幕間

幕間の物語:弟を探して

 ★幕間の物語その一・コウエ視点★


「ったく、どうしてお前はいつもこう突然なんだよ?」


 久しぶりに冒険者へ復帰した。

 だというのにかつての相棒・ニトロがかけてきた言葉は、再会を喜ぶ祝福でも復職への応援でもなく、単なる愚痴だった。

 

「しかもどうしてこのタイミングなんだっ! 明日はクリスマスイブじゃねーかっ!」

「タイミングに関しては弟の奴に文句を言ってくれ。僕は悪くない」

「いーや、絶対お前が悪い。お前は無自覚に相手を傷つけるような言動をとるからな」

「そんな人を無神経呼ばわりするのははよくないぞ。……ところでニトロ、さっきクリスマスがどうのこうのと言ってたが、ニトロって彼女いたっけ?」

「それ! そういうところだよっ! 俺に恋人がいないのを知っててそんなことを言う。ホントお前ってヤツは容赦ないよなっ!」

「そうかな? 僕だって結構気を使っているんだが」

「どこがっ!?」

「例えば今回、時期が時期だけに恋人持ちは忙しいだろうから、独り身なニトロにだけ声をかけたんだ。これは立派な気遣いだと――」

「わざと言ってやがるだろう、てめぇ!」


 単純バカな格闘家のニトロが、かつてのように怒って突きを繰り出してくる。

 その稲妻のような突きを、ひらりと難無く躱すのが昔の僕たちだった。


 が、今やニトロの突きはまるで水中で放たれたかのように遅く、そして回避する僕の体も鉄の重りでも背負っているかの如く鈍重だ。


「ふぅ。やっぱり体が重いな」


 ギリギリなんとか避けることが出来た僕は、改めてその現実を受け入れるように一息吐いた。


「ちっ、今のノロマなお前を殺れないとは我ながら情けない」

「仕方ないだろう、だって」


 僕たちは揃って先の大戦で魔王に敗北し、僕はそのまま冒険者を廃業。

 ニトロは続けていたものの、復活のペナルティでレベル1からやり直し。

 つまりかつて高レベル冒険者としてならした僕たちだが、今では初心者同様のステイタスになっているのだった。


「あーあ、またこうしてお前と冒険すると分かってたら、俺ひとりでせっせとレベル上げしておくべきだったぜ、ツキ……いや、今はコウエって言うんだっけか?」

「ああ、前の名前は何かと面倒だからな。新しい名前で呼んでくれるとありがたい。さて」


 僕たちらしい再会の挨拶を交わしたところで本題に入る。


「話したように、僕が復帰したのは家出した弟を探して連れ戻す為だ。協力してくれ、ニトロ」

「しょーがねーなぁ。で、手がかりはあるのか?」

「ない。なんて名前で冒険者をやってるのかも分からない」

「おいおい」

「でも、僕が稼いだお金を引き継いでいる。その潤沢な資金を使えば冒険者を始めて日が浅くても、そこそこのレベルになっているはずだ」

「なるほど。で、早速俺の出番ってわけかい」


 ニトロは苦笑いすると、羽織っている毛皮のコートの内ポケットからステイタスカードを取り出す。


「今の世の中、高レベル冒険者なんてそう多くねぇ。たいていは先の大戦でお前みたいに愛想尽かして引退しやがったからな」

「そう。だからレベル80スキルの『情報収集』で現役冒険者をサーチし、その高レベル冒険者の中で僕たちの知らないヤツがいたら、それが弟である可能性が高い」

「ったく、死んでレベルが1になってもスキルは受け継がれるんだから、お前も復活ぐらいしとけばよかったんだ」


 ニトロが愚痴を零しながら、ステイタスカードを操作する。

 体型に恵まれた大男のニトロは信頼が置ける相棒だが、とかく愚痴りたがる性格なのはいかんともしがたい。

 だから恋人も出来ないんだと思う(本人には言わないが)。


「んっと、ほら出たぞ、今の高レベル冒険者リストだ」

「一位はレベル88のドエルフか……」

「俺、あいつ嫌い。大戦でもなんだかんだ言って最後まで俺たちに協力しなかったし」

「僕たちでは魔王には勝てないって思ったんだろう?」

「でも、あいつが協力してたら勝てたかもしれねぇじゃねーか!」


 ニトロが怒気を強めて憤慨した。

 怒る気持ちは分からないこともない。

 確かに僕たちは魔王をかなりのところまで追い詰めた。

 もしドエルフが参戦していたら、ニトロの言うように勝てたかもしれない。

 もっとも。


「今更そんなこと言っても仕方ないだろう」


 所詮は過ぎたことだ。過去に戻れない以上、もしもを考えても意味がない。

 それに僕はいまだあの戦いにはある疑問を抱いていた。

 僕たちは魔王に関するありとあらゆる情報を集め、対策を練って戦いに臨んだけれど、本当に全てを知っていたのだろうか、と。

 これはあくまで勘に過ぎないけれど、魔王にはまだ僕たちが知らない何かが隠されているような気がする。


「それよりも今は弟を探そう」


 ドエルフの名前を見てしばし過去に囚われてしまった頭をかすかに揺らし、僕は今やるべきことに専念する。

 ニトロのステイタスカードを借りて、まずはリストの中から見知った名前を除去。

 そこからここ最近で急激にレベルアップしているヤツをピックアップしてやれば……。


「出た。ひとり該当者がいる」

「ほーん、このハヅキって奴がお前の弟か?」

「その可能性が高い。とりあえずこいつのホームタウンに行って……あ」

「ん? どうした?」

「死んだ」

「は?」

「コンディションがいきなりDEAD死亡になった」

「はぁ!?」

 

 あまりに突然のことにニトロが「見間違えじゃないのか?」と画面を覗き込んでくるが、勿論そんなわけがない。

 今、確かにこのハヅキという冒険者がどこかで死んだ。

 ステイタスカードの情報は絶対だ。間違いない。


「うわっ、マジで死んでやがる。レベル69にもなって何やってやがるんだ、こいつは」


 冒険者は死んでからある程度の期間であれば復活することが出来る。

 でも、レベルが1に戻ってしまうペナルティがあるから、高レベルになればなるほど、どれだけ酷い状況でも死亡だけは避けようとするのが当たり前だ。たいていは緊急脱出エスケープをして最悪の事態を避ける。

 

 ただ、例外もあった。

 そう、かつてレベル80以上であったにもかかわらず死んだ僕たちのように、強力な魔法を使ったきた魔王との戦いならば一撃死もありうる。


 もしかしてこのハヅキって冒険者は、魔王と戦って敗れたのだろうか?

 

「まぁ、復活するならホームタウンの教会だろうから、とりあえず行ってみるか?」


 まったく、そんなにレベルを上げておいて死んじまうとはアホだなーお前の弟は、いや、まだ弟と決まったわけじゃないか、とか言いながらニトロが歩き始める。

 僕は黙ってその後を追った。


 ★幕間の物語・その一 終わり★

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