第50話:おバカなニューカマー

「すべては数か月前の話。それから何度も話をしようってメッセージを送ったり、家にも行ったんだけど、全部拒否されて。私、あんな噂なんて全然信じていないのに……」


 まつ毛を震わせて目を伏せるミズハさんの表情から、どうしようもない悲しみや苦しみが私にも伝わってきた。

 

「だからね、考えたの。どうすればこの状況を変えることができるのだろう、どうすれば学園祭前の大河君やみんなに戻れるんだろう、って」


 だけどすぐに顔を上げて前を見つめるミズハさんはやっぱりとても前向きな人で、私もうんうんと頷いてしまう。


 そうだよね、家に引き籠って噂がなくなるのを消えて待つより、なんとかして状況を変えようととにかく動くのが大切だよ。

 大河さんって人も少しはミズハさんを見習えばいいのに。

 

「そして思ったんだよ。そうだ、学園祭をやり直そう、って」

「あ、それいいですねっ! そうそう、失敗してもやり直しすれば」

「でもね、それにはひとつ問題があるの」

「ひとつだけ!? だったら全然余裕じゃないですかっ!」

「お金、なんだけど……」

「あ、それは無理ィー」


 やっぱりこっちの世界でも先立つものは銭なんだなぁ。あー、なんて世知辛い。

 

「開催時期は三年生の卒業式後ならいいと先生から許可をもらったんだけど、予算ばかりはどうにもならなかった。だけど諦めが悪い私は、何とか一獲千金出来る方法を探したんだ。そうして見つけたのが『魔王様のゲーム』」

「え、それって私たちの世界のこと……あ!」

「そう、魔王さんにかかっていた懸賞金だよ」


 そうか、そうだったのか!

 さっき、お金欲しさに勇者様を仲間に引き入れようとしていたと聞いた時は、何だかショックだった。

 それは私の知らない、ミズハさんの汚い部分を見せられたような気がしたからだ。

 

 でも、こうして理由を聞いた今、そんなのは全部吹き飛んだ。

 ミズハさんは自分の為にお金が欲しかったんじゃない。みんなのため、自信を無くして家に引き籠ってしまった幼馴染のために、どうしてもお金が必要だったんだ!

 

 その目的は、それこそ私が知っているミズハさんそのものだった!

 

「とは言っても、歴代のゲーマーたちでも倒せなかった魔王さんだからね。私なんて駆け出しがいくら頑張っても勝てる見込みはほとんどなかった。それにサービス終了期間も迫っていたし、やっぱりこれは無理かなぁと諦めかけていたところに凄いニュースが飛び込んできた」

「凄いニュース? なんですか、それは?」

「とんでもない所持金を持った初心者がログインしてきたんだよ」


 その新人に一番早く気付いたのは、高レベル冒険者のドエルフだったそうだ。

 おそらくはレベル80スキルの『情報収集』で見つけたのだろう。


 今や最古参な自分よりも巨大な資産を持ち込んできた新人に、彼のグループは接触を試みた。

 一度引退した高レベル冒険者の復帰か、あるいはその資産を受け継いだか、はたまたサービス終了目前のゲームに何百万もの大金を課金出来るほどの大金持ちかは分からない。

 でも、どちらにしろ本気で魔王討伐を考えている輩ならば、上手く仲間に取り入れてあわよくばと考えたのだ。

 

「そんなドエルフたちの動きに、ライバルグループたちも気づいたの。そのうちのひとつが私に教えてくれてね。私も慌てて噂の新人に会いに行った」


 そして件の新人冒険者がホームタウンにしているニーデンドディエスでミズハさんが見たのは、ドエルフたちを引き連れて歩く、見知らぬ冒険者の姿だった。

 平行して歩きながら、ドエルフたちは懸命に新人に話しかけているようだ。

 でも、新人はとことん無視し続け、やがて冒険者ギルドの斡旋所に入っていった。

 

「斡旋所って傭兵さんを雇う時に行くところですよね? うわぁ、いろんな人から仲間に誘われておきながらそんなところに行くなんて、よっぽど変わってるなぁ」

「そうだね。でも、中にはレベルを稼ぐためにあえて冒険者とパーティを組まず、傭兵を雇う人もいるの。傭兵には戦闘での経験値分配がないからね」


 うわ、なんてケチくさい。まるでどこぞの勇者様みたいな人だ。

 

「でもね、その人が斡旋所に行ったのはもうひとつの目的があったんだ」

「え? 傭兵を雇う以外に何か出来るんですか?」

「うん。一時的な仲間に過ぎない傭兵とは違う、

「へぇ……」


 なんだろ、そんな人をひとり、とてもよく知っているような気がする。

 それに「契約」でも「雇う」でもなく「作る」ってどういう意味……?

 

「でもね、普通の人はそんなサービスなんて利用したことがないの。だって仲間になってくれる冒険者はいっぱいいるし、そもそもこれ、凄いお金がかかるんだよ」

「……ちなみにおいくら万エーンぐらいなんです?」

「なんと五千万エーン!」

「ご、五千! ええっ!?」


 多分馬鹿みたいに高いんだろうなぁ、驚かない、驚かないぞ、と自分に言い聞かせたつもりだったけれど、無理だった。

 腰が抜けそうになった。

 いえ、ウソつきました、腰抜けてます、今。


「しかもその人、作ったお供の女の子の装備も最高級のを揃えてね。これでほとんどの所持金を使っちゃったの」

「うええ!? てことは、あの、やっぱりそのお供って……」

「そう、キィちゃん。そしてお金持ちの新人ってのはハヅキ君のこと」


 マジかー!?

 ああ、あのおバカ、そんな大金を使って普通のメイドな私を冒険者にして何がしたかったんだ?


 しかもアホみたいにLUKとAGLだけ上げて、STRは初期の3のままって、無駄使いにもほどがある。こんなのに何千万エーンもつぎ込むぐらいなら、美味いんだ棒を一生分勝った方が遥かに有意義……あ、自分で言っててちょっと凹んだ。

 

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