第10話:いともたやすく騙されるぽんこつメイドに託されたエゲツない作戦
「でかっ!」
ドラゴンを初めて見たあたしの第一声は、まさしくその大きさに圧倒されて出たものだった。
狭く、岩肌がごつごつとむき出しの通路をしばらく進むと、唐突にまばゆい光に包まれた大空洞に出た。
天井は見えないぐらいに高く、広さも田舎の村そのものがすっぽり入るぐらいの大きさがある。そして中央、床一面に埋め尽くされた財宝の山々を守るようにして、赤い鱗も鮮やかな巨大なドラゴンが鎮座していた。
その大きさはもはや建物に近い。あたしは生まれ故郷にあった教会を思い出していた。
「ご機嫌麗しゅう、
度肝を抜かれたあたしをよそに、魔王様は普通に歩いてドラゴンに近付いていく。
あんな怖そうな生き物によくもまぁ。さすがは魔王様だ!
あたしはびくびくしながらも、勇気を出してその後を追う。
「ほぉ。魔を統べる者とは、これは珍しいのじゃ。おぬしは根城から一生出てこぬものと思っておったわ」
ぶおんとドラゴンが鼻息をたてる。その強風で魔王様のマントが激しく舞ったものの、歩みに淀みは無い。
一方あたしはスカートがめくりあがりそうになったので慌てて立ち止まり、押さえつけるのに必死だった。
「余とてたまには外に出る。それに今回は貴公に訊きたいことがあってな」
魔王様の言葉に、ドラゴンは牙を剥き出しにした。
まるで「聞き耳持たない」と威嚇するかのようだ。
「燦然と輝くこの世界を取り戻す為の方法を、な」
ピクンとドラゴンの髭が震えた。
「これはおかしなことを言うのじゃ。おぬしは魔王。世界を破滅させるのがおぬしの役割じゃろう。輝かしい世界を取り戻すなど勇者の仕事じゃ」
ドラゴンが笑う。まったくもって可愛くなかった。
「それとも何か。おぬしが勇者になるから力を貸せ、とでも?」
ドラゴンが笑うのをやめた。
途端に魔王様とドラゴンの間にちりちりとした緊迫の空気が流れた。
開戦が近い。あたしは意を決して魔王様の前に立つと、両手に得物を取り出した。
「二度は言わん。余に示せ、神へと至る航路を。貴公は知っているはずだ」
魔王様の要求に、ボフゥと再びドラゴンの鼻息があたしたちを襲う。
あたしは左右の手にある得物を吹き飛ばされないよう、必死にしっかりと握り締めた。
ひー、怖い。でも、気圧されちゃダメだ。頑張れ、勇気を出せ、あたし!
ところが。
「むっ!? 二、二度は言わんぞ?」
あろうことか魔王様が動揺した様子で、同じことを二度言った。
セリフの内容と相俟って、実に決まりが悪い。
てか、一体どうしたというのだろう? ここまで計画通り順調だったのに、まさかここにきて怖気着いたんじゃ……。
心配になって魔王様に振り向く。
そのお顔がどこか恥じらうように少し赤みかかっていた。
「魔王様?」
「……いや、問題ない。すまなかった」
魔王様は軽く頭を振った。まるで自分の中の邪気を追い払うかのような仕草だ。
「なるほど。魔王、お主知ってしまったのじゃな? だから世界を救うべく神と対峙する、と。面白い話じゃ。が、わらわが話さない場合はどうするつもりじゃ?」
そんな魔王様の変調なんてお構いなしにドラゴンが先を急ぐ。
いよいよだ。
「いちいち言わなくても分かるであろう、その時は……」
「その時は?」
「「戦うのみ!!」」
あたしたちは同時に宣戦布告すると共に素早く行動に移した。
あたしは両手に得物を高々と掲げる。
魔王様はすかさず横っ飛びして、ドラゴンとの距離をあけた。
一瞬どちらを相手にしようかと躊躇する様子を見せるドラゴンに、あたしは果敢に襲い掛かる。
「うりゃー! 必殺の『はたき二刀流』を喰らえー!」
まずは左の『はたき』を振り下ろす。
ぱたぱたぱたと『はたき』がドラゴンの腕を撫でる。言うまでもなくダメージ0。
訝しむドラゴンに、続いて右の『はたき』をお見舞いした。
『はたき』を振り下ろすあたしの脳裏に、魔王様の言葉がリフレインする。
「いいか、これは『ドラゴン殺しのはたき』と言う。ドラゴン以外にはまったく普通の『はたき』だが、ドラゴン相手には繊維一本一本が鋭利な刃となり、奴らの肉を切り裂く伝説の武器のひとつだ。これを使うがよい」
あたしに伝授された作戦は、この『ドラゴン殺しのはたき』と普通の『はたき』を二刀流で扱い、頻繁に左右を入れ替えて攻撃する、というものだった。
そうすることでどちらがフェイクで、どちらが本当の攻撃か分からなくなったドラゴンは、結果として両方の攻撃に対応せざるえなくなる。
そしてあたしに気を向けている間に、魔王様必殺の魔法がドラゴンを撃つ、というわけだ。
言うならばあたしの攻撃全体がフェイク。
でも、これまで戦闘を眺めるだけだったあたしからすれば、十分に役立っていると実感出来るものだった。
ましてや相手は伝説の生き物・ドラゴン!
