第16話:勇者復活、そして秒殺

「よし、キィよ、とっておきの言霊で勇者を蘇らせるがよい」


 復活直前の勇者さまの死体を前に、魔王様がなんかいい顔をして言ってきた。

 ああ、魔界流の復活儀式なんて信じたあたしがバカだったよ。


「で、でも、もう勇者様の悪口は全部言い終わっちゃいましたよぅ」

「いや、そんな事はなかろう。余の見立てだと、さらに『包茎』ってのが残っておる。どうだ、キィ、勇者はそのような重病を患ってはおらなかったか?」

「そんなの知らないよっ!」


 うん、そんなの知るわけが無いし、想像したくないぐらい思いっきりドーデモイイ。


「そうか。となると他には『短足』『人望がない』『装備の趣味が悪い』『お供の教育がなってない』ってのがあるのだが、ううむ、どれも弱いな」


 ちょっと、最後のヤツ、絶対わざとでしょ!

 えーえー、どうせあたしはろくな教育なんて受けてませんよー。おバカで悪かったねー。


「あ、そだ」


 思わずいじけモードに入りそうなところで、ひとつ思い出したことがあった。

 勇者様がひそかに気にしていて、以前に「失敗したな」とか言っていたのをこっそり覗き見したことがある。

 アレならもしかしたら勇者様の魂にヒットするかもしれない。


 なにか閃いたのかと視線で投げかける魔王様に私はこっくりと頷くと、相変わらず気持ち悪い動きをしている勇者様の死体にそっと話しかけた。


『勇者様―。ご安心下さい、頭が吹き飛んだから、もう薄毛・抜け毛で心配する必要はなくなりましたよー』


 そう、実は勇者様、「何だか最近毛が薄くなってきた気がする……」とか「ぐぉぉぉ、シャンプーしたらめっちゃ毛が抜けたぁぁぁ」と部屋で叫んでいたり、自分の頭髪を結構気にしてたのをあたし、知ってるんだ!


 傍から見たらふっさふさで心配する必要はなさそうなんだけど、あたしや傭兵さんたちにナイショにしていたくらいだ。きっと知られたくない秘密にちがいない。


 ぷーくすくす。なんだか意地悪いけど、思わず噛み殺した笑いが零れ出る。


『わはははははは、聞いたか、勇者がハゲだってよ!』

『おいおいおい、だったら戦うのは俺たちじゃなくて、自分の薄毛と戦うべきなんじゃねーか!?』

『ハゲじゃ! ハゲじゃ!』

『うむ、これからは薄毛勇者ハゲマゲドンと名乗るがよい』


 ところが魔族たちときたら、よっぽど勇者様のハゲ説が気に入ったのか、豪快に笑い飛ばしたときたもんだ。なんだよ、ハゲマゲドンって。そんなの勇者様の名前じゃないよ、魔王様!


 でも、結果としてこれが効いた。

 いや、効きすぎた。


 さっきまで地面をのた打ち回っていた頭なしの死体が突然立ち上がり、あたしの方にゆーらゆーらと歩いてきたのだ!


「えっ!? いや、ちょっと、なにこれ怖い!」


 オマケにそれまで騒いでいたみんなは引き潮の如く、ささっとあたしから離れていくし。

 おーい、あんたら鬼か!? 悪魔か!?

 あ、魔族かっ!

 って、いやそんなことよりも、どうすればいいのさ、これ!? 

 助けてっ、魔王様!


