第2章:ぽんこつメイドは億万長者の夢を見る
第13話:ドラゴン鍋とうっしっし
うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!
それはまるで地鳴りのようだった。
と言っても、かつてダンジョンを揺るがしたドラゴンことアリスローズちゃんの咆哮ではない。
彼女は今、あたしの背中で幼女の姿のまま眠っている。
ドラゴンの時は鼻息ひとつで洞窟全体が地震の様に揺れたけれど、今は幼女の姿そのままにスヤスヤと静かに寝息を立てていた。
では、一体、何かと言うと……
「さすが魔王様だぁ!」
「魔王様、ばんざーい、ばんざーい!」
「人間の姉ちゃんもようやったでー!」
「今夜はドラゴン鍋で宴会だぁーっ!」
あたしたちの帰還を待っていた魔物たちが、一斉に歓喜の声をあげたのだ。
ある者はすかさず魔王様に抱きつき、ある者は両手を振り、またある者は敬礼をして、それぞれがそれぞれの形であたしたちを祝福して吼えた。
それがまるで地鳴りのように洞窟を震わせたのだ。
「む? また、わらわの眠りを妨げるかえ。せっかくいい気持ちで眠っておったのに騒がしくしおって」
「あ、起きちゃった?」
あたしの背中でむくりとアリスローズちゃんが首をもたげる。
そしてきょろきょろと周りを見渡すと、再びあたしのうなじあたりに首を埋めた。
「キィ、もう少し静かにしろと周りに伝えるのじゃ。それからさっきドラゴン鍋とかぬかしたヤツを見つけ出しておけ。あとで火炙りにしてやる」
言うが早いか、再びすぅすぅと寝息を立てるアリスローズちゃん。
すごいなぁ、ドラゴン鍋とか言われているのによく眠れるもんだ。意識がない間に殺されちゃうかもって考えないのかな、ドラゴンって?
ふとアリスローズちゃんが美味しく料理されちゃうところを想像する。
慌てて頭を横に振った。うん、スプラッタ反対。大反対。
そりゃまぁ一度は殺して経験値にしようと思ったけど、こんな姿になられた今はもう守ってあげなきゃっていう妙な使命感が――。
「キィよ、アリスローズを貸りるぞ」
「え?」
「ほれ、良い出汁をだしてくるがよい」
「えええええええ?」
魔王様はあたしからアリスローズちゃんを取り上げると、ほどよく湯気を出している巨大な鍋へぽーんと放り投げ入れた!
「うわっ、なんじゃ? 何事じゃ!?」
当然、寝ているところをいきなり湯の中に放り込まれたアリスローズちゃんは大慌て。両手で水面をばしゃばしゃと叩き、鍋の外にまで水しぶきが飛ぶ。
「こら、じっとしておらんか」
「魔王! これは一体なんの真似じゃ!? 魔王軍は配下に下った者にこんな酷い拷問をするのかーっ!?」
「拷問? 何を言っている。余はただお前を風呂に入れてやっているだけだぞ」
お風呂って……魔王様、さっき「良い出汁をだしてこい」って言わなかったっけ?
「風呂、じゃと!?」
「ああ、風呂だ。ただ、せっかく風呂に入るなら、ついでにお前から出汁をとっておこうと思ってな。なんでも皆が言うには、ドラゴンの身から取れる出汁は滋養に富み、万病を退け、リウマチや腰痛に効果覿面で、商売繁盛子孫繁栄勉学成就奥様も今夜は大満足だそうだ」
「むぅ、なんやらよう分からんが。風呂なら風呂とはよう言え」
あ、納得しちゃったよ……。
「ふむ、わらわはもうちょっと熱い方がええの。ほれ、キィ、なにをぼさっとしておる。もっと薪を火にくべるのじゃ」
「ええ!? なんであたしがぁ? それに直に鍋の底を踏んじゃったりして火傷しないんです?」
「わらわは紅蓮のドラゴンぞ。火傷なぞあるものか」
あ、そう言えばそうか。
「ほれ、火山から吹き出すマグマの如き熱さで頼むぞ」
「無理だよっ!」
鍋の火力を調整していたうさ耳の魔物が、あたしたちのやりとりに笑いながら長い筒を渡してくる。
どうやらこれで息を吹き込んで火力をあげるらしい。ますますお風呂みたいだ。
あたしは仕方なく大きく息を吹き込むと、筒を口に当てた。
結局、この作業はアリスローズちゃんが
「む、いかん。なんかもよおしてきた」
とトンデモ発言をし、魔王様が慌てて彼女を鍋の中から拾い上げるまで行われるのだった。
さて、アリスローズちゃんで出汁を取った鍋も出来上がり、魔族の宴会が始まった。
言うまでもないけど魔族の宴会なんて初めてだ。一体どんなことをするのだろう? おどろおどろしい儀式みたいなものなんだろうか?
