2017年8月20日 追悼コンサート後半 『2声のインヴェンション第1番』
と彼女が制服姿で笑っている写真が置かれている。愛美は舞台袖で制服姿でこの様子を見ていた。この後、愛美は今一度奏者としてあの場に戻るのだ。
あの子のクラリネットは本当に上手かった。吹奏楽部では練習場所と合奏について知りたくて入ったとか言っていた。そのおかげで私はあの子と知り合えたのだった。
そんな事を思い出しているうちに祈里のソロ演奏音源の最後の一音が消えて行った。
おばさんが再び曲紹介に立った。
「最後はフルートとクラリネットのデュオによる『2声のインヴェンション第1番』で締めくくりたいと思います。演奏はクラリネット
拍手がなる中、愛美と菜穂子さんは舞台上へ戻って立った。今度は譜面台が中央寄りに設けられていて、その傍らには祈里の写真立てと祈里のクラリネットが愛美たちの音楽を聞いてくれる。彼女が愛美に勇気をくれる。
明野さんが舞台を降りて端の観客席に座られたのを見て愛美達は演奏を始めた。観客席は人でいっぱいだ。明野さんと礼央さん夫妻が愛娘への思いだけでここまで人を動かしたのはすごい。
祈里に対して捧げるフルートとクラリネットによる『2声のインヴェンション第1番』。ごく短い曲ながら華やかさを秘めている。そういうところが祈里みたいで合っていた。
愛美は吹奏楽でやらなければならないと思った。愛美は祈里と全国に行こうと約束した。亡くなった仲間達とやろうとしていた音楽はあそこで終わっていいものじゃなかった。それは間違いなのだ。正されるべきなのだ。取り戻せないにしても代わりに果たす事はできる。それで祈里との約束を果たす事もできるはずだ。
流石に演奏しながら考える余裕はなくすぐ考えを手放して演奏に意識を戻して集中した。
もう少しで演奏が終わってしまう。丁寧に息をフルートに与えて音を響かせていく。菜穂子さんは祈里の師匠だ。祈里の音の原型みたいなものは菜穂子さんにある。だから久しぶりに祈里に会えたような気がした。それがうれしかった。
演奏を終えると盛大な拍手をもらう事が出来た。舞台袖から西野さんと藤田さんにも戻ってきてもらい四人で拍手に対してお礼のお辞儀をした。
最後におばさん夫妻、つまり祈里のご両親が登壇して挨拶した。
「……祈里の挑戦は多岐に渡ってました。吹奏楽部に入って合奏についても熱心。音大受験なら吹奏楽というのは必ず役立つ訳ではないから個人レッスンなど専念した方がいいのではなんて話は私も伺いました。でも祈里からは『やりたいから』。あの子はこういったらテコでも動きません。作曲をやったり2年生からは音大受験対策も始めて県大会を突破して東関東大会目前にしての事故でした。あの子は全国金だって夢じゃないからやりきる』そう言っていました。あの事故で吹奏楽部が休止状態になったのは残念です」
おばさんは顔を上げて言った。
「いつの日かあの学校に吹奏楽の音色が戻る事を祈ってます」
控え室に戻って菜穂子さんや西野さん、藤田さんにお礼を伝えた。三人とも普段から演奏会や録音、個人指導などやられている音楽のプロフェッショナルの人達だ。愛美が目指せたらと思っている世界でもある。これは演奏中に思いついた事を踏まえて少し考えを修正しなきゃいけないけど。
「私みたいな高校生と一緒に演奏して頂けてとっても勉強になりました」
深々とお辞儀する愛美。三人は顔を見合わせて苦笑していた。
「いやあ、流石練習してるねって分かるよ。一緒にやれてよかった。機会があればまた演奏しましょう。っていうか連絡先交換しよう」
と藤田さんや西野さんが言ってくれた。認められたのは素直に嬉しかった。
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