第49話:失敗した学園祭とつまらない噂
お兄さんが生徒会長を勤めていた時は、会長自らが自由な校風を目標に、時代に合わない古い制度の廃止や生徒主体の行事内容などを訴えて、次々と実現させていった。
対してその次に選ばれた生徒会長は、そこそこの人望はあるものの、先代ほどの旗振りは出来なかった。
新風と停滞。そのふたつを体験してきた生徒たちが、再度新しい風を期待するのは当然だろう。
かつての英雄の弟への支持は大きく、見事生徒会長選挙に当選した。
「最初はね、生徒会でも期待する人は多かったよ。私たちの代のほとんどが大河君のお兄さんに憧れて生徒会に入ったぐらいだしね。……でも」
生徒会はすぐに自分たちがとんでもないリーダーを招き入れたことを知る。
そもそも生徒会は、生徒会長をはじめとする役員と、その補佐で構成されているらしい。補佐は一年ほどそれぞれの役員の元で働き、知識と経験を身につけた彼らの多くが新生徒会の発足時に役員に昇格する。
確かに何にも知らない人を新たに選出するよりも、ずっと効率がいい方法だ。
「でも、大河君は就任早々、いきなりこの取り決めを無視したの」
名目では「より自由な風を巻き起こすため」とあったものの、大河さんが自分の友達だけで役員を固めようという魂胆がミエミエだった。
これに対してもちろん生徒会は反発。生徒会長の職権乱用による無謀な人事だと周囲に訴えたが、生徒会もこの一年間でこれといった実績を挙げられなかったという弱点もあり、「あえて全く何も知らない人のほうが自由な発想がでてくるのかも」と、民意は新生徒会長を支持した。
結局、従来の生徒会からは副生徒会長にミズハさんが就任しただけで、他の人たちはそのまま補佐役を続けるか、辞めることになった。
暗雲漂う船出となった新生徒会。不安は的中し、ただ生徒会室でだべっているだけで仕事もせず、そのくせやたらと偉そうな役員に、残ってくれた補佐役たちもすっかりやる気をなくして、辞めていくのにそう時間はかからなかった。
それでも生徒会がなんとか運営できていたのは、すべて生徒会長である大河君の頑張りだとミズハさんは言う。
意外なことにお兄さんに負けず劣らず優秀で、精力的で、献身的だったそうだ。
多くの人が辞め、役員も働かない生徒会の中で、ミズハさんの協力を得て様々な仕事をこなしていく幼馴染は本当に頼もしかったらしい。
しかもどんなに忙しくても一切嫌な顔をせず、むしろ以前のように生き生きとした笑顔を見せる大河さんに、ミズハさんはかつて自分が憧れた頃の輝きを見たような気がした。
気が付けば朝の通学も以前と同じく一緒に登校し、大変ではあるけれども放課後の生徒会活動はふたりだけの楽しい時間の共有となっていった。
もちろん、このままではいけない。自分たちが引退する来年の夏までに補佐役を育て上げ、次の生徒会の土台作りをしなくてはいけない。
だけど、それもアテがあった。
生徒会最大の大仕事である学園祭がそれだ。
ミズハさんが言うに学園祭とは、秋の感謝祭みたいなものらしい。
ただ、基本的には演劇とか展示とか地味なものばかりだそうで、お兄さんが生徒会長を務めていた二年前からようやく夜のキャンプファイアーが認められたのだとか。
それでも祭りって銘打ちながら出店がないのは寂しい限りだ。
が、今回は違う。
学園祭の会議で役員たちが出店とかライブとか好き勝手発言したものを、ふたりが学校側と粘り強く、何度も修正案を出して交渉した結果、ついに許しが出た。
それを聞いて普段は何のやる気もみせない役員たちも乗り気になって、学園祭の準備だけは精力的に手伝ってくれたそうだ。
かくして学校全体も、従来よりもずっとワクワクする学園祭に胸を高鳴らせ、成功を目指して一丸となっていく。
そんな光景に、学園祭が大いに盛り上がれば、きっと新しく生徒会に入りたいって人も現われるに違いないとミズハさんは自信を持っていた。
「でもね。ダメだったんだ」
「ダメって、何がですか?」
「学園祭ね……大失敗しちゃったの」
私の入っている金属板をぎゅっとミズハさんが握り締める。
「失敗って、そんな……。一体何があったんです?」
「うん。実はね」
ミズハさんの手がかすかに震えていた。
ことの発端は学園祭前日の夜。
とあるクラスの女の子が血色を変えて、生徒会室に飛び込んできた。
「ちょっと、今さらうちの焼き鳥屋が許可出来ないってどういうことよ!?」
「え?」
どういうこともなにも、そんな話は全く聞いていなかった。
ここまで来てのいきなりのダメ出しで頭に血が上る女の子をなんとか落ち着かせ話を聞いてみると、どうやら生徒会役員のひとりが「保健所の許可が下りなかったから、明日の出店は認められない」と通告してきたらしい。
本番を控えて興奮する心に、突然冷や水をぶっかけられたようだったとミズハさんは振り返るけれど、むしろそれは悪夢の始まりにすぎなかった。
予想外の事態に驚くミズハさんたちのもとへ、次から次へと生徒会室に怒鳴り込んでくる生徒たち。みんな、明日の学園祭で飲食の出店を予定していたクラスの代表たちだった。
訳が分からなくてパニックになりかけながらも、ミズハさんはなんとか真相が分かるまで落ち着いてほしいとみんなをなだめた。
全部ウソであってほしい。性質の悪い冗談であってほしい。何度も願った。
