第15話:ぶっ生き返す!!
翌朝。
あたしの気分はサイテーだった。
魔界のお酒は飲みやすいくせに、翌日にまで残るらしい。
頭がぐわんぐわんと痛み、足取りはフラフラと覚束なく、おまけに服がひどく牛臭かった。
出来れば今すぐお風呂に入って、メイド服も洗濯して奇麗さっぱりしたいところだ。
でも、あたしのそんな願いを容赦なく切り捨てるかのように、さっきからアリスローズちゃんがしっぽでお尻を叩きつけてくる。
「早く歩くのじゃ。魔王は勇者の死体がある洞窟入り口で、復活儀式を行うらしいぞよ」
二日酔いと寝惚けた頭で正常運転には程遠いあたしでも、アリスローズちゃんの言葉は理解できた。
でも、理解は出来ても納得は出来ない。
どうして魔王様が勇者様を復活させるのか、相変わらず理由がさっぱりだ。
まぁ、勇者様を復活させるメリットは、あたしにもミジンコぐらいはある。
いや、個人的にはそのままお静かにお眠り下さいという気持ちの方がずっと大きいよ。
だけど、あんな人でなしでも温厚で聡明な伯爵様のご子息なのだ。かわいいひとり息子が亡くなったと知れば、伯爵様はさぞかし嘆き悲しまれるだろう。
だから、勇者様が復活してそのまま伯爵様の元へ帰ってくれるのならば、あたしは大手を振って今回の復活を歓迎したはずだ。
でも、魔王様は野望のために勇者様が必要だとおっしゃられた。
それはつまり、復活しても勇者様はあたしたちと行動を共にするということだ。
ただでさえ効率的にあたしをこき使う魔王様だけでもしんどいのに、さらにあのロクデナシのエロ勇者様が復活なんて……もう勘弁して欲しかった。
ああ、足取りが重い……
「キィ、わらわは疲れた。背負ってたも」
しかも道中、あたしの許可を得ることなく、アリスローズちゃんが背中に飛び乗ってくるし。
あふん。なんだか昨日とは違ってドシンとくるよぅ。
文字通り、さらに重くなった足を引き摺りながら、あたしはとぼとぼと洞窟の入り口を目指すのだった。
「キィ、遅いぞ。何をしておったのだ?!」
「…………」
「危うく時間切れになるところではないか」
「…………」
「まぁ、よい。すでに魔神器のチューニングは済ませておる。今から始める故、お前も位置に付くがよい」
「……えっ!?」
いやいやいやいや、いきなり位置に付けとか言われても。そもそも位置ってなに?
って、それよりも!
「なんなんですかっ? その格好!?」
思わず叫ばずにはいられなかった。
洞窟の入り口の中心に置かれた、勇者様の頭の無い死体。それはいい。いかにも今から復活させるぞーって感じだ。
問題はその死体の前に立つ魔王様率いる集団。
その恰好は復活の「ふ」の字も感じさせないぐらい怪しさ爆発だった。
「格好? これがどうかしたか?」
「どうかしたかって、ソレ、どう見ても裏路地に屯ってるヒャッハーな人の格好なんですけど?」
「ヒャッハー? どうも言っていることがよく分からぬが、これぞ魔族流復活儀式の正式衣装であるぞ」
……どうやら人間と魔族との間には、なんだかんだで大きな認識の差があるらしい。
復活の儀式と言えば厳かな雰囲気の中、壮麗なローブを羽織った司祭様が神への嘆願を読み上げる様子を思い浮かべるのだけれど、
「魔族はこの衣装を着て魔神器をかき鳴らし、蘇らせるヤツの魂に響く言霊を連呼するのだ」
魔王様が肩から吊り下げている、魔神器と呼ぶ箒みたいな何かをひっかく。
ぎゅいーん!
たったそれだけなのに、爆発音とも、地響きとも違う、なんとも変わった硬質な音が洞窟に響き渡った。
思わずあたしも、隣で寝惚け眼のアリスローズちゃんも背筋をぴーんと伸ばす。なんか雷に打たれたみたいだ。
そして魔王様に続けとばかりに、集まった魔物の皆さんもそれぞれの魔神器を打ち鳴らした。
魔王様と同じような箒を抱えた人もいれば、大きな太鼓を叩きまくる人もいて、まるでひっきりなしに落雷する嵐のような凄まじい音の洪水だった。
「うへぇ」
「う、う、うるさいのじゃー」
あたしとアリスローズちゃんの抗議もどこ吹く風とばかりに魔王様は満足げに微笑むと、片手で仲間の動きを制する。
ぴたっと止まる音の暴走。
嵐が終わったはずなのに、何故か嵐の前の静けさという言葉を思い出していた。
「では、行くぞ。魔族流復活儀式・騒霊歌第一番!」
洞窟に先ほどの嵐の余韻が残る中、魔王様の声が響き渡る。
「『地獄からの階段』!!」
かくして魔王様たちは一心不乱に魔神器を奏で始めた。
まったくもってヒドイ。
とにかくヒドイ。
何がヒドイって、そりゃあ両手で耳を塞いでも全然効果のない爆音もあるけれども、魔王様の言っていた『言霊』ってヤツが
『愚かなる最後を遂げた不浄なる魂よ。何の力も持たぬ虫けらにも劣る存在よ。このまま惨めな骸を晒してよいのか。クズだノロマだと嘲られてよいのか。悔しいなら蘇れ。怒れるなら逝くなかれ。今一度魂を取り戻し、精一杯生きて、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!』
まさかの罵詈雑言だった。
そもそも復活させるのに何故にそうも「死ね」を連呼するんだろう。
魔物の感性はよく分かんない。
「何をやっておる、キィ。お前も言霊を紡ぐのだ」
「ええっ!?」
「生前に深い関わりがあった者の方が、より死者の魂を震わせることが出来るのだ。キィの言霊であればきっと勇者を蘇らせられよう」
さぁと勇者様の遺体の前に押し出されるも、どうにもたじろぐ。
えーと、一体どうすれば? そもそも言霊って何を言えばいいんだよぅ。
「勇者に持っている不平不満を言霊としてぶつけよ。さすれば怒りに燃え滾った勇者の魂が奇跡を起こすであろう」
むぅ、それってつまり、悪口を言われた死者が怒りのあまり思わず生き返ってしまうってこと?
