第51話:ミズハさんはどえむ!?

 世界中の冒険者たちが羨むほどの資産を持っていた勇者様。

 でも、そのほとんどを私なんかに使ってしまった。

 勇者様が一体何を考えていたのか、全然分からない。分からないけれど……。


「大変申し訳ございませんでした」


 私は金属板の中で土下座を決めていた。

 

「え、なんで? どうしてキィちゃんが謝るの?」

「だってうちのおバカ勇者様が周りの期待を全部無視して壮大な無駄遣いをしちゃったわけでしょ?」


 うう、自分で言っていてますます凹みそう。

 

「もし勇者様がもっとまともな性格をしていて、ミズハさんたちと一緒に魔王様を倒す為にお金を使っていたら、今頃もしかしたら……」


 もしかしたら魔王様を倒すことができて、ミズハさんは学園祭をやり直すための資金を手に入れていたかもしれない。

 それを私なんかに……自分ではどうしようもないことだけど、心の奥がズキリと痛んだ。

 

「うーん、それはどうかな?」


 だけどミズハさんは首を傾げてにっこりと笑う。

 

「確かにあのお金があれば装備を充実出来るし、回復薬だって大量に買えたけどさ。でも、だからってキィちゃんにお金を使ったのは、少なくともハヅキ君にとっては無駄遣いじゃなかったと思うな」

「そう、ですかね?」

「だってハヅキ君はキィちゃんと一緒に旅をしたくて冒険者してたんだから」

「……は?」

「私ね、お金は無くなってもハヅキ君のキラータイトルなら魔王を倒せる可能性があると思って、何度も仲間に誘ったよ。でも、いつも最後には『俺はキィと冒険が出来たらそれでいいんだ』って断られてたもん」

「ええっ!?」


 なななななななななな、なにそれ!?

 ち、ち、ちょ、ちょっと、だから、そんな話聞かされても私、困るんですけど!

 

「確かに魔王さんを倒すのにキィちゃんは全く必要ないわ」

「いや、それもまたはっきり言われるのも困るんですけど」

「でも、ハヅキ君の目的がキィちゃんと一緒の冒険を楽しむことなら、そこにお金をつぎ込むのは当たり前だと思うよ?」


 勇者様の目的が、私との冒険を楽しむ?

 そんなことを言われても、私にはどうもピンとこない。

 

「でも、わたし、散々勇者様に酷いことされましたよ?」

「あはは、ハヅキ君、素直じゃないからねぇ。上手く愛情表現できないんだよ」


 愛情表現もなにも、私、叩かれたり、トラップ解除をさせられたり、それにヘンテコな育成までさせられたんですけどっ。

 

「でも、一見ヘンテコに見えるけど、よく考えたら生存確率が高まる鍛え方をされたと思わない?」

「そ、そうかなぁ? 生存確率でいうならVIT体力とか防御力とか上げてくれたほうがよくありませんか?」

「VITをいくら上げても防御力がぺらぺらだったら意味ないし、その防御力も対武器と対魔法のふたつがあるでしょ? どちらもしっかり鍛えるには相当なレベルと装備が必要だよ。それよりもLUKで全体の能力補正を高めて、AGIでさらに回避能力を強化する方がぐっと効果的だと思うなぁ」


 そ、そうなの?

 うーん、今までずっと勇者様の気まぐれで育てられたと思っていたけれど、ミズハさんに解説されると結構勇者様って考えてたのかなぁって思えてきた。


「それにVITを上げると、どうしても体重増えちゃうし。そんなところもハヅキ君は考慮してくれていたんじゃないかなぁ」

「うそん? 私の体重にまで!?」


 ごめん。さすがにそれは信じられない。


「なにより一番命の危険がある戦闘に参加させなかったでしょ? これだけでもハヅキ君がどれだけキィちゃんを大切にしていたか分かると思うんだけどなぁ」

「で、でも! 怪しげな宝箱を開けたりとか、トラップの解除とかは私の仕事でしたよ?」


 こいつらだって下手したら爆発したり、毒ガスが噴射されたりして戦闘並みに危険じゃないかっ。


「うーん、それはきっとキィちゃんの性格のせいじゃないかな?」

「なんですと?」

「だって、ほら、キィちゃんって精神的なバイタリティはすごいじゃない。マッパーだってとても大切な仕事なのに、それだけじゃガマンできない、私も戦闘に参加したいとか言ってさ。だから少しでもキィちゃんに仕事をさせてあげようと思ったハヅキ君の、苦肉の策がトラップ解除とかだったんじゃない……かな?」


 ミズハさんも苦しいと思ったのか、最後は苦笑気味だった。

 うん、苦しい。とても苦しい、トンデモ理論展開ですよ、ミズハさん。

 私はここぞとばかりに、私がこれまで勇者様から受けてきた虐待の数々をまくしたてた。

 ……だと言うのに。


「って、ちょっと、ミズハさん。なんでそんな嬉しそうに私の話を聞いているんですかっ!?」


 そうなんだ、私の聞くも涙語るも涙の苦労話のはずなのに、何故かミズハさんはニコニコしながら私の話に耳を傾けていた。


「え? ああ、えーと、うん、そのね」


 しかも珍しく口どもるしっ!