「うむ。この魔族流復活儀式は昨日思いついたのだが、この復活シーンのビジュアル的エグさは想定外である。さすがの余も若干引いておるところだ。であるから、あとはキィに任せる」

「そんな無責任なっ!? って、ひいいいいいい!!!」


 突如、あたしの両肩に重い何かがのっしと載せられたかと思うと、力強く握られた。

 それは言うまでも無く故勇者様の両手。死んでるくせにがっちりとあたしを捕捉して逃がさない。


「あわ、あわわわわわわわ」


 生前でもこんな状況に追い込まれた時は、とても嫌な予感がしたもんだ。

 でも、死後のそれは生前とはとても比べ物にならない。

 なんせ頭が無いのがとんでもなく怖い。怖すぎて、こんな時の常套手段、必殺・股間蹴りもすっかり頭から吹き飛んでいたぐらいだ。


「……キ……い……し……な……」


 しかも! しかもだよ!

 頭が無いくせにこの死体、なんか声らしきものが聞こえてくるし。

 うわん。ダメ。もうダメ。怖すぎて死ぬぅ。

 

 あたしは半狂乱になって最後の抵抗を試みる。

 身体を捻って、手足をじたばた。なんとかこの場から逃げ出そうともがく。


 でも、勇者様の両手に掴まれた肩はいかんともしがたく。

 おまけにずずいと身体を近づけてくるし!


 と、思った瞬間。


「キィ! ご主人様である俺の悪口言いたい放題とは、いい根性してやがるなぁ!!!」


 勇者様のいつもの声が聞こえたかと思うと、ちょん斬られて鈍い血色をした首元から突然ズボッと頭が生え出してきた!


 ひぇぇぇ、き、キモチワルイ! もはやSAN値直葬レベルの衝撃映像だ、これ。

 てか、もうなんなんだよぅ。これって絶対人間としての復活シーンじゃないよぅ。


「あ、もしかして勇者様、リザードマンとしてこの世に転生を!?」

「誰がリザードマンだ!」


 すかさず左手であたしの肩を拘束しながら、右手で勇者様チョップが額に飛ぶ。

 痛い、痛い、痛いいいー。

 もう、あたしのボケにコンマ数秒ですかさずツッコミを発動させるなんて、蘇ったばかりだと言うのになんでこんなに元気なんだ、この人?


 ちなみに言うまでも無く、チョップをかました腕は普通の人間のもので。

 おまけに人間らしからぬ復活ではあったものの、首元から飛び出してきた頭には見慣れたバカ面が張り付いていて。

 いきなりのご主人様発言といい、何の遠慮もないツッコミといい、それはもう残念なことに間違いようがないぐらい、うちのダメ勇者様そのものだった。

 

「あは、あはは。ホントに復活しちゃったんですね……」


 復活してしまった勇者様に、あたしはもう笑うしかなかった。


「まったく。戻る気などなかったんだぞ、俺は。それなのにお前ときたら、あれだけ世話してやった俺に信じがたい罵詈雑言……思わず復活したわ!」


 そして今度はゲンコツをあたしの頭に一発落とす。世話って何のことだよっと突っ込む暇すら与えない、その傍若無人ぶりが実に勇者様らしかった。


「いいか、キィ、よく聞け。俺は決してハゲてない。この若さでハゲてたまるか、コノヤロウ。そもそも毛が抜けたのだって、役立たずなお供のおかげで心労が絶えないからだし、死んでしまったのだってお前がいきなり避けたのが原因だろーが。それなのに人をハゲとか言うわ、マヌケと称すわ、おまけに足が臭いとほざくとは言語道断だ!」

「いや、ですから、足が臭いって言い出したのはあたしじゃないですってば!」


 そもそもそれ以前にあたしが役立たずなのは、勇者様が面白半分で育てたのが原因じゃないかっ!

 死んだのだって勇者様が油断してたからだし、あたしが悪いことなんてひとつもないんですけどっ!


