第4話:君の名は?
「その場の雰囲気で逃げようとは。先ほどの行動といい、なかなか面白い娘だ」
ボスがくっくっくと嗤った。とても様になっておられる。
「だが、余には効かぬ。残念だったな、娘よ」
おおう、自称が「余」ときたよ。ますますもってボスっぽいなぁ。
「ふふ、このような状況においても動じぬ、か。ますますもって気に入った。次はどのような奇抜な行動で余を楽しませてくれるのだ?」
いや、楽しませているつもりは全く無いんですけど。
こっちはもう本気でいっぱいいっぱいなんですけどっ。
あたしは改めて先ほどのボスの戦いを振り返る。
炎弾の連射も可能な、底見えぬ魔力。
一撃で勇者様を屠り去った、強力な魔法。
こんな相手に対して、いまだに武器が『はたき』のあたしに何が出来るんだろう?
うん、どう考えても無理。お手上げ。
だから衝撃的なご主人様の死→別れ→旅立ちという一連の流れから、なんとか逃亡しようとしたのだけれど、失敗に終わった今はもう「オワタ」の三文字しかない。
と言うことで、あたしは本当に両手を上げた。降参デス。
ところがボスは眉を顰めて、不思議そうな面持ちで両手を上げるあたしを眺めた。
「なんの真似だ?」
あれ? 意味が通じない? ああ、そうか、この格好って「両手に何も持ってませんよ降参ですよ」というジェスチャー以外にも、世界中から元気を集めていたり、ハラキリアタックを敢行する前動作にも見えるのかもしれない。
と、すると、アレだ。白旗だ、白旗。どっかに白い布はなかったかな?
咄嗟に一つ思いつくものがあったけれど、あいにくとそれは身に付けていない。
仕方がないので体中をまさぐって、白旗になるような物を探した。
そうだ、エプロンを外して振ってみようか?
でも、それって降参に見えるかな? なんか逆に相手を煽るみたいな映像が頭に浮かぶんですけど……。
「娘よ、降参という意味は余にも分かる。が、ボス戦で『逃げられない』ように、『降参』なんて選択肢も普通ないであろう?」
「ああ、そうか、しまったっ!」
言われてみればそうだ。うぐぅ、どうしよう?
「どうやら分かったようだな」
あたしの慌てる姿を見て、深く頷くボス。
「では、そろそろ死ぬがよい」
そして何を考えてるんだか、いきなり火の玉を飛ばしてきた!
「うわー、あぶなっ!」
ボスの突然な攻撃を間一髪、体を捻って避ける。
危なかった、ホントに今のはギリギリだった。
その証拠に冒険者メイド専用エプロンを縁取るレースに、ちりちりと炎が燃え移っている。
慌ててぱんぱんとこれまた冒険者メイド専用グローブ、通称『なべつかみ』を使って鎮火した。
「ほぉ、あれを避けるとは、なかなかの反応だ」
ボスがさも楽しそうにニヤリと口角を上げる。
「ならばこれはどうだ!」
軽く振られるボスの右手。
身構えるあたし。
でも何も起こらず、不発かなと思っていると……
「うひゃぁ!」
ポツリと天井から何かが落ちてきて、なべつかみの上でジュッと音を立てて消えた。
驚いて上を見てみると、暗闇にいくつもの赤い粒が落ちてくるのが見える。
雨。でも、水じゃない。
「炎の雨なんて無茶苦茶だぁ!!」
あたしは悲鳴を上げながら、なべつかみを頭にかざして逃げ回る。
と言って、いつまでも避けられるものでもない。ずぶ濡れ、もとい火だるまにならないよう、凌げそうな場所を探さなければ。
そうだ! 戦闘が始まった時に隠れていた岩陰は……って、うそん、さっきかわした火の玉の直撃を受けて吹き飛んでるしっ!?
そうこうしているうちに、炎の雨足が少しずつ強まってきた。
ああ、もうこうなったら仕方ない、これも命ある者が生き残る為だ!
あたしは意を決して、床に転がっていたプレートアーマーを足を支点に斜めに持ち上げる。
くそ重っ!
