第8話:あなたは魔王を信じますか?

「おおっ、魔王様!」


 魔王様が扉を押し開くと、部屋の中から一斉に歓喜の声が湧き上がった。

 あたしはそーと後ろから部屋の中を覗きこむ。


 扉からは想像できなかったけれど、中はかなり広い空間だった。

 魔王様と死闘――というか、あたしがただ逃げ回っていただけだけど――を繰り広げた大広間並みにある。中心には大きな焚き火があり、大勢の魔物がそれを囲んでいた。


 豚面で全身汗まみれのオーク。

 筋肉隆々でヘルメットをかぶったホブゴブリン。

 ガーゴイルは身に付けた作業用パンツにハンマーや小ぶりの斧をぶら下げ、スケルトンは地面に刺した盾にもたれていて、他にも多種多様な魔物がぞろぞろ揃っている。


 まさにモンスターハウス。冒険者なら、扉を開けた途端に一目散で逃げ出したくなる数だった。


 それら様々な魔物が魔王様の姿を見るやいなや、次々と床に伏して深々と頭を垂れていく。

 やがて全ての魔物が平伏し、物音ひとつすら憚れる静けさに部屋が満たされると、魔王様は毅然とした態度で言い放たれた。


「皆ご苦労である。此度の遠征の目的であるダンジョン主の発見の報告、しかと受け取った。大儀であったな」


 ははーという声と同時に、先ほどの魔王様登場以上の歓声が部屋を満たした。


『魔王様の為にがんばりやした!』

『魔王様、久しぶりにやっちゃってください!』


 そんな魔物のはしゃぐ様を、魔王様はなんとも嬉しそうに目を細めて眺める。

 やっぱり魔王様は優しい人だなと改めて思った。


「時に魔王様、その人間の娘っ子は一体なんですかい?」


 たまたまあたしと目が合ったワーウルフの質問に、沸きあがった歓声が一気に鎮まり、部屋にいる全ての魔物がこちらを睨みつけてきた。


「うむ、なかなか面白い能力の持ち主でな。余の奴隷として傍に置くことにした」


 魔王様の言葉に、おおーっと魔物たちから驚きの声があがる。


「しかし魔王様、人間なんぞ傍に置いては、いつ寝首を刈られるか分かったもんじゃないですぜ?」

「うむ、もっともな意見だ。しかし、こやつに関してはその心配もない」


 魔王様は懐からあたしのステイタスカードを取り出すと、皆に見えるよう掲げる。


「神の奴らめ、面白いものを造ったものよ。これはな、神が人間たちを支配する為に作ったものだ」


 ほおーっと感心する魔物たち。

 でもそれを「えええっー!?」と、あたしの驚いた声がかき消した。


「ちょ、ちょっと、何ですか、それ? 神様が人間を支配するためって? あたし、そんなの聞いたことないですよっ?」

「それはそうだろう。相手にそうとは悟られず支配するのが神の十八番であるからな」


 さも当たり前かのように話す魔王様。


「そもそも考えてもみるがよい。カードに自分の能力が数値化され、さらには成長ポイントなる数値を入力すれば、たちまち身体に影響を及ぼすなんておかしいと思わないか?」

「そりゃあ思いますけど、でもだからってそれがどうして神様の人間支配なんてトンデモナイ考えに繋がるんですかぁ?」

「その質問には敢えて質問で答えよう。キィよ、お前はどうして『はたき』なんかを武器にする?」

「え? それはだってSTRが3ですから『はたき』ぐらいしか持てなくて」

「ふむ。では次の質問だ。キィ、どうしてお前はあんな性格が悪い勇者と一緒に冒険していたのだ? そして何故今、余とともにおる?」

「ええっ!? そんなのステイタスカードの強制力に決まって――」


 言ってて気付いた。

 なるほど、あたしたち、確かにカードに支配されてる!


「そうだ。仮に連続で振り回すのは無理だとしても『竹箒』の一振りぐらいはお前でも出来るであろうし、鎖で縛られているわけでもないのだから逃げようと思えばいつだって逃げられたはずだ。が、。神が作ったこのカードの力で、な」


 私の頭の中で既存概念が、魔王様がおっしゃられるところの真実と掴み合いのバトルを始めた。

 魔王様の言葉にはなるほどと納得させるだけのものがある。

 だけど子供の頃から神様を信じていたのだから、こんな疑うような考えをすぐには受け止められない。


「まぁ、信じる信じないはキィ自身に任せるとしよう」


 魔王様は苦悶するあたしから再び魔物たちへ目線を移した。


「しかし、事実としてこのカードには人間を拘束する強力な力が備え付けられておる。そのひとつを利用して、余はキィを奴隷としたのだ。こいつがある以上、キィが余を裏切り、寝首を刈るなどという反逆は絶対行えぬから皆安心するがよい」


 へへぇと頭を下げる魔物たちを見て満足した魔王様は、マントを高々と翻す。

 そして傍らでまだ悩んでいるあたしにもマントをかぶせると、そっと体を引き寄せた。


「それではこれより余とキィはダンジョンの主であるドラゴンの説得に向かう。まぁ、十中八九戦闘になるであろうが、汝らは余の勝利を信じ、勝利の宴の準備をせよ!」


 魔物たちのオウという返事が部屋に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 って、へ? ドラゴンと戦う?

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