うわん、なんとも魔族らしい、悪趣味なこって。
「さぁ、お前の言霊を響かせよ!」
魔王様に急かされて、勇者様の躯の前に立つ。
えーい、こうなったら仕方ない。ホントはこんなのやりたくないんだけど。
『勇者様のエロぼけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
まずは一言、思いっきり叫んでやった。
あたしの絶叫に合わせて、魔王様たちの魔神器が一層激しく洞窟に鳴り響く。
『ホント、もう、心から勘弁。うちの勇者様、マジでエロくて、セコくて、人間ちっちゃい。あたしにはセクハラばかり。なのにぼんっきゅっぼんっなおねーさんにはモジモジして何も言えなくなるし。そもそもあたし知ってる、勇者様童貞。偉そうなことばかり言うけど、ホントは未体験。エロガキの妄想ばかり、付き合わされるあたしの身にもなってみろーーーーー!』
魔王様がいいぞとこちらに顔を向けながら魔神器のリズムに合わせて身体を揺らしている。
その隣で魔王様と同じ魔神器をかき鳴らすワーウルフが、さらに乗ってきたとばかりに左手を激しく動かし、より凶暴的な雷鳴を作り出した。
負けじと激しく太鼓を叩きまくるホブゴブリン。その合間にあたしへぐっと親指を立てる姿は魔物ながらにカッコイイ。
おおう、なんかノッてきた!
『そもそも勇者って称号も怪しい。興味があるのはお金とレアアイテムと経験値。感謝の言葉よりゼニやゼニ。さもなきゃ家宝を譲り渡せって、そんな勇者がどこにいるのさ? だいたい勇者様、戦闘ではほとんど傭兵任せ。アホなスキルのおかげで無駄な体力使いたくないとか言ってさ。でも、敵を倒す美味しいところだけはちゃっかりゲット。セコいよ、セコすぎるよ、勇者様。あと、怪しげな宝箱が出たらあたしに丸投げするの、やーーめーーてーーーーーーーーーー!』
「ええい、キィもうるさいのじゃー!」
あたしのとびっきりの高音に、アリスローズちゃんが炎を洞窟の天井めがけて吐き出す。
おおっ、すごい。まさしく燃える演出だ。
本当は抗議の意味合いが込められた炎なんだけど、そんなのは関係なくあたしのテンションはさらに上がってきた。
「よし、あともう少しだ、キィよ」
さらに魔王様が後押しする。何が「あともう少し」なのかはよく分からなかったけれど、あたしはさらに大きく息を吸い込んだ。
『あたしの体で遊ばないでよ。あたしだってやれば出来るさ、ホント。でも、おバカで、エロくて、セコい勇者様が許さない。LUKなんて何の意味があるのさ? それよりSTR上げるでしょ常考。勇者様のバカ、アホ、まぬけ、とんま。一体なに考えてんだよ。そんなのだから死んじゃうんだよっ。童貞のまま死んじゃうんだよーーーーーーーーっ!』
『ふん、童貞め! 哀れな童貞め!』
『マヌケ! マヌケ!』
『足臭い! 足臭い!』
『臭いのじゃ! 臭いのじゃ!』
儀式中最大の盛り上がりを見せる中、みんなが口々に勇者様の悪口を並べ立てる。
うん、正直、やりすぎた。さすがの勇者様もそこまで言われなくちゃならないほどの極悪人じゃない。
てか、足臭いなんてあたし一言も言ってないぞ。一体誰さ、そんな悪口言ってるのは。アリスローズちゃんにまで影響を与えてるじゃん。
……まぁ、否定はしないけどね。
「おお、勇者の復活は近いぞ」
しかし、そんな悪口シュプレヒコールが効いたのか、ついに儀式の目的が果たされる時が来た。
はっきり言って、さっきまでその存在をすっかり忘れていたけど、あたしは地面に倒れこんだ勇者様の亡骸に注目する。
プレートメイルに身を包んだ勇者様の頭のない遺体が、激しくびくんびくんと震えていた。
「怖っ!」
うん、めっちゃ怖い。
例えるなら陸に打ち上げられた魚がびちびちと跳ねる様な動き、それを頭の無い人間が繰り返している。
うへぇ、悪夢だ、今夜夢に出そう。
こんな悪霊はとっととあの世に送り返した方がいいよ、絶対。
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