「なに、もしかしてミズハさんも私が困るのを見て喜ぶ『どえす』だったりするの?」

「ち、違うよ! 私はどちらかと言えば『えむ』の方だもん!」

「え?」

「あ、あははは、いや、そうじゃなくてね。キィちゃんの話を聞いていて、そう言えばって昔のことを思い出していたの」


 子供の頃、幼馴染の大河さんは何故かミズハさんにだけちょっと意地悪だった。

 一度さすがにガマンが出来なくなって家に泣いて帰ったら、ミズハさんのお母さんはとてもびっくりしたそうだ。

 でも、事情を聞いたお母さんはニッコリ笑って「あらあら、ハヅキ君はほんとにミズキのことが大好きなのね」と言ってきたらしい。


「『男の子って本当に自分が大好きな女の子には、ちょっと意地悪になるものなのよ』ってお母さんが言ったの。それを聞いて私は『ああ、そうだったんだぁ』って、自分が嫌われていなかったことにホッとして、なんだかこそばゆいけどほわわーって温かい気持ちになっちゃって。それからハヅキ君の意地悪が逆に嬉しくなったの」


 だから実のところ、ミズハさんにとっては勇者様が楽しそうに私の頭を叩いてツッコミを入れている姿も、深い愛情表現に見えるそうだ。

 無遠慮に頭を叩かれる私としては、実に迷惑極まりない話だけど。

 

「正直なところを言っちゃうと、ハヅキ君にそんなふうにしてもらえるキィちゃんが羨ましかったよ」


 さすがは『どえむ』なミズハさん。理解しがたいです。

 

「はぁ。まぁ、ミズハさんの性癖はともかくとして、どうして勇者様は私を選んだんです? 私、普通のメイドですよ? 私なんかよりミズハさんと冒険した方がよっぽど楽しいと思ういますけど?」

「……私たちじゃダメだったんだよ」


 急にミズハさんのトーンが下がった。

 

「私、たち?」

「うん。私たち、普通の冒険者じゃダメだった、と思う。だってハヅキ君は多分、こっちの世界で人間不信になっていたと思うから」

「人間不信……」


 私はうーんと勇者様と冒険者たちのやり取りを思い出す。

 確かに勇者様は他の冒険者たちとパーティを組むのを拒み続けていた。それは単純に唯我独尊な性格が故だと思ってたけど、まさかそんな理由があったなんて。

 

「あのね、私、さっきハヅキ君を仲間にしようとしていたのには三つの理由があった、って言ったのを覚えてる?」

「え? あ、はい」

 

 唐突な話題転換に一瞬戸惑う。

 

「ひとつめはハヅキ君が大河君に似ているから。ふたつめは大河君なら魔王さんに勝てるかもしれないから。そしてみっつめは――」


 ミズハさんが微かに息を飲み込んだ。

 

「ハヅキ君の人間不信を直せたら、きっと大河君にも応用出来ると思ったんだ……。ごめんねキィちゃん、軽蔑したでしょ?」

「いえ……」


 正直、ショックがないと言えばウソになる。そんな練習台みたいなことで勇者様を仲間に誘っていたなんて、ミズハさんのファンな私としては知りたくないことだった。

 だけど。

 

「神様の怒りを受けてまで仲間の大切さを訴えたミズハさんの気持ち、きっと勇者様にも伝わったと思います」


 そう、最終的に勇者様はミズハさんの要望に応じて一騎打ちモードを解除した。あれはきっと勇者様が人間不信をとうとう断ち切れたからに違いない。どんな思惑があったにせよ、ミズハさんが勇者様を立ち直らせたのは事実なのだ。

 

「ありがとキィちゃん。でも、どうなんだろう。むしろかえってハヅキ君のキズをえぐっちゃったかもしれない」


 言われて一騎打ちモードを解除した途端、瀕死の勇者様のことなんかほったらかしで魔王様に飛び掛っていった冒険者たちの姿を思い出す。


 それまでの勇者様の態度を考えたら自業自得だけれど、脳裏に蘇ったあまりに醜い光景に思わず顔を顰めた。

 

「結局、私はハヅキ君を立ち直らせることが出来なかったのかもしれない。だからね、そんな私が今度は大河君でも同じ失敗をしちゃうかもしれないって、今、とても不安なんだ。でも、やらなきゃ」


 私が覗き込む窓に、ミズハさんがそっと指先を触れると、文字を表示する窓が現われた。

 一番上に大河さんの署名がある。

 そこにはただ一言、こう記されてあった。


「みんなに話したいことがある。話を聞いてほしい」

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