第12話:魔王は見た! ドラゴンも見た!
「うむ、これでよいのじゃ」
幼女の姿をしたドラゴンは、お尻から地面にまで伸びたしっぽを見て満足そうに頷いた。
「うわん、しっぽなんてない方が可愛いのに」
「何を言うか、小娘。しっぽこそがわらわのチャームポイントではないか」
嘆くあたしに彼女はバタンバタンとしっぽを叩きつける。
「見るが良い、この薄紅色に光り輝く立派な鱗を。一枚一枚が熟練の職人が磨き上げた桜貝の調度品のようであろ? しかも、ただ美しいだけではないぞ、戦闘で振り回せば人間なぞ簡単に吹き飛ばせるし、それにほれ」
彼女はしっぽを軸にして体を仰け反らせる。
「この体であれば、しっぽで支えて眠るのも可能じゃ。どうだ、便利なものじゃろう?」
えへんと、胸を張る。
見事にまったいらだった。
魔王様とドラゴンの二人から聞いたのだけれど、彼女はあたしの何十倍も年齢を重ねているらしい。それでもドラゴンの寿命から考えたら、これでもまだ人間で言えば五歳ぐらいだそうで、幼女の姿は間違ってはいないのだそうだ。
魔王様は「これで余がロリコンではないと証明できたであろう」なんて言っていたけど。うーん、それはどうだろう。
正直、あたしはまだ疑わしいと思ってる。
特に魔族でありながら、ロリコンって言葉の意味を理解しているのが実に怪しい……。
「うむ。では戻るとするか。遅くなると部下たちが心配するのでな」
魔王様はそう告げるとマントを脱ぎ、幼女と化したドラゴンの体をすっぽりと包みこんだ。ドラゴンは一瞬嫌そうな顔をしたものの、魔王様の気持ちを察したのか、不満を口にすることはなかった。
代わりに恨めしそうな目をあたしに向けてくる。
「あ、あの、なんでしょうか?」
「小娘、名を何と申す?」
「えーと、その、キィ・ハレスプールと言いますが……」
「なんじゃと?」
ジロリと睨まれた。見た目は幼女なのに、どこか貫禄があって怖い。ひええ、名前言っただけなのにー。
「小娘の分際で八文字の名前じゃと? 生意気じゃ、お前は今日からナナシーと名乗るがよい」
おまけに名前まで勝手に変えられそうな勢いだし。
てか、ナナシーってそんなテキトーな名前ヤダ。
「ドラゴンよ、そやつは普段キィと名乗っておる。八文字は真名の方だ」
あたしが困っていると、魔王様が助け舟を出してくれた。
しかし、八文字とか、真名とか、イマイチよく分からない話題だ。そもそも名前が八文字なのは生意気なんだろうか?
「キィ!? なんと、二文字じゃと!? それはいくら小娘といえどもあんまりなのじゃ」
今度は哀れむ目で見つめられる。
うん、どうやらドラゴンの間では名前の文字数によって地位が決まるみたい。しかし、二文字でこの反応……まさか、トリとか、イヌとか、タコとかと同じレベルに思われているんじゃないだろうなぁ。
「まぁ、自ら二文字で名乗るのならば、わらわは何も申すまい。ほれ、キィとやら、わらわをおんぶする栄誉を授けよう。わらわはアリスローズ。紅蓮の六文字を誇るドラゴンぞ」
そしてドラゴン、いや、アリスローズちゃんは、私の返答を待つこと無く腰にしがみつくと、よいしょよいしょと登ってくる。
なんだかんだでドラゴンなのだから重いのかと覚悟していたら、見た目のまんまの軽さだった。まぁ、しっぽは余計な重さだったけれど。
「おおー! 二文字のクセになかなか良い背中をしているではないか」
背中の良し悪しなんて学の無いので分からないけれど、アリスローズちゃんはいたくあたしの背中を気に入ったようだった。
「では、出発じゃ」
あたしにおんぶされながら上機嫌に出発の音頭を取る彼女に、魔王様が苦笑しながら歩き出す。
慌てて後を追った。
マントを脱ぎ捨てた魔王様は細身の身体をさらして、頭の後ろで両手を組む。時折その両手を左右に引っ張ってストレッチする後ろ姿は、人間と何ら変わらない。
てか、おっさんくさい。
でも、物凄く強くて、悪知恵が回るところはさすがに魔王様で。
でもでも、かと言って想像していた魔王とはちょっと違っていた。
それはドラゴンだって一緒だ。
初対面の姿はまさしく物語に出てくるドラゴンそのものだったけれど、今や幼女の姿になってあたしの背中ではしゃいでいる。
そんなあたしたちの姿は、知らない人が見れば魔王様がお父さんと、仲の良い姉妹に見えたりするんじゃないだろうか。
そう想像するとなんだかおかしくて、知らず知らずに頬を緩ませていた。
「あ、そう言えば」
そして歩きながら、ふとあることを思い出す。
「魔王様、アリスローズちゃんと話している時、『二』のカウントを二回やりましたよね? あれはなんで?」
そう、ドラゴンと会話をしながら翼を呪縛する雷呪文の詠唱を密かに行っていた魔王様は、あたしと息を合わせるために会話の最初にカウント数を入れていた。
あたしはそれを慎重に聞き取りながら『はたき二刀流』で襲い掛かるタイミングを計っていたのだけれど……
「ああ、あれはな」
何故か魔王様は照れくさそうに鼻をぽりぽりとかいた。
「一回目のアリスローズの鼻息でキィの身に何が起きたのかを思い出せば、『二』のカウントで何が起こり、どうして余が集中できなかったのか分かるのではないか?」
へ? 一回目の鼻息?
えーと、あの時は確かドラゴン形態のアリスローズちゃんの鼻息でスカートがめくりあがりそうになったから押さえこんで、でも『二』のカウントの時は得物を両手に握り占めていたから……ああっ!?
あたしは顔を真っ赤にしてワナワナと震える。
まさか?
まさかまさか!?
まさかまさかまさか!!
「キィよ。余は魔王ゆえに人間の生活習慣は知らぬのだが……せめて下着は穿いた方がよいぞ」
「うわん! やっぱり見られたーっ!」
「魔王よ、きっとキィは露出の気があるのじゃろう。人間の特殊な性癖に口出し無用じゃて。そっとしておいてやるべきではないか」
そんな性癖ないよっ! てか、さっきまですっぽんぽんだった子に言われたくないやいっ!
「違う、違うんですよぅ~。これはそういうパーソナルスキルでぇ……」
あたしは魔王様の立派な角が生えた頭をぽかすか叩きながら、道中、懸命にあたしの呪われしパーソナルスキル『穿いてない』について理解を求めるべく話すのだった。
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