第48話:大河
イサミさんと別れ、人の流れに反するように歩いてミズハさんが向かった先は、少し開けた場所だった。
なんでもこの世界の公園らしくて、なにやらよく分からないものが色々と置いてある。
そのうちのひとつ、ブランコって言うらしい宙吊りの木の板にミズハさんが腰掛けた。
吐き出される白い息は、慌てて走ってきたことによるものか、それとも思わずこぼれた溜息か。
曇った窓からではどちらとも判別出来なかった。
「
しばらくして心と体が落ち着いたのだろう、ミズハさんが私に話しかけてきた。
「そう、なんですね。でも、さっきのイサミさんの様子だと……」
「うん。ちょっと色々あってね……キィちゃん、私さ、そっちの世界でハヅキ君をなんとかして自分の仲間にしようとしてたでしょ?」
「え? ああ、はい」
話が思わぬところに飛んだので、少しびっくりした。
「あれにはみっつの理由があるの。ひとつはハヅキ君がどこか大河君に似ていたから」
「…………」
あー、アレに似ているのか……ミズハさんも苦労するなぁ、とはさすがに言える雰囲気じゃなかった。
「そしてもうひとつは、ハヅキ君の
「…………」
そのことはミズハさんが声を奪われた時に気付いていたけど、なんだか改めて言われるとやっぱりショックだった。
「でもそれも全ては大河君のため。大河君ともう一度やり直しするにはこれしかなかったんだよ……」
話、聞いてくれる? と続けるミズハさんの胸の上で、私はコクンと頷いた。
子供の頃、ミズハさんにとって大河って人はまさに勇者だったそうだ。
ワンパクだけど優しくて、強引だけど頼り甲斐がある。
まぁ、無理矢理裏山の探検に付き合わされた挙句、野犬に襲われた時は泣きそうになったけれどとミズハさんは苦笑いするも、でも自分の身を挺して野犬から必死に守ってくれた大河君は本当に格好良かったんだとすぐにちょっと照れた表情になって話してくれた。
そんな行動力溢れるわんぱく坊主は常に集団の先頭に立ち、みんなの憧れだったと言う。
「ただ、成長していくにつれて価値観って変わっていくんだよね」
いつまでも子供のままの幼馴染に対して、周りはゆっくり大人としての価値観を見出していく。
遊びの中心にいるのは変わらないけれど「塾があるから」「習いごとを始めたんだ」と少しずつ人が離れ始める……。
「そして私たちが中学に入った頃、大きな転機が訪れたの」
中学生になったミズハさんたち(よく分からないけれど、ミズハさんの世界では大人になる為の施設があるそうで、中学ってのはそのひとつだそうだ。このあとも色々と私の知らない言葉が次々と出てきたのだけれど、その度に話の腰を折るのは申し訳ないのであえてツッコミはいれないことにした)は大きな講堂に集められ、そこで驚きの人物に出会う。
そもそもこのお兄さんのことを、それまでのミズハさんはあんまり覚えていないらしい。
子供の頃は普通に遊んだこともあったらしいけど、弟と違って大人しく、地味な人で、いるのかいないのかよく分からない、そんな印象の人だったそうだ。
それぐらい影の薄かったお兄さん。
ところが中学では生徒会長になっていて、新入生歓迎の挨拶を大勢の人の前で堂々と話すお兄さんは、ミズハさんの知っている人とは全くの別人に成長していた。
落ち着きがありつつも、それでいて情熱的で、さらにユーモアもあって周りを爆笑させたりもして――。
「その、すごく格好良かったんだ。私たちと二歳しか変わらないのに、ああ、すごい大人だなぁって。私、つい夢中になっちゃって……」
だから壇上のお兄さんに憧れの眼差しを送るミズハさんを、大河さんが面白くなさそうに見つめるのに気がつけなかった。
「中学生になって、大人の階段を登り始めて、けれど大人になるってどういうことか分からなくて。そんな時に突然現われた、自分たちよりもずっと大人な存在にすごく憧れたの。……だけど、それまで一緒にいてくれた大河君の気持ちもちゃんと考えなきゃいけなかったんだ」
ミズハさんが悔やむように、この時を境にふたりの関係は大きく変わってしまった。
生徒会に入ったミズハさんは以前のように自由な時間が取れなくなって、放課後にふたりで遊ぶ機会が激減した。
さらにそれまでふたりだけだった登校にお兄さんが加わる。
最初のうちはまだ三人揃って登校していたものの、基本的に会話の内容が生徒会のことだったこともあって、やがて大河さんはふたりに距離を置くようになってしまった。
その距離は一年後、お兄さんが中学を卒業した頃には埋めがたいまでになっていて、結局お兄さんがいなくなっても一緒に登校することはしばらくなかったそうだ。
「やっぱり寂しかったよ。でも、私も生徒会の仕事で忙しかったし、大河君も新しい友達との付き合いがあって……」
ミズハさんが言い澱む。どうやらこのあたりは色々とわだかまりがあるらしい。
とにかく、いつかじっくり話し合いたいと思いながらも、なかなかそんな機会もないまま、時間は流れ……。
「そして大河君が突然、生徒会に乗り込んできたの」
中学二年の初夏。
新しい生徒会長募集に、突然、疎遠になっていた幼馴染が立候補してきたのだった。
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