第53話:ふたりの計画

 金属板の中は居心地の良い広さで、寒くもなく、熱くもなく、魔王様から貰ったスコーンと紅茶もまだまだいっぱいあって、快適そのものだ。


 だけどひとつだけ不満があるとしたら、窓からの景色しか見ることが出来ない。


 今、窓の外に広がるのは、先ほどの公園ってところの風景。

 その画面右端にちらちらと、ブランコを小さく漕ぐ大河さんの背中が見える。

 むぅ、どんな顔なのか見たいから、大河さんの方に体を向けてくださいよぅ、ミズハさん。 

 

 でもミズハさんは恥ずかしがって、大河さんの方をまともに見ないのだった。

 

 

 

 大河さんが落ち着くまで抱きしめていたミズハさん。

 だけど、いざその時が来たら急に恥ずかしくなったのか、ミズハさんはぱっと身体を離して、そっぽを向いてしまった。

 ぎゅっと私の入っている金属板を握りしめながら、「はわわ」だの「やっちゃったやっちゃった」だのパニくった言葉を呟き始める。

 

「どうしたんだ、柚?」

「ごめん。ちょっと放っといてくれるかなっ!」


 大河さんが心配して声をかけるもこんな調子で、結局今度はミズハさんが落ち着くまでまたしばらく時間が必要だった。

 

 そして今はミズハさんも落ち着き、それぞれブランコに腰かけている。

 緊張が少し緩和されたのか、私の金属板も両手から解放された。

 でも、ふたりに会話はなく、ミズハさんは相変わらずまともに大河さんの方を見ようとしない。

 場の空気を持て余した大河さんが、ブランコをゆっくり漕ぎ始めるのも無理はなかった。

 

「ミズハさーん、何か話しましょうよぅ」

「無理だよぅ。私、つい勢いであんなことしちゃって、今更何を話せばいいのか分かんないよぅ」

「そんなの、何でもいいじゃないですか。あのアグレッシブなミズハさんはどこに行っちゃったんですか?」

「だってこういうのは初めてなんだから仕方ないじゃない。キィちゃんだって同じ状況になったらきっと同じだって」

「えー、私なら空気を換えるためにとにかく何か話すけどなぁ。あ、それから私も大河さんのお顔を見てみたいんで、ちょっと体の向きを変えてもらえますか?」

「無理! 絶対無理!」


 私がこそこそミズハさんに話しかけても、終始こんな調子。まったく、あのミズハさんをこんな弱腰にしてしまうなんて、恋愛ってのはとんでもない難敵だな、うんうん。

 

「……柚、さっきから何ぶつぶつ言ってるんだ?」


 そんな私たちの会話が漏れ聞こえていたのか、大河さんがブランコを漕ぐのをやめて尋ねてきた。

 

「うええ? えっと、その……なんでも、ないよ?」

「ふーん?」


 大河さんの声に疑いの色がはっきりと浮かび上がっていた。

 

「そ、それより大河君、話があって呼び出したんでしょ? 何、かな?」

 

 ぷっ。

 あまりに露骨な話題変更に思わず、吹き出してしまう。

 どうやら聞こえたみたいで、金属板をきっと睨み下ろしてくるミズハさん。おーい、せっかく追及を躱そうとしているのに、そんなことしたらまた大河さんに疑われちゃいますよ?

 

「あ、ああ。あのな、柚」


 だけど大河さんは深追いをせず、

 

「俺、もう一度学園祭をやり直せないかって考えているんだ」


 と、代わりに思いもしなかったことを言ってきた!

 

「え?」

「今更で虫が良すぎる話ってのは分かるけど、もし今度こそちゃんとした学園祭が出来たら、少しでも罪滅ぼしになるんじゃないかなって」


 あまりのことに驚いたミズハさんが、三度金属板を握りしめてくる。癖なのかな?

 

「私も! 私も実は同じことを考えてた!」

「マジで!?」

「うん! 先生に聞いたらね、三年生の卒業式の後にならやってもいいって!」

「おおう、すでにそんな話まで。さすがは柚!」


 俄かに盛り上がるふたり。ミズハさんもさっきまで恥ずかしがっていたのは何だったのってぐらい、今はちゃんと大河さんの方を向いて話していることだろう。

 まぁ、私はその両手で闇に閉じ込められてしまい、相変わらず大河さんのお顔を見ることが出来ないんだけどね。


 勘弁してよ、ミズハさん!

