第11話:魔王様ロリコン疑惑
それからのドラゴンとの戦いについて詳しく思い出したくはないから、簡潔に終わらせておく。
ええ、地獄でひた。
とにかく吐き出される炎弾に追い立てられるわ、猛突進で踏み潰されそうになるわ、ファイアーブレスで焼き殺されそうになるわ、「ええい、ちょこまかと逃げ回りよって、このネズミ女が!」と精神口撃をかけられるわで散々だったよ、うん……。
「ご苦労であった、キィ」
散々逃げ回って、メイド服もあちらこちらが煤だらけで、もはやボロ雑巾の方がまだカッコイイって程までやつれ果て、それでもなんとか生き延びることが出来たあたし。
魔王様の究極魔法による巨大な隕石に押しつぶされたドラゴンの横にぺたんと腰を降ろしていると、いつの間にか傍に魔王様が涼しげな表情で立っていた。
あたしは立ち上がる気力も無く、ただ魔王様を見上げるだけだ。
「ところでひとつ訊きたいことがあるのだが」
魔王様が不意に口を開く。
「お前、余を『いい人』と言っていたが、今でもそう思うか?」
あー、それね。うん、それは再考すべき懸案だわー。
あたしはうーんと頭を捻る。
で、出た答えが。
「よく分かりません」
自分でもあまりよい返事ではないなと思った。
でも、本当に分からなかったんだ。
あたしの身の上話を親身になって聞いてくれたり。
仲間の魔族のことを思いやったり。
人間で、しかもしがないメイドなあたしを信頼してくれたり。
さらにはここぞという時は命令ではなくて『お願い』であたしの心を揺り動かしてくれたり、そんな魔王様は魔族なんだけどとても人情味のある人なんだと思う。
でも、作戦のために非情なウソをついたり、修羅場に叩き落してくれたり、戦闘でも役に立ちたいというあたしの想いを囮役に利用するってアイデアは実に悪魔的だと思う。
そのあたりはさすが魔族、さすがは魔王だ。
「そうか。ならばこれから余の傍で、余の成すことを見ていくがよい。いつか我らも別れの時が来よう。その時にまた同じ質問をするから、それまでに答えられるようにしておけよ」
魔王様があたしに手を差し出す。
あたしは少し躊躇するも、仕方なく手を伸ばして握り締め、立ち上がった。
それでも魔王様は手は離そうとしない。
まるでこれからもよろしくという魔王様の心が、繋げた手で伝えるかのようだった。
「さて、皆の元に帰る前にこやつをなんとかせねばな」
お互いの気持ちがしっかり伝わった頃だろうか。魔王様はふと手を離し、まだ地面に伏すドラゴンを見下ろす。
「殺してはいないんですよね?」
「うむ、こやつには聞きたいことがあるからな。気絶してるだけだ。もっとも今ならば首を刎ねることも出来ようが、それで得られるのがキィのレベルアップだけでは割に合わん」
「え、でも、あたし、逃げてただけなのに?」
「それでもしっかり戦闘に関連しておったであろう。それに余はこんなカードなんて持っておらんからな。戦闘経験値は、キィが全て譲り受けることになる」
魔王様は答えながら、また低音と高音を同時発音するような不思議な詠唱を開始する。
「す、すべて譲り受けるって……あ、その、ちなみに聞きますが、だとしたらあたし、どれぐらいレベル上がるか分かります?」
魔王様は私のステイタスカードを取り出すと、つまらなそうにチラ見した。
モンスターが気絶した場合、ステイタスカードにはそいつを殺した時の入手経験値が表示される。モンスターを殺して経験値を得るか、あるいは魔法で一時的に仲間にするかをここで見極めるのだ。
しかし、ドラゴンかぁ。経験値をどれだけ貰えるかなんて想像もつかない。
ちょっとドキドキするあたし。
魔王様は詠唱を続けながら、さらりと答えた。
「ふむ、レベル85まで上がるらしいぞ」
「
思わず得物を手に握り締める。
って、ハタキでは首を落とすことはできそうにないか。
「魔王様、今のうちです。魔法でドッカーンとやっちゃってください」
「ドッカーンとはやらぬ。言ったであろう、余にはヤツの知識が必要なのだ」
「ええーっ!? そんな、だってレベル85ですよ。今の倍以上なんですよ?」
レベルが85もあれば、今までの遅れを取り戻せるほどSTRを上げられるし、スキルだっていっぱい覚えられる。もうパーティのお邪魔虫なんて言われないし、言わせない。
あたしはスーパーメイド人として世界中の人々から賞賛の嵐を受ける姿を想像してみる。
うん、いい。
すごくいい。
思わずうっとりしちゃう。
「まったく、人間とはどうしてもこうも欲深いのか。キィ、レベル85は諦めよ。もうすぐ契約の詠唱が終わる」
魔王様が何か言っているけど、あたしの妄想は止まらない。
頭の中でスーパーメイド人バンザイのシュプレヒコールが鳴り響く……って!