「それにこれだけははっきり言っておく。俺が童貞なのは、決してモテナイからではない。俺ほどのキング・オブ・勇者の遺伝子を戴くには、それ相応の美女が相手でなくてはならぬのだ。それこそそのあたりの町娘はもちろん、小国の姫でも話にならん。例えるならば夜空に散りばめた星々よりも美しく、天向けて聳え立つ万年雪を頂く峰よりも高貴で、世界を真紅に染め上げる夕日のような情熱を持った女性でなければ……んっ!?」


 思いっきりドーデモイイことを熱弁していた勇者様が、不意にあたしから視線をずらした。

 どうしたのだろうとその視線の先を辿ると、そこには両腕を組んで不敵な笑みを浮かべる魔王様と魔族の一団&眠そうなアリスローズちゃん。


 あ、ヤバイ。勇者様を蘇らせようと企んだのは魔王様だけれど、そもそもその勇者様を殺しちゃったのも同じ魔王様だった。

 でも、勇者様にとって、魔王様はただただ自分を死に追いやった仇そのもの。復讐を考えてもおかしくはない。


「あ、勇者様ストップストップ! 確かに勇者様を殺したのは魔王様だけど、勇者様を生き返らせようとしたのも魔王様なんだよぅ」

「キィ、うるさいぞ。黙れ」


 勇者様の厳しい声があたしを制する。

 掴まれていた肩はとっくに自由になっているのに、たったそれだけであたしは動けなくなってしまった。

 何もできないまま、勇者様が魔王様に向かって歩いていくのをただ見つめる。


 冷静に考えれば、蘇ったばかりの勇者様が魔王様に立ち向かってもまったく歯が立たないのは間違いない。

 だってレベル1なんだもん。

 それに魔王様だって、こんな状況もありうることぐらい、勇者様を蘇らせる前に考えているはずだ。

 魔王様は自分の野望の為に勇者様が必要だと言った。ならば復讐に燃える勇者様を手懐ける手段は既に用意していると思う。


 でも、不安は止まらない。

 お願いだから勇者様、落ち着いて。

 魔王様も大人になって。

 ここで喧嘩してもお互いに何も得しないよ? 

 てか、また勇者様が死んじゃったりしたら、復活させるの面倒くさいじゃん!


 あたしがあたふたしつつも何も言えないうちに、勇者様と魔王様の距離はどんどん近付き、ついには襲い掛かかるに十分な距離にまで達してしまった。


「勇者よ、復活を心から祝おう。おめでとう」


 魔王様が右手を差し出した。


「なん……だと……!?」


 勇者様が信じられないと呟く。

 そして差し出された魔王様の右手を無視して、疾風の如く飛び掛った!


「え、マジ!? なんだこの可愛らしさは! ヤベェ、激萌えなんですけどっ! おじゃーちゃん、お名前、なんて言うの!?」


 うん、魔王様の隣でうつらうつらしているアリスローズちゃんに抱きつきやがりましたよ、あのヘンタイ勇者!


「うひゃ、なんじゃ、おのれは!? ちょっとやめれ、頬をすりすりするでない」

「うっひょー、ぷにぷにだぁ、すげぇぷにぷにしてるよー。いえい、幼女最高! ひゃっほーい!」


 アリスローズちゃんに頬を押し付けて抱擁し、超ご満悦な勇者様。

 対して突然抱きつかれてスリスリされて大迷惑なアリスローズちゃん。

 その傍らでは未だ魔王様が右手を差し出しながら呆けていて。

 あたしはもう頭を抱えるしかなかった。


「ええい、もうやめれというておろうに。この下郎めー!」


 ついに堪忍袋の緒が切れたのか、抱きつく勇者様にアリスローズちゃんがファイアーブレスをお見舞いする。

 激しく辺りに火の粉を撒き散らす炎の竜巻。

 その猛威が収まると、アリスローズちゃんに抱きついた勇者様だったモノ――もはや焼け焦がれた単なる物体――が、ごとりと地面に打ち伏せた。


「……キィよ」


 この状況を一通り見終えると、魔王様がうんざりした様子であたしに呼びかける。


「ロリコンという言霊を入れて、もう一度儀式を執り行うぞ」


 私は「はぁ」と落胆した返事をしながら、魔王様って意外と辛抱強いんだなぁと感心していた。

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