これで燃えなきゃ、冒険者失格でしょ!
「すりゃー!」
ぱたぱたぱたぱたぱたぱた!
あたしは『伝説のドラゴン殺しのはたき』で、ドラゴンの腕に切りつけた。
ドラゴンの、己の肉を刻まれる悲鳴が洞窟に響…………あれ、響かない?
ぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱた!!!!!
とゆーか、まったく切れてなかった。
「あれ? どーゆーこと?」
あたしは左右の『はたき』を振るって滅多打ちにした。
が、結果は見事に0ダメージだ。
「小娘、先ほどから何をしているのじゃ?」
ドラゴンが哀れんだ目であたしを見下ろしてくる。
「え、いや、あの、これ『ドラゴン殺しのはたき』っていう伝説の武器だって魔王様が……」
「そのような武器、わらわとて聞いたことがないわ。おそらく魔王に騙されたのであろ」
騙された? うそん?
だって、魔王様はとても誠実で、人間味がある人だよ、魔王だけど……。
って、ああっ!!
魔王だったっけ、そう言えば!
あたしは素早く周囲を見渡す。
魔王様はあたしたちからかなり離れたところに立っていて、目が合うとあろうことか両手を合わせて申し訳なさそうに謝ってきた!
「うわぁ、あの人、サイテーだぁ!」
思わず頭を抱えてうずくまろうとしたその時、突然稲妻のような音が遥か頭上から響き渡った。
見上げるとドラゴンが苦しそうに顔を歪めている。
今の位置からではドラゴンに近付きすぎて状況がよく分からないので、距離をとって確かめることにした。
ついでに同じ距離を取るなら、すでに離れて高みの見物と洒落込んでいるウソつき野郎に一発お見舞いしておこうと、ドラゴンの傍をすり抜けて、魔王様目指して走り出す。
「さすがはキィ。見事であったぞ」
「見事、じゃなーい! この嘘つき! 『ドラゴン殺しのはたき』なんて存在しないってドラゴンが言ってたぞー!」
全力疾走で駆け寄ったあたしに、魔王様は何のお詫びもなく平然と受け答える。
ちくしょー、『はたき』投げつけたろか!
「うむ。しかし、見てみるが良い。おかげでドラゴンの翼を封じるのに成功した」
言われて振り返ると、ドラゴンの翼に雷雲のようなものが渦巻き、時折激しく爆発を起こして動きを封じ込めていた。
「詠唱が完成する時間、そして完成から効果が出るまで気付かれぬよう、ドラゴンの意識を逸らす必要があったのだ。今回の作戦、キィがいなければ到底成り立つものではなかった。本当に感謝する」
恭しく頭を下げる魔王様。その姿は紳士そのものなんだけど、やり方がえげつない。
「で、でも、『はたき』の件はヒドイ! あたし、信じてたのに」
「『敵を欺くには、まず味方から』と申すであろう? キィが余の言ったことを本気で信じてドラゴンに立ち向かったから、ヤツもまたキィの攻撃に何かあると意識を向けたわけだ。演技ではない本気の姿にこそ、目を奪われるものであるからな」
うー、言いたいことは分かる。分かるんだけど、なんだか釈然としないっ!
ここはやっぱりもっと怒ってもいいはず……って、アレ?
「魔王様、なんか体が透けてきていますけど?」
「うむ、翼を封じたので、次は究極魔法でヤツに印籠を叩きつける。しかし、こいつの詠唱には時間がかかるのでな。であるから、余は隠れておるので、あやつの相手をよろしく頼む」
「相手? えっ、ちょっと待って!? 魔王様、それはあんまりすぎるーっ!」
「大丈夫だ。キィの回避能力と幸運補正ならば、万が一にも攻撃を喰らうことはあるまいよ。さすがに翼による暴風攻撃は回避出来ぬであろうが、それも封じこめたのだから問題はなかろう。余の時と同じように、避けて避けて避けまくればよい」
なんてお気楽に言ってくれるんだっ!?
ってか、そう言っている間にもどんどん姿が消えていくしっ!
「キィ、お前の最大の不幸は、勇者がお前の稀有なる能力に気がつかなかったことだ。だが、余は違うぞ。お前の希望通り、その能力を存分に生かした戦闘を見事に展開してやろう。くっくっく」
最後の笑い方が実に魔王って感じだった。
そして魔王様の姿が完全に消え去るのとほぼ同時にドラゴンが恨めしそうに咆哮し、口から炎弾を吐き出してくる。
えー、またこのパターン!?
あたしはうんざりしながらも仕方なく覚悟を決めて、ドラゴンに向きあった。
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