第47話:似ているふたり

 そんなわけで。

 私は念願のスコーンを存分にゲットして、ミズハさんの携帯金属板に戻った。


 いつもなら金属板はポケットにしまうらしいけど、ミズハさんは私に外の世界が見えるようにと、ヒモをくくりつけて首から吊らしてくれる。

 おかげでミズハさんの胸元あたりで世界をみることができた。歩くと揺れるのが辛いかなと思ったけれど……ゴメン、こっちのミズハさんのぺったんこな胸板は安定感抜群だ。

 

 かくして私はむしゃむしゃとスコーンを食べながら神様の世界を観光ってシャレこんだのだけれど。

 気がつけばスコーンを食べるのも忘れるぐらい、その世界に圧倒されていた。

 

 とにかくスゴイ。何もかもがスゴイ。

 そもそもミズハさんの家そのものが、どこかの大商人の豪邸なんじゃないのって思うレベルの豪壮さだった。

 なのにいざ外に出てみたら、そんな家ばっかり。おまけに道路はとても広く清潔に整備されているし、車とかいう鉄の馬車がびゅんびゅん行き交う様子には危うく腰を抜かしかけた。

 あんな重そうな鉄の装甲を背負わされて、それでもあれだけのスピードで走るなんて、この世界の馬はもはやモンスターに近い生き物なのかもしれない。

 

 ところがミズハさんが言うには、モンスターなんていないらしい。

 言われてみれば、確かに冒険者のような格好をしている人たちを見かけなかった。


 とは言え、どの人もその格好からは何のお仕事をされているのかさっぱり分からない。

 みんな仕立ての良さそうな服を着ているけど、王族のような派手さはないし、商人のように背中に商品を背負っているわけでもない。聖職者のようなローブも羽織っておらず、木こりや猟師のような軽装も見かけない。

 

 あえて言うなら……男の人はみんな執事に見える。

 壮年の方、働き盛りの方、私と同じ年齢ぐらいの若い人とでは着ている服は若干違うけど、あの黒いコート姿は私の見解では執事以外は考えられない。


 対して若い女の人は、ミズハさんと同じように水兵さんみたいな服装の上に、こちらは色とりどりのコートを着ている人が多かった。

 でも、窓から見える景色に河やら海やらはちっとも見えず、なにより


「ミズハさん……あの……女の人のスカート、やたらと短くありませんか?」


 コートの隙間からチラリと見える、水兵さんにしてはどう考えても不適切なスカートの丈が気になって仕方なかった。


「うん。キィちゃん、私たちの世界はね、スカートは女の子の武器なのよ」


 見上げると、ミズハさんが神妙な面持ちで頷いていた。


「こんな真冬の最中でも穿かずにはいられないミニスカート……それは男たちを魅了するマジックアイテム。見えそうで見えない、でもラッキースケベで見えるかもしれないという期待を男たちに持たせ、さらにニーソックスとスカートの間の、絶対領域と呼ばれるわずかな隙間が、ってイタッ!」


 と、雄弁に語るミズハさんの頭が唐突に激しく揺れた。


「ゆずー、朝っぱらから何ひとりで変なことを呟いてるんだよー。完全に危ないヤツになってたぞ、お前」

「いたたたっ、それでも挨拶もなしに頭をどつくのはやめとくれよ、イサミン」


 頭を抱えながらミズハさんが振り返る。

 最初に目に飛び込んできたのは、立派なふたつのおもちだった。


「イサミンって呼ぶのはやめろっつーてるだろ……って、アレ、なんだ、そのスマホに映ってる女の子は?」


 そして女として羨望せざるを得ない大戦力を持ったその女性は腰を屈めて、私を覗きこんでくる。

 ちょっとキツめの目つきが特徴の、それでも高い鼻やシャープに整えられた輪郭がまさにクールビューティという言葉を連想させる美人さんだった。

 ポニーテールという髪型もよく似合っている。


「あ、どもどもー」


 私は事前にミズハさんから教わったように挨拶する。


「おいっす」


 驚きつつも、女の人も挨拶を返してくれた。

 

「おい、ゆず。この人、誰?」

「んー、私の親戚。今度この街に引っ越してくるかもしれないから、こうして案内してあげてるの」


 うん、そういうことになっている。

 ちなみに柚とは、ミズハさんのこちらの世界での名前。なんでもゲームの世界と、住む世界では名前を使い分けるのが普通なんだそうだ。

 

「へぇ。まぁ、確かにどことなく似てるわ」

「え? そうかな?」

「ああ。髪型とか顔のつくりとか、どことなく柚っぽいもん、この子」


 私がミズハさんに似ている?

 そうかなぁ? 言われてもイマイチぴんとこないなぁ。

 

「あと幼児体型なところもそっくり」

「「誰が幼児体型だっ!」」


 思わずミズハさんとハモった。

 

「おー、中身も似ていたか。さすが親戚、血は争えねぇな」

「あんなことを言われたら誰だって言い返すよっ! それに私たちは幼児体型じゃないもん、まだまだ発達途上なだけだもんっ!」

「そうですよ! 未来ある若者、無限の可能性、青い果実なんですっ!」

「青い果実ねぇ。オレの見立てでは青いまま出荷されそうだけど」

「「うるさいっ!」」


 ミズハさんは私の分もポカリとイサミさんの頭を叩く。

 でも、イサミさんは「ごめんごめん」と謝りながら大笑い。その屈託のない笑顔は、どこか憎めなかった。


 と、その時だ。

 ピコン。

 私の世界に何かの音が鳴り響いた。


「あ、LINE」

「オレもだ」


 イサミさんが鞄から、やっぱり金属板を取り出す。

 ミズハさんも私のいる金属板を手に取り、表面にタッチ。ぶぉんという音がして、さっき見たのとは様子が違う、文字がメインの窓が現われた。


「あ……」


 でも、その文字を見てミズハさんは言葉を失う。

 その隣で


「なんだよ、今さら大河のヤツが何を話そうって言うんだ!?」


 イサミさんが自分の金属板を眺め、忌々しそうに呟く。

 そして心底呆れましたとばかりに肩をすくめると、イサミさんは金属板を元の鞄の中にしまった。

 

「おい、こんなの無視しろよ、柚。どうせお前にも同じのが届いてたんだろ? 相手することないって。どうせ」

「イサミン、ごめん」


 イサミさんの言葉を遮るように、ミズハさんが声を絞り出す。

 搾り出す、ホントにそんな表現が相応しい感じだった。

 でも、すぐにいつもの口調に戻って


「あのね、ちょっとキィちゃんを連れて行きたいところがあるの。だから先に行っておいてくれるかにゃあ?」


 と明るく振る舞った。


「は? なんだそれ? サボリか? サボるつもりなのか? 生徒会長代理のくせに?」

「サボらないし、遅刻もしないって。ただ、ちょっと寄りたいところがあるだけ」


 ミズハさんが金属板から手を放す。

 私の世界がゆらゆらと揺れた。


「ふーん、まぁ、いいや。じゃあマジで遅刻すんなよ? 遅刻した時は風紀委員であるオレ様のケツキックでぶっ飛ばすから、覚悟しとけ」


 あはは、それはマジでヤだから頑張るとミズハさん。

 でも、駆け出すイサミさんを笑顔で見送った後に吐き出された息は――

 今まで以上に重く沈んだものだった。


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