第14話:ちょっと何言ってんのか分かんない

「うむ、ようやく来たか、キィ……って、なんだ、その表情は? なにをニヤけておる」


 魔王様の前にやってくると、いきなりそんなことを言われた。

 あ、ホントだ、とても弛みきってる。どうやら悪い女ってのが、ツボだったらしい。

 いかんいかん、ちょっと調子に乗り過ぎた。


「って、わざわざ両手で頬をつねらなくても良いと思うが」


 いやいや、これぐらいして気を引き締めないと。

 てか、このままではまた愚痴モードに入っちゃう。


 お酒って不思議だ。この心も体もほわわわーと軽くなる飲み物は、その分、あたしの中にある重いモノを全て吐き出したくなる衝動を生む。

 なにかとエロかった勇者様のこと。

 なにかとエグい魔王様のこと。

 一度は魔王様に愚痴を聞いてもらって軽くなった心に、まだこれだけの不満と不安があったなんて。驚きつつも、あたしはそれを誰かに話したくてたまらなくなった。


 でも、相手は出来るだけ普段の自分からは遠い人の方がいい。

 身内に話そうものなら、酔いが醒めた明日から人間関係が大変だ。その点、牛さんは一夜限りのアバンチュールにはもってこいだった。

 

 しかも、いざとなれば美味しく焼肉として処分出来るのもポイントが高いぜ、じゅるり。


「キィよ、余の大切な仲間を食料と見るのはやめてくれまいか。涎が垂れておるぞ」


 いやん。あたしはほっぺから手を離し、慌てて口元をぬぐう。


「まったく……まぁ、よい。それよりもコレについてお前に聞きたいことがあるのだ」


 魔王様から手渡されたのは一枚のカードだった。

 縦十五センチ、横五センチ、厚みがあって見た目と違ってずしりと重いそれは、言うまでも無く冒険者に与えられるステイタスカードだ。


 今さらこれがどうしたというのだろう。

 あたしが表面に触れると、表面が光り輝いてカードに情報が映し出される。


「あれ? これって、勇者様の?」


 勇者様のすっとぼけた顔の下に赤くDEAD死亡の文字……。

 いつの間に回収したのか、それは勇者様のカードだった。


「尋ねたいのはパーソナルスキルの件だ」


 促されるようにあたしはパーソナルスキルの情報を呼び出す。

 故・勇者様のパーソナルスキル・一撃必殺キラー・タイトル。その名の通り、一撃の元に敵を屠る必殺技だ。


「えっと、これの何を?」

「おぬしの『穿いてない』といい、そもそもパーソナルスキルとは何なのだ? 普通のスキルと何が違う?」


 ああ、なるほど。博識な魔王様でも、さすがに冒険者の詳しい能力事情までは知らないらしい。

 へぇ、なんか面白くなってきた。

 あたしは見えない眼鏡の縁を持って、掛けなおす振りをする。


「パーソナルスキルのことを知りたいのね、坊や。いいわ、お姉さんが教えてア・ゲ・ル」

「……キィよ、酔いを醒ます為にひとつ運動でもしてみるか」


 魔王様の掌にボンっと浮かんだ火の玉を見て、あたしはすかさず方針転換。平身低頭して


「パーソナルスキルとは冒険者になった時に開眼する、その人独自のオリジナルスキルでありまするぅぅぅ」


 と地面に頭をこすり付けるようにして説明していた。


「ふむ、なるほど」

「ちなみにあたしのパーソナルスキル『穿いてない』みたいなのは、一般的にクソスキルって言われます!」


 そう、パーソナルスキルは何も勇者様みたいに実用的(?)なものばかりじゃない。

『剣での攻撃スピードが通常の1・2倍』とか『毒の状態異常にならない』なんて羨ましいものがある反面、『息が臭い』や『モノマネが上手』なんてワケワカンナイものまである。


