第24話:再戦②

「どおおおおりゃああああ!!」


 調子に乗った勇者様はここぞとばかりに剣を返し、力任せに跳ね上げた。

 魔法障壁を失って無防備な魔王様に、ぶおんと風を切り裂く圧倒的な破壊の一撃が迫る。

 思わず目を瞑りたくなるその一撃を、しかし魔王様は半身をずらすことで回避した。

 魔王様の鼻先ギリギリを通り過ぎていく刀身。見ているだけで背筋がぞっと凍りつく。


「なんの、まだまだぁぁぁぁ!」


 会心の一撃をかわされた勇者様は、だけど攻撃の手を緩めない。

 振り下ろし、振り上げと二回続けた上下攻撃から一転、今度は自らを軸にして魔王様めがけて水平斬りを繰り出す。


「うわん、あぶなっ!」


 驚いたことに、ふたりから離れたあたしの所にまで水平斬りの衝撃波が襲ってきた。

 すかさずしゃがみ込んで難を逃れたけど、あたしを通り越した衝撃波が後ろの木に当たり、ドカンと大きな音を立てる。


 うひゃあ、あれ、当たっていたら間違いなく死んでたな、あたし。


「ノッてきた! ノッてきたっ! ノッってきたぁぁぁぁぁ!」


 水平斬りを放ち終えた勇者様が、先ほどの水平斬りをあたし同様地面に片膝をつけてしゃがんでかわした魔王様の顔面めがけて大剣を突き立てる。

 これまたエグい攻撃だ。

 魔王様は冷静に横転して攻撃をかわすと、大きく後ろに跳ぶ。


「逃がすかよっ!」


 だけど勇者様の執拗な攻撃は止まらない。

 時に薙ぎ払い、振り下ろし、突き立ててと、重みのある大剣を軽々とぶん回し続け魔王様を攻め立てる。


「なんじゃ、アレは勇者か? また、えらいマッチョになりおったな」


 ふと気付くと横にドラコちゃんが立っていた。


「あ、起きちゃった?」

「こいつに起こされたのじゃ」


 見るとドラコちゃんはトゲトゲのついた亀の甲羅みたいな謎物体を恨めしそうに抱えている。


「なんです、これ?」

「知らぬ。どうやら何かの実のようじゃが、おおかた眠っていた傍にあった樹にこれが成っていたのじゃろう。とんだ災難じゃ」


 ああ、さっきの衝撃波が木に当たった時に落ちたのか。

 あたしがよけてしまったことは……うん、言わないでおこう。


「ありゃりゃ、でも、こんなのが落ちてきてよく無事だったねー」

「大きいだけで中は空っぽなのじゃ」


 ドラコちゃんが投げて寄越すのを、あたしは慌てて受け止めた。

 あ、ホントだ、見た目と違って全然軽いや。

 それでいて表面は硬く、トゲトゲに力を入れても全く折れる気配がない。


 と、そこでふと脳裏にフラッシュバックするものがあった。


 それはそう、あたしたちが冒険の拠点としている街の素材屋さん。

 その掲示板に「硬くて軽いインセ樹の実、超高価買取します!」と張り出されていた紙に、これとそっくりの絵が書かれていたはず。特徴も一致するし、まず間違いないだろう。


 買取金額は……えーと、確かメモを取っていたはず。


 あたしはエプロンのポケットから「マル秘お宝情報」と銘打たれたノートを取り出してぺらぺらとめくり始める。

 いくつかの怪しげな情報や勇者様の妄想落書き、ぺらぺら漫画などの中に探していたメモを見つけた。


 その金額、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……。


「さ、三百万エーン!?」


 驚きの鑑定額に思わず大声を上げてしまう。


 だって、三百万エーンってことは、一エーンのトロールチョコが三百万個買えちゃうわけで。

 十エーンのマツヨシ肉ライスだと三十万杯、百三十エーンもする目覚まし薬『ミンミンダハダハ』だってえーと……。


 ま、とにかく、これはトンデモナイお宝だぞ。


「キィ、それはどこかに捨てておいてくれるかや」

「捨てるならあたしが貰います!」


 ドラコちゃんの言葉にコンマ一秒も置かずに返事をする。


「なんじゃ? こんなものが何の役に立つ?」

「わ、わたし、昔からこういうヘンテコなものを集める趣味があるんですよー。ああ、このトゲトゲしたフォルム、すばらしひ」


 あたしは表面を頬ですりすりする。うん、トゲが痛い。でも、ここは我慢ガマン。


「変わった趣味じゃのぅ。まぁ、よい。わらわはピカピカ光るもの以外は興味ない、欲しいというのならくれてやる」

「わーい!」


 三百万エーンゲットだぜ! と叫びたくなるのを必死に堪えた。


「それよりも、あのふたりは何で戦っておるのじゃ?」


 ドラコちゃんが説明せいと目で訴えてくるので、事の成り行きを伝える。


「ほう、リベンジってヤツじゃのう。しかし、それにしても勇者のあの攻撃はなんじゃ、さっきから全然魔王に当たらぬではないか。あ、そうか、アレがやつの一撃必殺キラータイトルとかいうふざけたパーソナルスキルか?」

