第46話:駄メイドは新技を身に付けた!

「はぁ」


 もう何度目だろう、溜息をつかずにはいられない。


「す、すごい……」


 これまた今日何回も繰り返した言葉だった。いい加減自分のボキャブラリーの無さが泣けてくる。


「こ、こんなの初めて!」


 おっ、これは初めて使うフレーズ……って、ちょっと。


「ミズハさんっ、まるで私が言ったかのように割り込んでくるの、やめてくださいよぅ」


 しかもなんだかちょっとえっちぃぽい言葉だし。


「にひひ。ごめんごめん。だって、キィちゃんがさっきから溜息と『しゅ、しゅごい』

しか言ってないからさぁ」


「『しゅごい』なんて言ってませんよ!」

「え、言ってたじゃない? 私の特選ホモォアニメ動画を見て」

「うわわわわわわ、こんなところで何を言い出すんですかっー!」


 私はミズハさんの首から吊り下げられた四角くて固い金属の板――それは私たちの世界のステイタスカードにとてもよく似ていたけど、きっと他人の空似ってヤツだろう、うん、間違いない――の中から、懸命に抗議した。





 話は少し前にさかのぼる。


「学校とな?」


 色んな含みを持たせた宣戦布告をかまし、今度こそと意気込む魔王様が、神様に繋がっているはずの真っ黒い窓に手をかけた時のことだ。


 ミズハさんも「そろそろ私も学校に行かなくちゃ」と立ち上がった。


「学校とはなんだ? このままキィの話し相手になってもらおうと思っておったのだが」

「うーん、ごめんね。学校っていうのは私たちの年代なら基本的に通わなくちゃいけないところで」

「『基本的に』でいいのであれば、今日は休めばよかろう?」


 何故か食い下がる魔王様に、ミズハさんは両手を頭に寄せて、人差し指を突き出した。


「それが出来ればどれだけ楽か。うちのおかーさん、怒ったら怖いんだよう」


 言いながら震えるミズハさんの姿に、それはさぞかし恐ろしいんだろうなと私にも伝わってくる。


「あ、いいですよ、私は。ここで大人しく待ってますし。また戻ってきたら話をしてもらえば」

「うーん、ごめんねぇ。キィちゃん。今日は絶対早く帰ってくるから」


 と、ミズハさんは壁に掛けてあった可愛らしい茶色のコートを羽織ると、その胸ポケットから細い白い糸みたいなのを取り出して、先端を両耳に突っ込む。


「ん? ちょっと待て、ミズハ。それは何であるか?」

「え? あ、これ?」


 ミズハさんが胸ポケットから取り出したそれは、縦十五センチ、横五センチの金属板。ミズハさんが表面を触ると淡く発光して

 

「えっ、それってもしかしてステイうぶぶぶ」


 何故か知らないけれど、突然魔王様から口を押さえられた。


「ごほん。キィよ少し黙っておれ。さて、ミズハよ、それはもしやして今我らがいる世界のパソコンに繋がるのではなかろうか?」

「うん、繋が……あ、そうかっ! ちょっと待ってて」


 ミズハさんががさごそと鞄の中を漁ると、やはり白い線を取り出して一方を金属板に繋ぐ。そしてもう一方がパソコンに繋がれると


「あ、なんか小さな窓が現われた」


 普通より少し暗い窓が私の横にぽっかりと浮かび上がる。


「やはりな。先ほどのサポセンという連中らがそのようなものを使って余にミニゴーレムたちをけしかけたら、もしやしたらと思ったのだ。キィよ、その窓の中に入ってみるがいい」

「え? こんな小さな中に入るかなぁ?」


 大丈夫だ問題ないと魔王様が言うので、恐る恐る窓の中に足を突っ込む私。


「うっひゃ」


 なんだかよく分からない吸引力で窓の中に吸い込まれたかと思うと、次の瞬間にはドシンと床に落ちていた。


「あいたたた、お尻打ったぁ」


 私はお尻をさすりながら、辺りを確認する。

 私が出てきたであろう小さな窓と、もうひとつ明るい窓の外にはミズハさん。さらにミズハさんの奥、まるでステイタスカードをずっと大きくしたような金属板に魔王様が写りこんでいた。

 

「あれ? ってことは?」

「よし、やはりそちらにも移動出来たか。ミズハよ、それならば携帯出来るのであろう?」

「うん、そういう機械だからね」


 ミズハさんがパソコンから金属板と繋いでいた白い線を引き抜くと、私が出てきた小さな穴が消えちゃった。


「どう、キィちゃん、苦しいとかない?」

「あ、はい。全然大丈夫ですよ」


 私の返事にミズハさんが「よかった、切断しておいてなんだけど、空気とか遮断されちゃうのかなとちょっと心配しちゃったよ」と物騒なことを言い出した。

 勘弁してくださいよっ。そんなの死んじゃうじゃん、私っ!


「でも、これでキィちゃんを学校に連れて行けるよ。てか、連れて行っていいんだよね、魔王さん?」

「うむ。キィにはお前たちの世界を存分に見せてやってほしい」


 満足げに頷くと、しゅたっと片手を挙げて真っ黒な窓に手をかける魔王様……って


「ちょ、ちょっと待って、魔王様っ!」


 私は慌てて引き止めた。


「ミズハさん、私をパソコンに戻して。さっきの白い線を繋げたら、また戻れますよね?」

「おおっ、キィちゃんも分かってきたねぇ」


 うん、自分でもびっくりだけど、なんとなくこの世界が分かりつつあった。

 パソコンって機械に、また別の機械を繋ぐことで、私たちは自由にその間を行き来することができるんだ。実に便利、なんだけど、問題は……。


 私は再び現われたパソコンに繋がる窓へと、頭から飛び込む。

 ぽんっとパソコンの世界へと戻った私は、勢い余って一回転。でも、目にはしっかりと獲物を焼き付けていた。一体何なんだと訝しげな魔王様と、椅子と、テーブルと、そしてその上にあるのが私の獲物! よし、この体勢ならできる。今こそ私の新必殺技を見せる時!


「魔王様っ、スコーン食べさせてくださいっ!」


 ずさささっと地面に土下座の形で着地する私。

 華麗なる妙技に、魔王様も「お、おう」と答えるしかなかったのは言うまでもない。

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