第2話:勇者は死んでしまった
「うおりゃあああ! 大人しく俺様の経験値と所持金になりやがれ!」
勇者様が大剣を振りかぶって、戦闘の火蓋が切って落とされた。
あたしはもはや戦闘回避不可能と諦めて、勇者様から離れた近くの岩陰から成り行きを見守る。
情けないけど、いつものことなので気にしない。
さて勇者様、気合を入れて渾身の一振り。
ボス、それをあっさり避けた!
でも、ここで「ちゃんと狙えよ、なにやってんのっ!?」と、うろたえるのは素人の浅はかさ。勇者様の場合は、これが当たり前なんだ。
勇者様のパーソナルスキル・
名前の如く一撃のもとに敵を屠り去るという、世界で唯一勇者様だけが持っているこのスキル。効能だけ聞けば誰もがスゴイと感嘆する。
が、発動条件を聞いた途端、誰もがげんなりしちゃうんだよね。
なんせこれ、攻撃が当たるまで、ひたすら敵にかわされたり、防御されたりするんだ。
んで、攻撃する度に攻撃力が上がり、敵を仕留めるレベルまで力が溜まると初めて発動する。つまりは敵にぺしぺしと小ダメージを与え続けるのとやっていることは変わらないわけで、やはり世の中、美味い話はないんだなぁと実感させられる。
だから今回も攻撃が躱されるのはいつものこと。
ともかく勇者様は敵に当たるまで剣を振り続ければいいんだ。
もっともギダンさんも言っていたように、問題は一体何回攻撃をすれば当たるようになるかなんだけど……。
「うおおおおお、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイーーーーー!!」
勇者様の能力を解説している間に状況は逆転。ボスの放つ炎弾の連射に、勇者様は近づくことも出来ず、ひたすら逃げ回っていた。
むぅ、このボス、遠距離攻撃が得意なのか。勇者様、これはキツい。
「あわわわ、勇者様、ガンバレー!」
「テキトーな応援なんぞいらん。それよりも打開策を考えろーっ!」
岩陰から顔を出して応援するあたしに、ごもっともな要望が寄せられる。
うーん、とは言えあたし、何とかしたい気持ちはあるものの、これといって特に力もない平凡な、いやこと戦闘においては平凡以下な冒険者メイドでして。
かっこいい魔法なんて使えないし。
弓なんて持ったこともないし。
そもそも武器もいまだ腰に差した『はたき』だけですし。
それでもなんとかボスの気をこちらに引き付けさえすれば、勇者様でも攻撃できる隙が生まれるわけで……。ええい、仕方ない、アレをやるか!
あたしは岩陰から飛び出した。
ちょっと恥かしいけれど、生き残るためだ。やるしかない。
「ハーイ、そこのイケメンのお兄さーん!」
街の片隅で見かける色っぽいお姉さんを思い出して、出来る限り艶のある声でボスに呼びかけてみた。
そして両腕を胸の下で組み、おっぱいを持ち上げる。
姿勢はボスに対して左四十五度。首を少し傾げて、男を誘うような挑発的な目つき。仕上げにまるで甘いチェリーを楽しむかのように、左から右にかけて上唇を舌で舐めあげる。
「あたしといいこと、し・な・い?」
うら若き乙女の放つ誘惑の一撃。
効果は絶大で、ぴたっとボスの攻撃が止まった!
やたっ! 勇者様、今こそ攻撃をっ!
……って、勇者様?
なんで敵に攻撃をしないで、あたしのほうにずんずん歩いてくるんですかっ!?
「キィ! 真面目にやれ!!」
ええっ!? なんでガントレットを装着した拳であたしの脳天に一撃を食らわすんですかーっ!?。
「痛いっ! ちょっと何するんですかぁ!?」
「それはこちらのセリフだ。なんだ今のはっ? どういうつもりだ、貴様!?」
「どういうつもりって、勇者様が何も出来ないから、あたしのお色気でボスの気を引いて隙を作ってあげたんじゃないですかっ! ほら、さっさと攻撃してきてくださいよっ!」
あたしははたかれた頭をさすりながら、涙目で勇者様に訴える。
勇者様はそんなあたしを睨むと、振り返ってボスに声をかけた。
「おーい、お前。さっきのこいつの行動でムラムラっと来たか? 正直に答えろ!」
ボスは苦笑を浮かべると、片手で「ないない」とゼスチャーした。
なん……だと……!?
「ほら、見ろ! むしろ呆れ返っておるではないかっ。俺に恥をかかせるな、このバカ!」
また拳を振り上げる勇者様。あたしは咄嗟に頭を両手でガードして縮こまった。
てか、なんで怒られているの、あたし!? 頑張ったのに、これじゃあ恥のかき損じゃないかっ。
なんだか無性に腹が立ってきた。
「だったらどーすればいいんですかっ。勇者様も考えてくださいよっ!」
「どーするもこーするも、お前にはあのパーソナルスキルがあるだろうが!」
「……え”?」
勇者様の言葉に一瞬体が硬直した。
そう、勇者様に
「アレを使えば敵の気を引き付けることぐらいできるだろう?」
「うええええ? まさかアレを使え、と?」
「そうだ」
勇者様はニヤリと笑うとあたしの背後に回って、メイドスカートの裾に手を掛ける。
「させるか!」
あたしも咄嗟にスカートを押さえ込んだ。
そして、まさにその瞬間だった。
不意に洞窟の奥底から「ぐおお!」や「ぐがが!」とも聞こえる大音響が発せられたかと思うと、洞窟全体が激しく揺れ始めたんだ。
「うわわっ、地震?」
いきなりのことに動揺し、思わずスカートを押させる手を離して頭を抱えてしゃがみ込むあたし。
そんなあたしの頭上すれすれをボスが放った魔法の炎弾が通過していったのは、まさにしゃがみ込んだ直後のことだった。
髪の毛の何本かが焼け縮れ、うなじに火傷をしたような痛みが走る。
ぎゃー。ちょっと外側へ跳ね返っているけど、艶のある黒髪はとても珍しくて綺麗だって褒められる、数少ないあたしの長所がぁぁぁぁ!
って叫ぶ暇もなく空気を震わせる轟音と、何かを強引に吹き飛ばすかのような激しい振動があたしを襲う。
だからまさにその瞬間は、それが発する轟音以外何も聞こえないはずなんだけど……。
背後で勇者様が「ちょ、おま……」と言ったような気がした。
運良く躱せた炎弾が、壁にぶつかって爆発する。
爆風に吹き飛ばされそうになるのをなんとか耐えると、あたしはおそるおそる後ろを振り返った。
勇者様が、そこにいた。
相変わらずあたしのスカートの裾を握っている。
しかし、その力はボスの攻撃に被弾して吹き飛ばされた頭と共に消え失せていたのだった。
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