「ちょっと! 契約魔法って何やってるんですかぁ、魔王様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドラゴンに異変が起きたのは、そんな妄想から醒めてツッコミを入れた直後だった。
魔王様の詠唱が終わり、ドラゴンの体がまばゆい光に包まれたかと思えば、ぼわんとまるで湯船の中でオナラをしたような音がして、一つの建物並みの大きさを誇るドラゴンの姿が一瞬にして消え去った。
代わりに残ったのは、あどけない笑顔で眠る、長い赤髪も美しい全裸の幼女が一人。
「よし、契約終了。仮姿の魔法も成功だ」
「……いえ、何が成功か、私には全然ワカンナイですけど」
「こやつには話を聞きだすだけでなく、他にもやってほしいことがあるので仲間にしたのだ。だが、いつもあんな巨大な格好では不便で仕方なかろう。だから、世を忍ぶ仮の姿を与えてやったのだよ」
「でも、どうして幼女なんです? まさか、魔王様の趣味って……」
あたしはずささと後ずさる。ロリコンは病気です、お医者さんにご相談下さい。
「ん? 余の趣味は読書であるが、それがどうかしたか?」
読書? それってやっぱりタイトルが『まったく、幼女は最高だぜ』とか、そういう類の……。うわぁ、本物だぁ。
あたしはさらに魔王様との距離を広げる。
「む? 読書と答えてどうしてそこまで引かれるのか全く分からぬ。キィよ、何を勘違いしておるのだ。余はただこいつの年齢を考慮して、この姿にしただけだというのに」
「魔王様、もう分かりましたからムキになるのはやめてぇ。怪しすぎるー」
「ムキになぞなってはおらぬ!」
「なってるじゃないですかー」
その証拠に魔王様があたしに近づいてくる。
きゃー、ドラゴンでは飽き足らず、あたしまでも幼女にするつもりか、この変態め!
逃げようとするあたし。
が、その時、視界の端で何かが動いた。
白に近い肌色を惜しげもなく晒し、むくりと立ち上がったそれはあたしたちを不機嫌そうな顔で見つめると、おもむろに口を大きく開いて
「うわっ!」
「うおっ!」
いきなりあたしたちめがけて火を噴いてきた!
あたしはなんとか避けれたけど、驚いてその場に思わずお尻をつく。
魔王様はさすがに立ってはおられたけれど、突然の出来事にあたしを説得するのも忘れて襲撃者を凝視する。
「お前ら、うるさいのじゃ。わらわがせっかく気持ちよく眠っておると言うのに、邪魔しおって……む? むむむっ?」
あたしたちを一喝するのも束の間、火を噴いた幼女がようやく自分の身に起きた異変に気付く。
小さな手で自分の頭をなでりなでり、胸をぺたぺた、首を回してお尻を確認し、そして
「な、な、なんじゃあ、この姿はーーっ!?」
と、幼女は吼えた。
うん、驚くのも無理はない。だってさっきまでドラゴンだったのに、いきなり幼女にされてるんだもん。しかも魔王様の倒錯した趣味で。
ドラゴンはぷるぷると体を震わせ、あたしたちを睨みつけてきた。
でも、いまやその姿はロリコンお兄さん達が大好きな幼女そのもの。よく見れば目尻に涙を溜めていて、それがまた、なんとも可愛いのだった。
「小娘、何をニヤニヤしておるのじゃ。おぬしがわらわをこんな姿にしたのかえ!?」
「え、違う違う! やったのは魔王様!」
ドラゴンの質問に慌てて首を振る。いくら可愛くても、相手には例の火炎放射がある。消し炭になるのはごめんだっ。
「まーおーうー、貴様、わらわを侮辱するにもほどがあるぞよ!」
ドラゴンはじろりと魔王様を睨みつけた。
言ってやれ、言ってやれ。
ロリコンは、全世界の敵だって。
「これは人間の幼子の姿じゃろうが! わらわはドラゴンの子ぞ。わらわの立派なしっぽを付け忘れるとは、これを侮辱と言わずなんと言おう!」
「そっちなのっ!?」
思わずツッコミを入れるあたし。
もうヤダ、出てくる人出てくる人、みんなボケ担当ってどういうこと?
なんなのさ、この世界!?
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