魔王様のゲーム～勇者のお供で魔王の奴隷なぽんこつメイド、世界を救う！？～

第6話：魔王とメイドとボールギャグ

　滅入ちゃうほど、頭がずきずきと痛んだ。

　まるで火酒を無理矢理飲まされた翌朝のようだった。

　おまけに頬にも時折鋭い痛みが走る。

　こちらは鞭で打たれるような、鋭い痛みだった。

　もう一体、何なんだよぅ？

　ふたつの異なる痛さに耐えながら、目を瞑ったまま今の状況を思い出してみる。

　街のカジノですっからかんになったあたしたちは、一攫千金を夢見てドラゴンが住むというダンジョンにやってきた。

　そしたらいきなりボスらしき魔物と遭遇。傭兵ふたりがとっとと逃げて、おバカな勇者様はあっさりと殺されてしまった。あたしは命からがらボスの攻撃を避けまくっていたはずなんだけど……。

　あれ、そう言えば最後はどうなったんだっけ？

　頭を捻るけど、思い出せなかった。

　まぁ、でも、夢なんて所詮そんなものだ。

　勇者様の頭が吹っ飛ばされるシーンなんて、こう言っちゃ悪いけど実に胸がすっとしたなぁ。

　さて、今が何時か分からないけど、もうひと眠り――。

「痛っ！」

　頬にひときわ大きな痛みが走り、あたしは思わず目を開けた。

「ようやく目覚めたか」

　そこには片膝をついた魔王様がさらにもう一発お見舞いしてみるかとばかりに平手を上げながら、あたしの顔を覗き込んでいた。

「うわわわわ、なんで？　なんで、魔王様が？　あれは夢じゃなかったの？」

　慌てて上半身を起こすと、ずさささっと後ずさる。

「うげっ！」

　どうやら壁が近かったらしい。後頭部を岩壁にしこたまぶつけてしまって、頭上に星がひとつふたつくるくる回った。

「キィよ、お前はもう少し落ち着きを持った方がよい。その調子ではこれからが思いやられるな」

　あたしのパニックぶりを見て、魔王様は大きく溜息をつく。

　でも、その瞳は何故か優しげに感じられて、あたしは「はぁ」と馬鹿みたいな返事をする。

　……って、ちょっと待て。

　これから？　これからって何だ？

　いや、それよりも何で魔王様があたしの名前を知ってるの？

　それにちょっと自分でも気になってたんだけど、あたし、さっきからなんでこの人を「魔王」じゃなくて「魔王様」って呼んでいるんだ？

　とても嫌な予感がして、慌ててポケットに入れておいたアレを手探りする。

　薄っぺらいお財布とか。集めてどこかに持っていくと不思議なアイテムと交換してくれるらしい小さなメダルとか。小瓶に入ったエリクサーという名の清涼飲料水とか。

　我ながら異次元に繋がっているんじゃないのと思うぐらい雑多な物で溢れるポケットの中に、ひんやり冷たいお目当ての物を探りあてて、ホッと胸を撫で下ろしつつ取り出す。

　表面に二枚目を気取った勇者様の顔が浮かび上がっていた。

　これじゃないっ！

　思わず地面に力いっぱい叩きつける。

「お前のならばここにあるぞ」

「ああっ、あたしのステイタスカード！？」

　あああああ、不安が見事的中。

　カードを指に挟む魔王様を見て、あたしはがっくりと肩を落とした。

「喜ぶがよい。あれほどの攻撃をかわしたお前に、これから余の奴隷として働く栄誉を与えよう。余のことは『魔王様』と親しみを込めて呼ぶがよいぞ。と言うか、そのように設定しておいてやったわ」

　魔王様なのに「と言うか」なんて言うなーとツッコミを入れたいけど、そんな状況じゃない。

　相変わらず間抜けな表情を浮かべるあたしの顔の下、本来ならば健康状態を表示する部分に「ＳＬＡＶＥ（奴隷）」の文字が光っていた。

「では、早速仕事がある。ついてまいれ」

　魔王様がマントを翻すと同時にあたしは無意識にぴんっと立ち上がった。

　そして歩き出す魔王様の後をついていく。

　ひーん、行きたくない。行きたくないよぅ。なのに身体が勝手に……うええ、カードの強制力ハンパなさすぎるぅ。

　ってか、おバカな勇者様の次は、魔王様の奴隷だなんて……。なにコレ、悪夢にしても酷すぎる。

　頬をぎゅーと抓ってみた。涙が出るぐらい痛かった。

　あはは、やっぱり現実なんだ……はぁ、マジデスカ？

　あたしはまだズキズキ痛む頭に、ジンジンと疼く頬まで自ら加えて、ノロノロと魔王様の後ろを追いかけた。

「いらぬお世話だろうが、お前は一体どんな育てられ方をしたのだ？」

　空中にふらふら浮かぶ蒼い炎に導かれてダンジョンをずんずん歩く魔王様が、振り返りもせず話しかけてきた。

「お前のカードを見たが、能力値のバランスが異常だ」

　ううう、だって勇者様が好き勝手に成長ポイントを振り分けたんだもん、あたしのせいじゃないよーと心の中で抗議の声をあげた。

「おまけにスキルもパーティスキルのみで、戦闘に使えるスキルがまるでない」

　だーかーらー、それも勇者様のせいなんだってばーと目で訴えるあたし。

「まったく、人間の考えなど余には想像もつかんな」

　相変わらずあたしのほうを見ないで、一人溜息をつく魔王様。

　いやいやいや、むしろ溜息つきたいのはあたしだしと、今度は鼻息でアピールする。

「そのあたりを余にも分かるよう説明を……キィ、何故先ほどから何も言わぬ？」

「ふげ（これ）をふ（つ）けてふ（る）からふ（だ）ぁぁぁぁ！」

　やっとあたしの方を振り返る魔王様に、ふがふがと抗議の声をあげた。

　魔王様は立ち止まり、不思議そうな顔をしてあたしを見下ろすと、これまた理解できないという表情でなにやら呪文を唱える。

　口に咥えさせられていたボールギャグがたちどころに消え去った。

「あんなの付けられて話せるわけないでしょー！」

「なんだと？　しかし、人間は奴隷にあのようなものを咥えさせるのであろう？」

「あんた、一体どんなエロスな奴隷を想像してるんだー！？」

　怒りながらつい想像してしまった。

　実におぞましい。これだから男は。まったく男ってヤツは！

「ふむ。どうやら余の知識に誤りがあったようだ。非礼を詫びよう。許すが良い」

「え？」

　魔王様が謝ってきた。

　これは意外だ。魔王なんだからあたしの言うことなんて聞く耳もたないと思ってたのに。

「えっと、あの、魔王様は魔族なんだから人間の文化に疎いのは仕方な――」

「では、改めて命じよう。キィ、お前の能力値の異常性から『わたし、あんなところにホクロがあるんです』的な他人には絶対知られたくない恥かしい秘密まで、全てを余にさらけ出すがよい」

「わざとか！　知っててわざとやってるでしょ、あんたー！？」

　ちょっと見直したと思ったあたしがバカだった！

　あーん、もう！　エロバカ勇者様の束縛から逃れられたと思ったら、今度はエロ魔王様の奴隷ってなんなんだよぅ！

　あたし、ＬＵＫ（幸運）は高いはずなんだけど、絶対ツいてない！

　あたしは己の不幸をしみじみと噛みしめながら、それでもぽつりぽつりと身の上話をし始めるのだった。