第28話:全部貧乏が悪いんや

「くそう。あんなの反則だろう」


 行き交う人々で賑わう第二城門を抜けても、勇者様は相変わらず不満たらたらだった。


「まぁ、結果オーライだからいいじゃないですか。結局、勇者様のアイデアが冴えていたからこそ、ですよ」


 そんな勇者様をヨイショしてなだめつつ、あたしは先ほどの光景を思い出していた。


 魔王様やドラコちゃんの身分を隠す為、あえて目立つことをして旅芸人の印象付ける必要があったんだけど、その演出と効果たるや絶大だった。

 なんせショーが終わった途端にふたりの周りには大勢の人が集まり、ほどなくしてその中心から「おーい、キィ。皆様方が『復活の呪文亭』で我らに食事をご馳走してくれそうだ。そちらの用事を済ませたら迎えに来てくれ」と魔王様の声が聞こえてきたほどだ。


 ここで別れるのは少し不安だったけれど、でも、咄嗟にあんなことをやってのける魔王様だ。たとえ何かヘマをやらかしたとしても、上手く誤魔化して正体がバレたりはしないだろう。


 しかし、それにしても。


 魔王様がみんなに肩を抱かれたり、パンパンと親しげに叩かれたりしながら、復活の呪文亭へと移動する姿を思い出して苦笑する。

 あんな凄いのを披露したらゴチにありつけるのも分かるけど、魔王様ともあろうお方が人間に奢ってもらうのに全く抵抗がないというのもなぁ。なんというか、どんどん魔王様のイメージが庶民派になっていくよ。


 とにかくそんなわけで魔王様とドラコちゃんは復活の呪文亭に、あたしたちは高級素材を売りさばいてリッチになるべく、素材屋へと向かっていた。


 本音を言うと、出来ればその前に身奇麗にしておきたかったのだけれど、なんせ今のあたしたちは素寒貧。クリーニングにかかる五百エーンすら今は手持ちがないのだから仕方ない。

 ううっ、また素材屋のおねーさんに「キィちゃん、もうちょっとお洒落に気を使いなよ」なんて言われるんだろうなぁ。

 あたしだってお洒落したいよ、ちくしょうめ。


 でも、高級素材さえ無事売り捌くことができれば、そんな生活とはおさらばだ。

 勇者様にバレてしまった以上、すべてを懐に収める野望は儚く散った。でも、冒険で得たお金の最低一割は従者に支払わなければならないとギルドの規約にもある。

 さすがの勇者様もこれまでブツブツ言いながら、規約は守っていた。破ると最悪ギルド除名もありうるだけに、今回も遵守される可能性が高いだろう。


 となると、あたしの手元には一千三百万エーンの一割である百三十万エーンが入ってくる計算になる。

 これだけでも相当な金額だ。なんせ冒険者に優しい簡易食事店「マックン」の百エーンマックンクンが一万個以上食べられる! 


 わお、お金持ちってすばらしひ!


 他にもアレが欲しい、これも買い換えようなんて妄想を繰り広げていたら、自然と素材屋へ向かう足取りが速くなっていた。

 気が付けば素材屋はもうすぐそこ。あたしは思わず小走りで駆け出そうとして……


「ぐぇ」


 頭を勇者様に掴まれて、変な声をあげてしまった。


「い、いきなりなにするんですか、勇者様!? 危うく頭がもげちゃうところだったじゃないですかっ!」


 もちろん抗議する。でも、勇者様は険しい顔をして、ひとこと


「お前、臭うぞ」


 と、乙女に決して言ってはならない言葉を、いきなり投げかけてきた!


「なっ!?」

「さっきから俺たちとすれ違う奴らがみんな眉をひそめてるのに気が付かなかったか? アレ、絶対お前の体臭のせいだぞ」


 えええええっ!? うそん、そんなの全然気付いてなかったっ!


 てか、言われてみれば、確かに周りの人たちが険しい表情で私たちを見ているような気がする。ええっ、ヤダ、あたしだって好きで臭くなったんじゃないんだよぅ。これも全部貧乏が悪いんや……。


「ほれ、換金の方は俺がやっておいてやるから、お前はアリサの店に行ってこい」

「ふえ? でも、お金が」

「ふふん、これを見るがいい」


 と、勇者様が指先でくるくる回すのは紛れもなく五百エーン硬貨!


「ええっ!? なんでお金を持ってるの? カジノで素寒貧になったんじゃなかったんですかっ?」

「覚えておけ、キィ。俺たち冒険者はいつ死んでも身を清めることが出来るように、最低限の金は持っておくべきものなのだ」


 へへーっ、初めて知りましたっ。

 とゆーか、最初に勇者様がお亡くなりになった時、その身を清めるとか考えつきもしなかった。ゴメン、勇者様。


「しかし、遺憾ながら今はこの金をお前にやる。何故ならそんな臭い体で一緒に素材屋に入れば、恥をかくのはご主人様である俺様であるからな」


 そして勇者様はあたしの手に五百エーン硬貨を握らせた。

 たかが五百エーン。されど五百エーン。勇者様の言葉はあんまりだったけれど、今はこの身体をなんとかしたかったから、とてもありがたかった。


「あ、ありがとうございますっ。で、でも、換金を勇者様に任せるなんて」

「ふん、たまには俺がやってやる」

「あ、いや、そうじゃないんですけど……」


 正直なところ、換金したお金をネコババするんじゃないか心配なんですけど……。

 まぁでも、仮にネコババしても、素材屋からギルドに報告された換金金額を確認すれば悪事は一発で見抜けるし、問題ないかな?


「えーと、それじゃあ、申し訳ないんですけど、お願いします」


 あたしは背中にくくりつけたインセ樹の実を勇者様に預けると、手渡された五百エーンを握り締めてアリサさんの店に急ぐのだった。


 ちなみに。

 周りの注目を集めていた理由が、トゲトゲしたインセ樹の実を背中にくくりつけるというアバンギャルドすぎるファッションであったことを、あたしは後に知ることになるのだけれど。


 その時には既に何もかもが手遅れになっているのだった。

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