第3章:ぽんこつメイドの嫌な予感は止まらない

第27話:魔王とドラゴンが街へやってきた!

 世界でも最古の街のひとつ・ニーデンドディエス。

 城壁に囲まれた、古い煉瓦造りのこの街があたしたちの本拠地だ。

 

 最初は城門内部だけの城下町だったと聞いている。

 そこへ集まってきた人たちがその外にお店を開き、居住地ができ、でもさすがに壁がないとモンスターに襲われる危険性があるからと外壁が建造されたかと思えば、またその外にお店を開く人が出始めてと、なんだか欲望の赴くままに増改築が繰り返されたおかげでごちゃごちゃとした街として有名なんだけど。


 でも、私はそんな人間の生活力溢れるこの街が大好きだ。


「おー、人間の街、スゴイのじゃー!」


 街に入る前からうずうずしている様子が丸分かりだった幼女形態のドラコちゃんが、第一城門を抜けた途端にたまらず感嘆の声をあげた。

 

 横目で見ると、魔王様もドラコちゃんほどではないものの「なるほど、人間たちもやるものだ」と呟いて、珍しそうに街の様子を眺めている。


「はっはっは、見たか、これが人間の力だ!」


 勇者様もいたくご満悦のよう。でもね、君たち、


「わぷっ!」

「むぅ!」

「いてぇ!」


 あたしは三人の頭を順にぽかりと殴ってやった。


「キィ、貴様、メイドの分際で俺様に手を上げるとは、いい根性してやがるじゃねぇか!?」

「自分で『人前では人間人間って騒ぐなよ』と注意したくせに、それをすっかり忘れている勇者様の方こそいい根性してますよっ!」


 他のふたりは殴られて事情を察したのに、まったくその様子が見られない勇者様をあたしはもう一度ぽかりと殴ってやる。

 レベル99の勇者様の頭は、でも、やっぱり中身が空っぽだと言わんばかりにとても良い音がした。



 ☆☆☆


 

 人間の街に魔王とドラゴンがやってくる!


 まるでサーカスか何かの売り文句みたいだけど、今回は正真正銘の魔王様とドラゴンだから正体がバレたら洒落にならない。

 だからあたしは街へ入る前に、人間としてのレクチャーをふたりにすることにした。


「ふむ。余は娘と共に各地を回る旅商人で、モンスターに襲われているところをおぬし達に助けられたという設定なのだな。で、名前が……」


 魔王様がうーんと虚空を睨む。おまけににょきにょきと額から角が……


「パトでしょ! あと、角出さないで!」

「ああ、そうであったな。パト・ラッシュであった」


 と言いつつ、慌てて角をひっこめる魔王様。

「人間の街に行くのに、その角は致命的ですねー」なんて言ったら、「そうか? だったらひっこめるが?」と角がしゅるしゅると額に収まったのには度肝を抜かれた。

 でも、気を抜いたら出てきちゃうのはさすがにマズい。


「キィ、安心するがよい。パパが何か問題を起こさないよう、わらわがしっかり見ておいてやるのじゃ」


 そう言って魔王様のお尻をぺちんと叩くのはドラコちゃん。

 パパという言葉がすんなり出てくるあたり、ドラコちゃんの方が旅商人の娘という設定に馴染んでいるのはちょっと意外だった。

 おまけに見た目まんまのお子様で、ある程度非常識な行動も子供ゆえに許されるという利点もある。

 だけど。


「ドラコちゃん、自慢げにしっぽを出すのはやめて」


 こちらもこちらで立派なしっぽが何かの拍子に羽織ったマントの中からちょろりと飛び出してくる。


 うん、やっぱりこんなふたりを今から街に連れて行くのはとんでもなく不安だ。

 もしふたりの正体が街の人たちにバレてしまったらどうなってしまうのだろう。なんせ片や伝説のドラゴン、もうひとりに至っては人類の敵である魔王様……バレたら街が大パニックになってしまうこと必至だ。

 

「だったら商人じゃなく、旅芸人って設定にしたらいいんじゃねーか?」


 浮かない顔をしていたら、珍しく勇者様が提案してきた。


「魔王は魔法で手品の真似事ぐらい出来るだろうし、ドラコも人間とドラゴンのハーフってことにすれば問題ねぇだろ」


「「おおーっ!」」


 魔王様とドラコちゃんが、いかにも名案って感じで声をあげた。

 って、いやいやいやいや。


「さすがに無理あるでしょー。そもそもドラゴンと人間のハーフなんて聞いたことないですよ」

「だから珍しいんじゃねーか。旅芸人ってのはそんなもんだろ?」


 そんなものなのか?