と思っていたんだけど、いざ始まれば人間のそれと何ら変わりなかった。
炎を囲んで、食べて、飲んで、歌って、踊って、騒ぐ。
ちょっと心配したものの、食べ物も飲み物もほとんど人間と同じでホッとした。
いや、むしろアリスローズちゃんから出汁を取ったドラゴン鍋はこれまで食べたことがないぐらい美味しかったし、お酒もそこらの酒場で出されるものよりもまろやかで、あまり飲めないあたしでもぐいぐいイけてしまった。
「らからさぁ、あたしは単なるメイドなんだよぅ。それを勇者様が無理矢理さぁ」
なのでべろんべろんになって偶然隣に座ったミノタウルスに愚痴るのも仕方ないんだ、うん。
「おいおい、姉ちゃん、ちょっと酔っ払いすぎじゃねーか」
「らって、あんたが飲ませたんでひょー」
あたしはミノタウルスに寄り添いながら、彼の持っている酒瓶を奪い取る。
「まだ飲むのかよっ!?」
「なにさー、メイドが飲んじゃダメらっての? もともとはあんたが勧めてきたくせに……全くこれらから勇者様といい、魔王様といい、男は勝手らって言うの」
「こいつ酒癖悪っ! さっきまでブルブルとオイラたちの姿にビビっていたくせに」
言いながら、ミノタウルスが杯のお酒をぐいっと飲み干す。
ヤケ酒くさいけどなかなかの飲みっぷり。あたしはすかさず盃にお酒を注ごうと――。
「キィ。魔王が呼んでおるぞ」
と、そこで先ほどまで魔王様と何やら話していたアリスローズちゃんが、とてとて可愛らしく歩いて来てあたしを呼びに来た。
宴が始まった当初は周りにおっぱい丸出しのハーピーたちが侍り、部下の魔物たちが順に酌をしにやってくるという、いかにも魔族の王って感じで楽しんでおられた魔王様。
けれど酌が一巡したあたりで「余に構わず、無礼講で楽しんでくれ」とおっしゃられた。
そしてハーピーたちを下げ、代わりにアリスローズちゃんを呼んで何やらひそひそと話し始めた。
そういやアリスローズちゃんを仲間にしたのって、何か聞きたいことがあるからだって言ってたな。
うーん、あの魔王様が知りたいことってなんだろ? そもそも魔王様でも知らないことがあるんだなぁ。なんだかこの世の全てを知っているかのような雰囲気があるのに。
そんなことを思っていたら「おーい、人間の娘、飲んでるかぁ?」とミノタウルスがあたしにお酒を勧めてきて「はぁ? 魔王様に知らないことなんてあるわけないさ。なんたって俺たちの魔王様はなー」と、その凄さを延々と聞かされる羽目になった。
もっとも途中からあたしが主導権を握ったのは、先のとおりだ。
「おい、小娘、早く魔王様のところに行ってこい」
助かったとばかりにあたしをせっつくミノタウルス。
対してあたしは恨めしそうな表情で牛男と、遠くの魔王様を交互に見つめる。
「うわん、せっかく良い牛を掴まえたのにー」
「牛じゃねーよ! ほれ、魔王様をお待たせしちゃ悪い。さっさと行け」
抱きつくあたしをミノタウロスが無理矢理ひっぺり返す。
ううっ。つれないなぁ、この牛め。
仕方ないと立ち上がった。
「お? なんでぇ、随分しゃきっと立つじゃねーか」
「ふふん、だってあたし、酔ってないもーん」
あたしは軽くその場でターンを決めてみせる。
中身が見えない程度に、メイド服のスカートがふわっと宙を舞った。
実は魔物のお酒って結構弱いみたいで、何杯飲んでも全然平気だったんだ。ろれつが回らなかったり、酔った振りをしていたのは単純にこの牛さんを騙して話し相手になってもらいたかっただけ。
あたしは確かな足取りで、アリスローズちゃんと一緒に魔王様のもとへと向かう。
後ろでなにやら「だまされたー」って声が聞こえてきた。
うへへ、あたしってば悪い女……なんて思いつつちょっと気分爽快で思わず笑ってしまう、うっしっし(相手が牛なだけに)。
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