第25話:魔王が本当の刺身ってのを食べさせてくれるそうです

 ぴょこたん。

 ばしし。


 

 魔王様に敗北し、それでもすかさず復活してきた勇者様。

 その経験値稼ぎは、日が暮れても続いていた。

 

 一方、虹色の頂の傍らでは


「お、美味しい!」


 あたしたちは晩御飯の真っ最中なのだった!

 

「これ、すっごく美味しいですよ、魔王様!」


 最初は恐る恐る口に入れたのだけれど、蕩ける様な舌触りとねっとりとした濃厚な旨み、それにソースの絡みが絶妙で思わずあたしは舌鼓を打った。


「そうであろう? お前たち人間は、魚は何でも焼くものと思っておるが、素材が新鮮であり、ちゃんとした知識と技術、そしてこの」


 魔王様が懐から真っ黒い液体の入った小瓶を取り出す。


「ショー・ユーがあれば、魚は生のほうが美味しく食べることが出来るのだ!」


 変に力説する魔王様。

 あたしはそんなのはお構いなしに、魔王様が切り分けてくれた魚の身を、ショー・ユーとか言う名前のソースに付けて口いっぱいに頬張った。



 ぴょっこり。

 ばしん。



 ☆☆☆


 

 それは小一時間ほど前のこと。

 陽は落ちて、辺りはすでに暗闇に覆われている。


 それでもあたしたちが滞在する虹色の頂は、炎の暖かい灯りに包まれていた。

 魔王様が火の玉を幾つか作り、それを周りに配置したからだ。


 上空には満天の星空。下からはかすかに聞こえる潮騒。それらをおかずにあたしたちはドラゴン形態になったドラコちゃんが獲ってきた魚を食べようとしたのだけれど。


「でかっ! てか、どうやってこれ料理するの?」


 ドラコちゃんが獲ってきた魚に驚愕する。

 体長はゆうにあたしの身長の三倍はある。額に長くて鋭い槍みたいな角が特徴の、大きな魚だった。


 魚と言えば、あたしたち冒険者も現地調達しやすいポピュラーな食材だ。

 なかの臓物を抜き取り、ささっと塩をふりかけて、火でほどよく炙ればはい完成。骨が邪魔だけど、大抵は美味しく食べられる。

 でも、さすがにこの大きさの魚なんて調理したこともなければ、見たことすらない。お化けだ、お化け魚だよ、これは。


「何を言ってるのじゃ。こんなの、そのまま食いつけばよかろう」


 さすがはドラコちゃん、ワイルドだぜ!


「いや、人間は魚って焼いて食べるんですよぅ。こんなの焼くのに何日掛かるのやら」


 あ、そうか、いつもみたいに全身焼き魚にするのを考えるからいけないのであって、その身を切り取って焼けばいいのか?

 そんなことを考えていたら、突如魔王様が横からしゃしゃり出てきた。


「魚は生のほうが美味いぞ」

「うそーん。魔王様もワイルド派?」


 考えてみれば魔王様だって魔族だ。人間と違う味覚や免疫力を持っていてもおかしくない。


「お前たちが食べている魚はもっぱら川魚であろう。あれはさすがに生ではキツいが、海の魚は生でも食べることができる。実際、お前たち人間でも海に面した町に住む者は生魚をよく食べるらしいぞ」


 ほれ、このページを見てみろとご自慢の究極魔道書を開いてみせる。

 そこには確かにあたしたちと何ら変わらない人間が、生と思われる魚の切り身を美味しそうに食べている画像が載っていた。


「あ、ホントだ。だったら……って、なんですか、魔王様、その格好?」


 魔道書をつき付けていた筈の魔王様が、気付けばコックさんのような白い料理服に衣装替えしていた。

 驚くべきはその早代わりよりも、魔王様と白という組み合わせだろう。

 いやぁ、チョー似合わない。


「ふむ、魚を捌く時はこのような格好をすると魔道書にあったのでな」


 なのに、そんなまんざらでもないであろうというドヤ顔をされてもなぁ。

 意外と魔王様は形から入る性格らしかった。


「ドラコ、ほとんどはお前にやるから、一部分だけ貰い受けるぞ」


 返事も聞かずに魔王様は魔力で大きな透明な鉈を作り出すと、手際よく魚を捌いていく。


「あ、なにをするのじゃ。そこは一番美味しいところであろうに」

「だから貰うのだよ」


 あーとドラコちゃんが嘆く暇もなく、魔王様はふたりが一番美味しいという所を切り出すと、素早くさっきの画像で見たように魚を一口サイズに切り分けていく。

 そして懐から出した小瓶のソースをかけると、あたしに食べてみろと勧めてきたのだった。



 ぴょこぴょこ

 ばしんばしーん!



 ☆☆☆



「ふぅ、なかなか美味い魚だったのじゃ」


 その小さな体の一体どこにそれだけの量が入るのか。

 いや、そもそも元は大きなドラゴンなのだからおかしくはないし、それを言ったらあの巨大なドラゴンがどうしてこんな小さな女の子になれるのかという方が疑問ではあるのだけれど、ともかくドラコちゃんは大魚をぺろりとたいあげたのだった。


「ふぁ。お腹が膨れてきたらまた眠くなってきたのぉ。おい、キィよ、こっちに来てたもれ」

「はいはい、なんでしょう?」

「膝枕をしてほしいのじゃ。お礼はほれ、そこの」


 ドラコちゃんがさっきまで噛り付いていた、巨大な魚の骨を指差す。


「その骨をくれてやる」

「いらないよっ!」


 どうしてそれがお礼になるし? どう考えても生ゴミじゃん!


「なぬ? しかし、おぬし、さっきはワケノワカランものを集めているとか言っておったではないか?」


 ワケノワカラナイ物って……価値の分からない人はこれだから。

 情弱は罪だよ、ドラコちゃん。


「いやー、さすがにこれはいらないかなぁ」

「んじゃ捨てるかのぉ。昔、相手をしてやった勇者はこのソードフィッシュの角を使った剣を使っておったから、てっきり人間には貴重品だと思っておったのじゃが」


 なんですと?

 あたしはすかさず例のノートを凄い勢いでめくりあげる。ソードフィッシュ、ソードフィッシュ、そう言えばこの名前も聞いたことがある。記憶が正しければ、これも確か驚きの鑑定額が……。


「ド、ドラコちゃん、あの、やっぱり貰ってもいいかな、その骨」

「なんじゃ、いらんと言ったり、欲しいと言ったり。優柔不断なヤツじゃな」

「さっきはやせ我慢してました! ホントは凄く欲しかったんです。あの尖った骨を見ていたら、もうあたし、どうにかなっちゃいそうで……でも、もうガマンできないっ」


 私はソードフィッシュの骨にこれまた頬を擦りよせる。

 ああ、硬いよ。太いよ。さすがは一千万エーンのお宝だよ!

 さすがのドラコちゃんもちょっと引いているけど、そんなの関係ない。もう絶対離すもんかっ。



 ぴょっこりん。

 どっかーん。



 かくして、そんな日々が三日ほど続いたのだった。

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