「あれ、ドラコちゃん、知ってるのっ!?」


 いや、そういや魔王様に説明する時にドラコちゃんも傍にいて話をしてたっけ。


「うむ。えらく難儀な能力じゃのぉ」


 ドラコちゃんが嘆息する。


「それで勇者はさっきから魔王にひたすら攻撃を繰り出しているわけか。なるほど、魔王の表情が優れぬわけじゃ」

「あ、ドラコちゃんもそう思う? あたしもさっきから魔王様が心配だったんだよぉ。やっぱりやめさせたほうがいいよね、これ」

「いや、その必要もなかろう。ほれ、本人もそろそろ終わらせるつもりじゃぞ」


 言われてあたしは慌ててふたりの戦いに視線を戻した。

 状況は……変わってない。

 相変わらず勇者様がドスンドスンと重い一撃を繰り出して、攻撃力を稼いでいる。

 思わぬお宝の登場に途中を見てなかったから、どれだけの攻撃力が蓄えられているのかは分からない。それでも勇者様のスキル・一撃必殺が発動するのは、もうそんなに先のことではないんじゃないかなって思えた。


 それはつまり魔王様が倒されるってこと。 

 想像しただけで心のどこかが押しつぶされるような苦しさがあった。


「あ、あたし、やっぱり止め」

「もう遅いのじゃ」


 駆け出そうとするあたしの手をドラコちゃんが引きとめる。

 その時だった。


 ボスン!


 これまでの勇者様の攻撃とは比べようにならない小さな爆発音が聞こえた。


「どうした勇者、大した攻撃ではなかったであろう?」


 魔王様が掌を勇者様にかざし、勇者様は呆気に取られた表情で大剣を地面に突き刺しながら立ち尽くしている。


「今のは余の魔術でも初歩の初歩。戯れのようなものだ。よって相手に与えるダメージもたかが知れているのだが……」


 魔王様の頭上に大きな火の玉が現れる。それに向けて魔王様が掌を高く掲げると、火の玉は無数の卵みたいな大きさの火球に分裂。魔王様のまわりをふわふわと漂った。


「魔術への対策を何にも考えていない馬鹿者にとっては、こんなものでもさぞかし脅威であろうな」


 魔王様が再び掌を勇者様へとかざす。

 数え切れない火球がまるで意志を持つかのように、次から次へと勇者様めがけて飛んでいった。


「くっ!」


 慌てて勇者様も剣を構えなおし、飛来する火球めがけて横切り一閃。

 多くの火球が剣やその衝撃波で打ち消しされた。が、


「く、くそうっ」


 いくら勇者様の一振りが強力でも多勢に無勢。次々と襲い掛かってくる火球全てに対応しきれるわけもなく、少しずつ着弾を許す。

 でも、そのほとんどが鎧に当たっているわけで、ダメージなんかそれほどないようにも思えるんだけど……。


「ちくしょう! ヤバイ。ヤバイぞ、これは」


 にもかかわらず勇者様は追い込まれていた。


「キィ、勇者はアホであろ?」


 ドラコちゃんがふと呟く。


「えーと、まぁ、エロくて、お馬鹿で、自己中心的で、調子乗りで、微妙に頭髪が気になる人ですけど」


 はい、ドラコちゃんの質問に概ね合意。


「ふむ、あやつ、魔王を倒すことばかり考えて、自分が倒されるかもしれんという可能性をちっとも考えておらなかったようじゃ。魔術を得意とする魔王相手に、MGR魔法抵抗力を上げずに闘いを挑むとは、アホ以外の何者でもないな」


 あー、なるほどぉ。

 言われて妙に納得できるところがあった。


 そもそもあたしの極端なステイタスを見たら分かるように、勇者様はひとつの能力ばかりを上げたがる。

 特に勇者様のスキル・一撃必殺は空振りをして攻撃力を上げなくては話にならないから、傭兵さん達と冒険していた時も、自分は攻撃力に直接的な影響を及ぼすSTRのステイタスばかりひたすら鍛えていた。


 きっと今回も魔王様を倒すことだけ考えて、STRにだけポイントを振り分けたに違いない。だからあんなマッチョなくせに、ちょっとした魔法にも結構なダメージを食らうんだ。


 うん、アホだ。

 間違いない。


「勇者よ、失望したぞ」


 いくつもの火球を浴びて立っているのも精一杯の勇者様に、魔王様はもう一度巨大な火の玉を作り出して、再度無数の火球に分裂させる。


「余を倒したければ、もう一度死んでやり直すがよい」


 そして火球が一斉に勇者様に襲いかかった。

 勇者様にはもう避ける力も、耐え切る力も残っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る