第56話:メインイベントはこれから

「ちょっと、イサミン、どういうこと?」


 ミズハさんの問いかけにあたしも金属板の中でうんうんと頷いた。

 だって勇者様が魔王様を倒した賞金で学園祭をやり直すつもりなのは、あの公園にいたあたしたちだけが知っていることなんだ。

 それをどうしてイサミさんが知ってるの?

 

「オレはな、マジで大河には頭にきてたんだ。これまでのことも、そして今朝のLINEのメッセージもな。話したいことがあるなら、もったいぶるなってんだ。だからあの後すぐに電話して問い詰めてやった」

「ああ、そういうことなんだ」


 え、どういうこと? てか、電話って何?

 

「そしたらこいつ、みんなに謝った上でどうしてもお願いしたいことがあるとかぬかしやがるんだよ。なんでも今プレイしているゲームをクリアしたら一千万の賞金が手に入るからそれで償いたい、だから力を貸してくれって。まぁ、正直、学校を休んでゲームやってたって聞いた時はぶっ殺してやろうかと思ったし、金で償おうってのもどうかとも思う。だけど」


 イサミさんが床に這い蹲る勇者様から視線を外し、部屋の中にいるその他皆さんの方に頭を向けた。


「こいつが自分の弱さをやっと理解出来て、こんなみっともない姿を晒す覚悟まであるのを知って、気が変わった。俺は大河に協力してやる。みんなはどうだ?」

「いや、と言われても何がなんだか……」

「学園祭をやり直すってマジで!?」

「てか協力って一体何をするの?」


「それは私から説明するよ」


 イサミさんの問いかけに混乱するみんなへ、ミズハさんが『魔王様のゲーム』というクリアすると賞金が出るゲームがあること、そのクリア条件は魔王を倒すこと、魔王を倒せる可能性があるのは勇者様だけなことを説明する。

 

「でも、魔王を倒すには出来るだけ多くの人の協力が必要なの。なにもかも一人でやろうとして、でもそれじゃダメだってようやく大河君は気付いてくれたの。だから私からもお願い。みんな、どうか大河君に協力してあげてください」


 ミズハさんが深々と頭を下げた。

 だからきっとお願いされた皆さんの表情は見えないだろう。

 でも首から吊り下げられたあたしにははっきりと、戸惑って周りと顔を見合わせる皆さんの表情がどんどん前向きなものへと変わっていくのが見えた。


 そして次から次へと「やるよ!」「協力する!」って声が溢れだしてくるのに、そう時間はかからなかった。

  

「よかったな、ミズハ。見てみろよ、みんなすげぇやる気だぞ!」

「……ありがとう、イサミン……でも、ちょっと私」

「なんだ泣いてるのか? ったく大河といい、ミズハといい。ちょっと涙腺弱くないか、お前たち? あ、でも大河のは泣いたふりか?」


 へ? 泣いたふり?

 その言葉に、涙を隠そうと下を向き続けていたミズハさんも思わず勇者様へと振り向く……って、ちょっとミズハさん、だから金属板を握り絞めるのはやめてぇ!


「え、ちょ……大河君、その顔……」


 ミズハさんが声を震わせた。


「え、ちょっと大河君、さっきまでのはまさかウソ泣きだったのっ!?」

「ウソ泣きなものかっ! 予め打ち合わせはしていたけれど、伊佐美の蹴りは死ぬほど痛かったぞ! それに柚の言葉は心にやんわり染み渡るし、こいつらマジで俺を泣き殺そうとしやがると戦慄が走ったわ! その証拠に見ろよ、このハンカチ! ぐしゃぐしゃだろうが!」 

「んー、でも、眼が赤くなってないよ?」

「そ、そこは気合でなんとか!」

「ホントかなぁ」


「うっ」と唸り声をあげて、たじろぐ勇者様。

 そんな様子にミズハさんはひとつ溜め息をつくと、片手で目尻に溜まった涙を拭くのが指の隙間から見えた。


「はぁ、まぁそれでもあのプライドの高い大河君が、みんなの前であんな弱い自分を晒してくれたんだもん。あれでみんなにも気持ちが伝わったと思うし、許してあげる。でも……」


 それとこれとは話が別とばかりに、ミズハさんはイサミさんをキリっと睨みつける。


「イサミン、大河君と打ち合わせしてたのなら一言連絡あってもよかったんじゃないのっ!?」

「いやぁ、結果オーライだし、いいんじゃね?」

「うわ、開き直った」

「開き直りもするぜ。だって私、もう完全に大河の共犯者だしさ」

「共犯者?」

「あんた、これから各教室を回ってお詫び行脚をするつもりなんでしょ? でも、それもう大丈夫だから。やらなくていいから」

「え? それってどういう意味? なんかだとってもイヤな予感がするんだけど!」


 ミズハさんが不安そうにイサミさんと勇者様の顔を交互に見比べるのも、仕方のないことだった。

 だっていかにも「今から面白いことが始まるぜ!」とばかりに、イサミさんの顔がニヤついてるんだもん。

 そして。

 

「えーえー、ホームルームが終わったところで申し訳ありませんが、今の放送を見ていて自分も協力してやろうって方は、どうか今から十分以内に校庭まで出ていただけますでしょうか? 十分後、こちら二階の二年三組の教室からで恐縮ではございますが、我らが生徒会長代理から一千万争奪作戦決行の大号令を行わせていただきます!」


 部屋の片隅、なにやらレンズみたいなものを付けた小さな筒に向かって、イサミさんが珍しく丁寧な言葉で話し始める。


 同時に部屋の外から聞こえる大歓声。

 してやったりの笑顔を浮かべるイサミさんとは対照的に、ミズハさんはオロオロしっぱなしだ。

 

「こ、こ、こ、こ、これはなにーっ!? イサミン、まさかこれ?」

「うしっ、これがメインイベントですっ。先ほどまでのやりとりを、ばっちり全クラスに向けて生放映させていただきましたぜっ、生徒会長代理様!」

「な、な、な、な、生放映っ!?」

「いやー、さすがに生はハプニングはつきものだって言うけど、ミズハがあんないい感じで大河をあやすとは思ってなくてさぁ。あのままではキスまでいっちゃうんじゃないのって、慌ててストップ入れてよかったよかった」

「キ、キス!? そ、そんなのやってないよっ! 公園で抱きついただけだもん!」


 と自分で言っておいてしまったと両手で口を押させるミズハさん。

 おかげで視界が再び開けた……と思ったら、ミズハさんったら恥ずかしさのあまり床に蹲るもんだからやっぱり勇者様の顔が見えないッ!


「おおっーと、今の発言はすごく気になるぞー! が、まぁそれはあとで詳しく聞くとして。おいおい、すげぇことになってきたぞ! 校庭にどんどん人が集まってきやがる!」

 

 イサミさんがニマニマしながら、ミズハさんへ「見てみろよ」と手を差し伸べて立ち上がらせる。


 そう、呼びかけから五分と経っていなかった。

 なのにまるで建物から吐き出されるかのように、校庭がもの凄い勢いで人で埋め尽くされていく。

 その壮大な光景を一目見ようと、教室の皆さんも一斉に窓側へと押し寄せて歓声をあげた。

 

 対してそれを見たミズハさんは、再びあたしたちの金属板を両手で握り絞めて、そして「あううう」と声を絞り出して再びしゃがみ込むのだった。

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