 

「だけど予算がないよ。どうしよう?」

「それなんだけど……実は学校のみんなに協力してもらおうと思うんだ」

「協力?」


 ミズハさんの声が少し沈み込んだ。

 気持ちは分かる。だっていくら学園祭をやり直すためとはいえ、信用を失った大河さんでは募金はなかなか集まらないだろう。


 それはきっとミズハさんでも無理。だってもしそれで集まるような金額なら、わざわざ私たちの世界で一獲千金を狙おうとしないはずだもん。

 

「ああ。みんなに協力してもらえば、とんでもない大金が手に入るかもしれないんだ」

「そんな方法が本当にあるの?」

「ある! 柚、『魔王様のゲーム』って知ってるか?」


 えっ!?

 

 思わずミズハさんと一緒に声を上げてしまった。

 

「ゲームの中の魔王を倒せば一千万の賞金が手に入るんだ。一千万もあれば学園祭なんて余裕で出来るだろ?」

「え? あ、うん。……でも、魔王さんってめちゃくちゃ強いって」

「ああ。俺ひとりじゃどうしても勝てなかった。だからみんなの力が必要なんだ」

「ひとりじゃ勝てなかった、って……」

「……うん。実は俺、そのゲームの世界でもバカやっててさ。最初は魔王を倒すつもりなんてなくて、単に現実逃避でゲームやってた。誰ともパーティを組まず、代わりに俺と一緒に冒険してくれる女の子をわざわざ作って」


 ええっ!? ちょっとそれ、まさか大河さんの正体ってまさかまさかまさか!?

 

「そんな時、ひょんなことから魔王を倒せるかもしれないチャンスがやってきたんだ! でも、どんなに頑張ってもひとりでは無理だってことを、ある女の子が垢バンされながらも教えてくれて、ようやく俺、気付けた。俺に必要なのは能力の振り分けをよく考えることでも、強い装備でもなくて……あれ、柚、どうした!?」

「……え?」

「え、ってお前、どうして泣いてるんだよ?」


 大河さんの動揺が声からも伝わってくる。

 対して


「……だって、嬉しいんだもん」


 ミズハさんの嬉しさもまた涙声に表現されていた。

 

「嬉しいって何が?」

「私ね、引き籠った大河君のために何かしてあげたいって思ってた。それで私も『魔王様のゲーム』の賞金で学園祭をやり直せないかって考えたの」

「え、ちょっと待て。柚もあのゲームをやってたのか!?」

「うん。でもね、いっぱい仲間を集めたけど、私も含めて魔王さんを倒せるほどの戦力には到底及ばなくて。やっぱり私なんかじゃ大河君の役に立てないんだって諦めてた」

「そんな! お前は」

「だけどね、そうじゃなかったの。私、実は自分でも知らないうちに大河君の役に立ってた!」

「……どういう意味?」

「私、その能力なら魔王さんを倒せるかもしれないって人を知ってて、なんとかして仲間にしようとしてたの。でも、その人は現実世界で何かあったみたいで、誰ともパーティを組もうとしなかった。絶対裏切らないよう設定した、大好きなお供の女の子以外には、決して誰にも頼ろうとしなかった。だから私は何とかしてその人に、私を、みんなを信頼して頼ってほしいと思ったの」

「おい、まさかそれって!?」

「うん、まさかハヅキ君が大河君だったなんて思ってもいなかった。私……ミズハだよ」


 それに、とミズハさんが首からかかった金属板を持ち上げようとする。

 

「キィちゃんもここに……って、あれ、キィちゃん?」

 

 私は慌てて窓の下に身を潜めた。

 さっきまで大河さんの顔を一目見たくて仕方なかったけど、その正体が勇者様だと分かった途端、顔を合わせるのが途端に恥ずかしくなったんだ。


「キィ!? どうしてキィが!?」

「魔王さんに連れられて私のPCにやってきたから、スマホの中に入ってもらってこっちの世界を見学してもらってたんだけど……うーん、私たちに気を利かせてどっかに行っちゃったのかな?」


 そう言いつつ、ミズハさんは画面の下に隠れている私を見つけたみたいで、にまーと笑顔を浮かべる。

 その笑顔はまるで「さっきの私の気持ち、分かったでしょ?」と言っているみたいで、私はもうコクコク頷くしかなかった。

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