だけど保健所への許可申請を担当した役員に、電話で事情を確認していた大河さんからの報告は最悪のものだった。
「なんてこった。あいつ、保健所になにひとつ申請してなかったらしい……」
取り返しの付かない失態に容赦なく浴びせられる罵詈雑言は、深夜にまで及んだ。
そして当日。
本来なら至る所で威勢のいい客引きの声が響き渡るはずだった校舎は静まりかえっていた。
準備だけで放置された出店の数々は、本当に寂しい光景だったそうだ。
それでもまだ学園祭の、もうひとつの目玉である野外ライブには、多くの生徒が集まってくれた。
昨日のショックから完全に立ち直るのはもちろん無理だけれども、せめて野外ライブは成功させようと意気込むには余りある熱量に、ふたりは救われたように感じた。
「そう、この時はまだ、あんなことになるとは思ってもいなかったんだ……」
最初の三組目までは順調に行っていた。
演奏はどれも褒められたものではなく、ミスも多かったけれど、それでも学園祭を少しでも盛り上げようと頑張って、観衆もまたそんな雰囲気を存分に楽しんでいた。
だけど四組目……役員のひとりが他校に口を利いてゲスト出演してもらったグループが全てを無茶苦茶にした。
「おい、てめぇら! なんつーダサい演奏してんだ、あぁ? せっかく俺たちがこんなショボイ中学まで来てやったっつーのによ、サイテーの音聞かされて、マジ、ムカつくわ!」
最初はそういう過激なマイクパフォーマンスなんだと思った。
ところが用意したアンプを蹴り飛ばし、レンタルのドラムセットを観客めがけてぶん投げるに至っては、笑って許される事態をとっくに通り越していた。
慌てて止めに入る大河さん。が、相手は話に応じるどころか、問答無用で殴り飛ばす。
横っ面に強烈な一撃を喰らい、吹き飛ばされた大河さんは床に頭をぶつけてあっさり気を失った。
続いてステージ脇に控えていた出演予定者たちも飛び出し、また腕力に自信のある生徒たちもステージに登っての大乱闘が始まった。
ステージに張られていた幕はたちまちずたぼろになり、セットもめちゃくちゃ。そして足場を組み、ステージを上部から照らす照明を設置した櫓が傾き、
「きゃああああああああ!」
あろうことか観客席に横倒しになって、逃げ遅れた生徒たちが下敷きになってしまった。
その後、ミズハさんが覚えているのは、けたたましいサイレンと共に回転する赤色灯の、まるで血のような色だけだそうだ。
当然、学園祭は中止になった。
飲食店は出店することすら出来ず、野外ライブは多数の怪我人を出し、体育館で予定されていた演劇部の出し物なども全てキャンセルされた。
もちろん、グラウンドの中央に設置されたキャンプファイアーも点火されることは無く、翌日の午後に業者が撤収に来るまで放置されたその姿を見る度に、みんなはなんともいえない空しさを募らせるのだった。
大失敗に終わった学園祭。
もちろん、非難の矛先が生徒会長の大河さんに向かうのは当然のことだ。
大河さんがどれほど頑張って学園祭の準備を進めてきたかを知っている人は決して少なくなかったけれど、今回の失敗の原因を作った役員たちを選出したのも彼自身だったわけで、非難はかわせそうもなかった。
さらに今回の騒動にまつわる、ある噂が流れて風向きは完全な逆風となった。
「噂ってなんだったんです?」
「ホント、それがすっごくつまらないものでね」
思い出すだけでも腹が立つとばかりに打ち明けてくれたミズハさんの話は、確かにゲスな噂だった。
単純に要約すれば、全てはミズハさんを独り占めしたいという大河さんの独占欲が引き鉄だった、というもの。
まず大河さんは邪魔な生徒会の補佐役たちを排除するべく、酷い役員人事を敢行。結果、やる気を失って補佐役が次々と生徒会を辞める。
やがて役員たちも飽きて生徒会室には顔を見せないようになり、大河さんはミズハさんとふたりきりで仕事ができるようになる。とてもひとりでは捌ききれない仕事が残るものの、それとてミズハさんと一緒に仕事が出来る良い口実となり、大河さんがどんな仕事でもミズハさんとなら嬉々としてこなしていたのも事実だった。
そしてそんな大河さんの策略を、役員に選出された仲間たちもやがて面白くないと感じるようになる。
しかもそのうちのひとりが近々親の都合で転校が決まり、どんなひどいことでもやらかせる状況が生まれた。
かくしてその彼が保健所の無申請という泥を被ることで、他の役員たちも大河さんにひとあわ吹かせようと一致団結し、今回の大失敗を引き起こした、ということらしい。
あくまで噂であって、本当かどうかは分からない。
でも、役員のうちのひとり、例の保健所問題の生徒が学園祭終了後に転校し、子供の頃からの大河さんとミズハさんの仲もどこからか知れ渡って、全ては生徒会長の自業自得、そんなものに自分たちは巻き込まれたんだと生徒たちの怒りは完全に大河さんに向けられた。
瞬く間に生徒会長解任を求める運動が生徒たちの間で広まり、罷免に必要な署名はすぐに集まったという。
かくして生徒会は崩壊し、大河さんは学校に行かず家に引き籠るようになってしまったそうだ。
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