もうっ、時間があったら中身を引きずり出して、どっかに放り捨ててやるのになぁ。
「あちちちちっ! もう、熱いってばー!!」
でも、火の雨が一粒二粒と頭に落ちてくる今、そんな悠長なことはやってらんない。
チリチリ頭になる前になんとかしないとっ。
ふんぬー!
力を振り絞って、なんとか地面と鎧の間に十分な空間が生まれるぐらいに持ち上げることができた。
そして、その空間に体を滑り込ませるのとほぼ同時に、それまでポツリポツリ降っていた炎の雨がが途端にドザザザザザッと天井から降り注いでくる。
まさに炎のスコール! すぐに止んだけど、あんなの直撃食らったらチリチリ頭では済まない。
「あ、危なかったー」
ピンチを脱してホッと一息。
が、安心するのも束の間、今度は突然足元が熱くなってくるのを感じた。
うわん、嫌な予感。
すかさずプレートアーマーから飛び出して横っ飛びすると、案の定、あたしが居た場所から炎の柱が噴き出してきた。
嗚呼、吹き飛ばされて高々と宙を舞うプレートアーマー、いとおかし(言うまでもなく中に死んじゃった勇者様の身体が入ってます)。
「なかなかやるっ!」
けど、情緒なんかお構いなしにボスの攻撃はとまらない。
ボスが地面をつま先でタッピングする度に、地面から火柱があがる。
それをあたしはもう奇跡的としか言いようのない動きで避け続けた。
「楽しい、楽しいぞ、小娘! お前の悪運が尽きるのが先か、余の魔力が枯れるのが先か、面白い勝負になりそうだ!」
「面白くない! ちっとも面白くないよぉ~」
泣きそうになりながら、それでもよけまくる。
かくして炎輪、炎弾、炎波、炎柱、ありとあらゆる攻撃を繰り出すボスの発狂モードが延々と続けられるのだった。
そんなこんなで一時間後。
人間というのは自分のことを理解しているつもりで、実は全然知らないものらしい。
あたしはボスの怒涛の攻撃を、見事に避け続けていた。
正直、冒険に出るまでの私はこんな俊敏ではなかったから、これはやっぱり勇者様が面白がって成長させた
何の役にも立たないと思っていたら、こんな当たり判定になっていたとはっ。人生、どこでどう転ぶか分からないものだ。
でも、避け続けているだけでは勝機はないんだ、困ったことに。
だから、あたしは
「そんな攻撃なんか効かないわ! あたしを倒したいのなら、貴方の究極魔法を放ってきなさい!」
何百発目かの炎弾をかわした後に、ボスを指差して大見得を切った。
驚きで切れ長の眼を見開くボスに、あたしは一気に畳み掛ける。
「貴方の究極魔法であたしを倒せば貴方の勝ち。でも倒せなかったらあたしの勝ちで、あたしを見逃してやりなさい!」
そして格好良く上から目線で、情けないことを言ってやった。
だってしょうがないんだもん。攻撃は避けれても、こちとら
生き延びるにはボスが「こいつは倒せん」と認め、見逃してくれる以外に考えられなかった。
「余に究極魔法を唱えろ、だと?」
ボスが呟く。最初は押し殺したような声量だったのが、やがて「くっくっく」とはっきりと聞こえるほどに笑い始めた。
「魔王である余に、そのような愚かな提案をする人間がいるとは思いもよらなかったぞ」
笑い声は「くっくっく」から「はっはっは」に変わっていた。
というか、この人、今さりげなくトンデモナイ自分の正体をカミングアウトしなかったか?
「面白い。面白いぞ、小娘よ! その願い、叶えてやろう。この魔王が誇る最強の魔法を、見事避けてみせるがよい! あーはっはっは!!」
ボス、いや、魔王の笑い声が洞窟に響き渡る。見事な悪人笑い三段活用だったなと感心すると同時に、さきほどまでの勢いはどこへやら、額から冷や汗がドバドバ流れ落ちてきた。
魔王? ウソでしょーーーーーーーーーーーー!?
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