「いや、勇者の案はなかなか的を射ている。目立たないでおこうとするから何かあった時に言い訳出来ないのであって、普段から目立つようにしておけばそのようなものとして認知されるであろう」


 魔王様が早速てのひらに幾つものボールを出現させ、全身を使ってお手玉をするという曲芸を披露している。

 無駄に器用だな、この人!


「ドラコは? ドラコは何をすればいいのじゃ?」

「てめぇは炎でも吹いてろ」

「おおーっ、任せるのじゃー」


 得意気にドラコちゃんが竜巻状の炎を噴き上げる。

 もうめちゃくちゃだ。


「はぁ。大丈夫かな、こんなので」


 私の悩みはなんだかさっきより深刻になったような気がする。


「大丈夫だ、問題ない」


 きっぱりと魔王様。


「人間の街、楽しみなのじゃー」


 いつも通りの振る舞いが許されて、すっかり観光気分になってしまったドラコちゃん。


「おいおい、ドラコ。間違っても街で『人間』とか言うんじゃねーぞ。俺たちが人間なのは当たり前の事なんだからな」


 楽観的なふたりに比べて、まだ注意を促す勇者様はちょっぴり頼もしそうに見えた。



 ☆☆☆



 まぁ、実際は先ほどの有様だったんですけどね……。


「さて、これからどうするか、であるが……うむ、ちょうど良さそうな具合であるな」


 魔王様が城門広場の様子を見やって微笑む。

 視線を辿れば、そこにはさっきまで広場を駆け回っていたドラコちゃんが数人の子供たちに囲まれていた。


「ねーねー、キミ、どうしてしっぽがあるのー?」

「ふふん、ドラコはドラゴンと人間のハーフなのじゃ」

「ハーフ? ハーフってなぁに?」

「ドラゴンと人間の特徴を併せ持った存在のことじゃ。だからこうしてしっぽもあるし、ちょっと離れて見ておれ」


 ドラコちゃんは子供たちと距離を開けると、空に向かって炎を吐き出す。


「うわー! 火を噴いたーっ!」


 子供たちが騒ぐ、だけだったらよかった。


「なんだなんだ? いきなり炎が立ち上がったぞ!」

「今のはなんだ? あの子供がやったのか!?」


 広場にいた大人たちも驚き、にわかに辺りが騒然としてくる。

 しかも城門につめている門番も慌ててこちらに走ってきた。

 これはマズい。上手く説明しないと大変なことになる。


 と、思った時だった。


「うわー、スゴイ!」

「なんだ? 妖精たちが空中でダンスを踊っている?」

「ふわぁ、なんだか幻想的でとても奇麗ねぇ」


 空に噴き上げたドラコちゃんの炎の中から、背中に羽を伸ばした妖精たちが次々と現れて、それぞれ空中を飛びまわりながらダンスを披露し始めた。


 ある妖精は、空中をすいすーいと泳ぐように飛行し。

 またある妖精は、ニ回転、三回転と空中でバク転している。

 なかには数人で手を繋いでアクロバティックなダンスを披露する妖精たちもいる。

 そんな妖精たちは皆楽しそうに笑っていて、しかも動く度に体から星屑のような光が舞い散り、なんとも幻想的な光景だった。


「ん? これはフルートか?」


 妖精たちのダンスにすっかり見入る私たちの耳に、今度は心地よい音色が聞こえてきた。

 まるで高原の草花を揺らす風のような、森の中に流れる小川のせせらぎのような、心がゆったりする優しい音色が私たちを包む込む。


 そしてばらばらだった妖精たちも、音楽に合わせるようにフルートを演奏している魔王様の頭上に集まってきた。

 その場に居合わせた全ての人が注目する中、集まった妖精たちはまるでお日さまみたいに眩しく輝いて、高度を上げていく。

 対して魔王様のフルートは少しずつその音色が弱くなっていき、演奏が終わった瞬間、


 ぱああああああーーーん


 妖精たちが上空に大きく「ニーデンドディエスに栄光あれ!」と文字を浮かび上がらせて消えた。


「ニーデンドディエスの皆様、私は奇術師のパト・ラッシュ。こちらはドラゴンハーフのドラコ。我らのショー、楽しんでいただけましたでしょうか?」


 深々と頭を下げる魔王様と、その魔王様に頭を押させつけられて、やはりお辞儀する格好になったドラコちゃん。

 旅芸人の突然のショーに、城門広場に集まったみんなが拍手喝采で応えたのは言うまでもないだろう。


 てか、魔王様って変にエンターテイナーすぎるよね、うん。

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