「キィの露出狂スキルはどうでもよいが……勇者のスキル・一撃必殺について説明してくれまいか?」

「だから好きで穿いてないわけじゃないんだってば!」


 あたしは反論するも、そこはそれ、魔王様のイジりへの対応もそこそこに、勇者様のスキルについて説明を始める。

 

 勇者様のパーソナルスキルは、一見とても便利なように思える。


「しかし、余の戦いで奴は一度も攻撃を当てられなかったぞ」


 そう、一撃で敵を屠る代わりに、犠牲になったのはヒット確率。

 とゆーか、勇者様の攻撃は基本的に一度しか敵には当たらない。


「どういうことだ?」


 勇者様の攻撃が空振りする度に、相手に与えるダメージ値が次の攻撃に蓄積されていく。そして何度も同じことが繰り返され、ついに敵のHP生命力を上回るダメージ値が溜まると、必ず攻撃が当たる『必中』が発動し……


「なるほど! まさしく一撃の元に敵を屠る、ということか!」


 うわん。一番美味しいところを持っていくのやめてよ、魔王様っ。


 ってか、ああ、そうか。

 今、ようやく分かったんだけど、魔王様って勇者様に似てるんだ。


 だって、あたし、よくギルドで他の冒険者たち相手に、同じような説明をしたもん。

 その時も一番いいところで勇者様が「そしてついに俺の一撃が相手を粉砕するのだぁぁぁぁ」とか言って横取りしたもんなぁ。


 いや、うすうす気付いてたよ? 気付いてたけど、改めて似ているなぁって認めてしまうと、何だかとってもイヤンな気分。


「ふむ。なるほど、そうか……」


 それでも魔王様はあたしの様子なんかまったく気にする素振りもなく、隣に寝そべるアリスローズちゃんに視線を合わせた。


「どう思う、アリスローズ?」

「……そうじゃのぅ。そんなパーソナルスキルがあるとはわらわも知らなんだわ。その勇者とかいうヤツ、小娘の件といい、ただモノではあるまい」

「ふむ。これは意外な拾い物かもしれん」

「じゃが既に殺してしまったのじゃろう、おぬし」

「ああ。だが、それほどの逸材、このまま見捨てるわけにもいくまい」

「うん? どうするつもりじゃ?」

「冒険者なら復活出来るのであろう? 勿論、そやつにも復活してもらう」

「何を言い出すかと思えば。それは無理じゃ。いいか魔王、復活というのは冒険者の意志で行われるものなのじゃ。この理は神でも冒すことは出来ん」

「ふん、ならばその理、魔王である余が壊してみせよう」


 魔王様がニヤリと嗤い、アリスローズちゃんが可愛らしい顔を思わず顰めてしまう。

 そんなやりとりをあたしは呆然と見ていた。

 

 いや、なんというか、ツッコミどころいっぱいすぎて逆に何も言えなくなっちゃったんだ。

 だってあの勇者様が只者じゃないとか、意外な拾い物とか……そんなわけあるはずないじゃん! 


 それにだよ、しかも魔王様ったら勇者様を復活させる、とか言ってるし。

 魔王様、ご乱心にもほどがあるよっ!

 

「キィよ! 明日の早朝、勇者復活の儀を行うぞ!」


 それなのに魔王様は堂々と宣言された。


「ええっ!? 魔王様も知ってるでしょ、あの勇者様がどれだけ人間のクズかって!」

「うむ。だがヤツは我が野望に必要であると判断した。必ずや生き返らせてみせよう」


 ええー、いや、生き返らさなくていいですよぉ。


 困惑するあたしをよそに「それでは準備があるので失礼する」と、宴を後にする魔王様。

 仲間の何人かに声をかけると、彼らとともに姿を消した。


 あたしは突然の魔王様の発言に、声もなくただそこに佇む。


 勇者様を復活?

 どうして?

 しかも魔王様が?

 ってか、魔王様の野望って一体なんなのさ?

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