って靴を履き替えたミズハさんが、階段を登っていく勇者様に疑問を感じて尋ねる。

 振り返る勇者様。絶妙な高低差で私からは首元までしか見えない。きっと勇者様からも私の姿は見えていないだろう。

 

「いや。まずは俺たちのクラスに行く」

「え、でもそれって一番難易度が高いんじゃ……」

「だから行くんだよ」


 勇者様はこともなげに言ってのける。

 そう言えばこの人、クエストのボス戦でも周りの雑魚なんかほっといて最初からボスに特攻するタイプだったなぁ。傭兵さんたちも呆れてったっけ。

 

「それより早く行こう、柚」

「……うん、分かった」


 ミズハさんが階段を登りながら、両頬をぴしゃりと掌で挟んだ。




 キーンコーンカーンコーン。

 

 時を知らせる鐘が鳴り響く。

 と、同時にそれまで静かだったのが、途端にざわめき始める。まるで鐘の音で建物そのものが目を覚ましたかのようだった。

 

 その変化に私が驚いていると同じく、教室から出てきたお爺さんの先生もまた私たちを見て目を丸くしていた。

 でも、ミズハさんは「すみません、遅刻しました」と一礼すると、素早く教室へと入り、

 

「ごめん。ちょっとみんな、聞いて欲しいことがあるの!」


 と声を張り上げた。

 

「あー、柚だ!」

「生徒会長代行なのに遅刻をかますなんて、あんたも悪くなっちゃったねぇ」

「てか、聞いて欲しいことって何?」


 誰もが突然登場したミズハさんの話を聞こうと注目してくれた。


「あのね、大河君のことなんだけど」


 それがその名前を出した途端、ざわっと空気が変わった。

 ある人は悪意を剥き出しにした表情を浮かべ、ある人は立ち上がって教室を出ようとする。またある人はミズハさんに同情の眼差しを向けた。

 さっきまでのミズハさんの話を聞こうとする空気は、勇者様の名前を口にしただけであっという間に霧散した。どれだけ勇者様がみんなから嫌われているかが、私にもよく分かる。

 こんな中でミズハさんがこれから言わなきゃいけないことはあまりにもキツい。それでも。


「その大河君がみんなに謝りたいって学校に来たの。みんな、お願い。聞いてあげて」


 ミズハさんは堂々と自分の仕事を全うした。

 突然の展開に誰もが戸惑い、さらに騒然となる。

 それでもミズハさんが頭を下げてお願いしたのが効いて、誰からもはっきりとした非難の言葉はなかった。

 それはつまり困惑しながらも、勇者様の謝罪を一応聞き入れる準備が出来た、ということだ。あとは勇者様がしっかり謝ればきっと――。

 

「ふざけんなっ!」


 ところがそんな雰囲気をひとりの厳しい叱責が打ち破った。

 

「今さら謝られたところで、許せられるわけねぇだろーがっ!」


 怒りに任せて椅子から乱暴に立ち上がり、ミズハさんを睨みつけてくるのはイサミさんだった。

 数時間前に会った時に浮かべていた屈託のない笑顔はどこにも見られない。まさに鬼の形相だった。


「柚、大河に帰ってもらえ! あれだけのことをやらかして、あいつにはもうここに居場所なんてどこにもねぇって言ってやれ!」

「そんな……そんなの酷すぎるよ、イサミン」

「あのなぁ、柚。オレはお前のことを心配して言ってるんだ。あいつはな、なんだかんだで自分のことしか考えてない。そんな奴に想いを寄せられるお前を見てられないから、オレはあいつを許すわけにはいかないんだ!」


 イサミさんの気迫に、さすがのミズハさんもたじろいだ。

 勇者様の為には反論しなきゃいけない。だけどイサミさんの自分を思ってくれる気持ちも痛いほど分かる。こんな流れは想定外だった。


「あいつがいなくなった後も後始末で大変だっただろ。だから私はあんたを助けたくて、風紀委員長になってやった!」


 ミズハさんの近くまでやってきたイサミさんが、バンっと教室の黒板を叩く。

 ビクっとミズハさんの体が震えた。


「なのにあんたがいつまでもあいつに縛られていちゃあ、意味がないじゃないかっ! そろそろ現実を見なよ、柚! あんたもあいつの被害者なんだよっ!」


 あれだけ騒がしかった教室が、イサミさんの荒い呼吸以外の音が消え失せた。

 誰も何も言えなかった。

 言えるはずがなかった。

 なのに。


「……そうだよ」


 どこからか喉の奥から必死になって振り絞るような、苦しそうな声が聞こえた。

 みんながきょろきょろと辺りを見回す中、声の主が教室へと入ってくる。

 

「大河ぁ!」


 イサミさんが苦々しく、その名前を呼んだ。


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